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リネアの選択  作者: とたか


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43 休暇の始まり

 校外演習が終わって以来、学院内はずっと賑やかだ。

 間近に迫った短期休暇に、浮き立つ声が溢れている。

 王都へ行く者、地方へ帰る者、寮に残る者――それぞれの休みの過ごし方を思い描いている。


 そのざわめきの中で、リネアは少しだけ落ち着かない顔をしていた。


「……本当にお邪魔していいの?」


 向かいに座るレオニスを見て、改めて聞く。


「侯爵家のタウンハウスでしょう?」


 口にしただけで、自然と背筋が伸びる。

 学院では同級生でも、家格は別の話だ。

 王都のタウンハウスなど、噂でしか聞いたことがない。まして軍務卿家のものだ。


 レオニスは一学期の終わりに交わした約束を忘れてはいなかった。

 気がつけばリネアを次の休暇に正式に招く手はずを、しっかりと整えていた。


 セラフィナが不安気に机に身を乗り出す。


「リネア、来るよね?

 もう、リネアがいるつもりで予定を組んじゃってるの!」


 ほら、見て!と机に紙を広げて見せる。


「まず新しい菓子店。洋服も見るでしょ。あと靴と帽子もね。あ、本屋も追加」

「追加なの?」

「リネアが絶対長居するから、時間配分が大事」


 先ほどから、なにやら真剣に書き込んでいたのはこれだったのか、と苦笑する。

 紙には日ごとの予定がびっしりと書かれていた。


「そんなに気後れするなよ。

 来客の滞在はよくあることだし、もう部屋も整えるよう言ってある。両親もこの休暇の間は領地の視察でいないしな」


 レオニスはすでに決定事項のように頷いている。


「まあ、タウンハウスなんて寝に帰る場所だ」

「それはそれで贅沢だよ……」


 リネアは小さく笑う。


 その笑顔は、数日前よりも自然だった。

 クロウはその隣に座って、静かに様子を見ていた。


 校外演習から少し前まで張り詰めていた肩の線が、今日は柔らいでいる。

 笑うとき、目尻がちゃんと下がる。

 声に固さがない。


 それを確認するたびに、胸の内に溜まっていた焦燥が静かに引いていく。


 何も話してくれてはいない。

 リネアに対して、整理のつかない複雑な感情はある。

 それでも、今は笑ってにいる。


「クロウも来るだろ?」


 レオニスが当然のように振る。


「ああ」


 元よりそのつもりだった。

 ヴァレンティ家のタウンハウスへは、幼いころから何度も行き来している距離だ。


「この日と、この日はレオニスとクロウはいらない。

 リネアと二人だけで遊ぶから」

「何でだよ、混ぜろよ」


 セラフィナの予定表を囲みながら、笑い声が広がる。


 元気を取り戻している。

 無理に作った顔ではない。


(なら、それでいい)


 短期休暇が始まる。


 王都の空気に、彼女が肩の力をもう少し抜いてくれればいい。

 クロウは静かにそう願った。





 休暇初日の学院正門前には、一学期の終わりと同じく、大小さまざまな馬車が並んでいた。

 今回はその中に、フォレスト家の紋章が入った馬車もある。


「じゃあ、行ってくるね」


 セイルはこの休暇中、両親の長期調査に同行する予定だった。

 王立研究所の採用試験の結果は、休暇明けになる。

 それでも、もう次の場所を見ているようだった。


「王都、楽しんでおいで」


 セイルは穏やかに言う。

 教室に来たあの日よりも、柔らいだリネアの表情を見て、心の中で安堵する。


「……少し元気になったね」


 リネアは小さく息を吐いてから、こくりと頷いた。


「うん。……ありがとう」


 何に対しての礼なのか、言葉にはしない。

 それでもセイルには伝わっている。


「無理はしないで」

「しないよ」


 少しだけ悪戯っぽく笑う。


「隠さない、も守る?」


 リネアがむっとする。


「……守る」

「嘘だ」


 ほんの一瞬、昔みたいなやり取りになって笑い合う。

 それが嬉しい。


「いってらっしゃい」

「セイルもね。身体に気をつけて」


 迷いのない足取り。

 王都へ向かう馬車へと、自然に歩いていく。


 セイルはその背中を見送った。

 寂しくないと言えば嘘になる。


 昔は、自分の隣で立ち止まっていた。

 何かあればすぐこちらを見た。

 今は違う。


 一人で考えて、決めて、歩いていく。

 誇らしくて、少しだけ遠い。

 けれどそれでいいと思う。

 彼女が前を向くなら、セイルもまた足を止めない。


「さて」


 御者に軽く会釈して、フォレスト家の馬車へ乗り込む。


 別々の道を選んでも、セイルの願いはいつだって同じだ。

 そのために、それぞれの場所へ。

 秋の光の中、馬車がゆっくりと動き出した。





 王都へ向かう道は整備されている。

 半日以上かかる長旅でも、ヴァレンティ家の馬車はほとんど揺れを拾わず快適だった。


 レオニスは向かいに座り、書類を確認している。

 セラフィナは窓側で外を眺めながら、さっそく次の予定を語り続けている。

 クロウはノクエル家の馬車に乗っていているから、明日王都で皆で会うことになっていた。


「到着したらまず屋敷を案内するね。

それから庭でお茶ね!」

「休ませろよ」

「却下」


 そのやり取りに、自然と笑いが漏れる。


 休憩を挟みながら、他愛もない話で盛り上がっているといつの間にか景色が変わっていた。

 遠くに王城が見え始めると、セラフィナの声が一段と弾んだ。


「ほら!見えてきた!」


 石造りの街並み。

 高い塔。

 整然と並ぶ屋根。


 王都は、やはり別世界だ。


 ヴァレンティ侯爵家のタウンハウスは、中央区から少し外れた静かな通りにあった。

 豪奢な屋敷が並ぶ中で、一際大きな区画を前にして馬車が止まる。


 重厚な門。

 広い前庭。

 整えられた植栽。


 リネアは降りる前に、ほんの少しだけ緊張した。


(落ち着いて)


 扉が開き、足を地面につける。

 見上げた建物は、想像よりずっと大きかった。


 フォレスト領の屋敷もそれなりには広い。だけど、これは違う。

 これは――都市の中心にある“侯爵家の顔”だ。


「……立派」


 目を瞬かせて、思わず小さく呟く。


「寝るだけの場所だって言っただろ」


 レオニスが肩をすくめる。

 セラフィナが笑いながら腕を引く。


「リネア、早く入ろう!」





 扉が静かに開く。

 中へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。


 広い玄関ホール。磨き上げられた床石は外光を柔らかく反射し、壁には落ち着いた色合いの織物と肖像画がかけられている。

 装飾は多いが、騒がしさはない。

 すべてが整っている。


「おかえりなさいませ」


 年配の執事が一礼する。

 後ろに控える使用人たちも同じ角度で頭を下げた。


 その所作は静かで、無駄がない。

 歓迎しているが、過度に媚びることもない。


 “侯爵家の客”に対する距離の取り方を、全員が心得ている。


 リネアは無意識に背筋を伸ばす。

 その横を、セラフィナが迷いなく歩き出した。


「荷物はあとで部屋にお願い。

リネアの部屋は東側よね?」


「はい、お嬢様。整っております」

「じゃあ私が案内するわ。こっち」


 迷いがない。

 廊下を曲がる位置も、階段の手すりに触れるタイミングも、すべて自然だ。


 レオニスは当然のように後ろから続く。

 ここが彼らの日常なのだ。


(……すごい)


 客間を通り過ぎ、応接室の前を横切り、階段を上る。

 絨毯が足音を吸い込み、廊下は静かだ。


「こっちがリネアの部屋。私の隣にしてもらったの」


 案内された部屋の扉が開く。


 広い。

 窓からは庭が見える。

 家具は落ち着いた色合いで統一され、飾られた花からは少し甘い香りがした。


 案内もそこそこに、セラフィナがにっこりと振り返る。


「じゃ、着替えてお茶にしよ!」


 ぱんっと軽く手を叩く。

 それが合図みたいに、いつものセラフィナの雰囲気に戻る。

 あくまで、今日のスケジュールは崩さない気だ。

 侯爵家の空気に圧倒されていた気持ちが少しほぐれて、リネアもつられて笑った。

4月から少し生活が立て込む都合で、ストックの執筆速度が落ちるため、明日から夜の一話ずつ更新にしばらくなる予定です。

ちょっと短めの時は二話更新いけたらいいなと思ってます。


いけるところまで毎日更新は継続するので、引き続きよろしくお願いします!

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