第32話 選ばなかった結果
異変は、三日後に起きた。
夜明け前、悲鳴が上がる。
これまで聞いたことのない、切り裂くような声だった。
レインは、目を開けた瞬間に走り出していた。
森の縁。
倒れた柵。
血の匂い。
地面に、子どもが倒れている。
「……まだ息はある!」
カイルが叫ぶ。
腕を深く裂かれている。魔物は、家畜ではなく、人を選んだ。
ミレアが駆け寄る。
その顔から、初めて平静が消えた。
「なぜ……」
呟きは、誰に向けたものでもない。
レインは、森を見る。
いる。
二体。
だが、昨日までとは違う。
警戒が薄い。
餌が変わった。
――選ばなかった結果だ。
「……行く」
レインは、短く告げた。
カイルが頷く。
セレスは、何も言わない。
今は、条件が揃っている。
人が襲われた。
だから判断する。
森に踏み込む。
魔物は、逃げなかった。
人を襲えると知ったからだ。
戦闘は、荒れた。
「右だ!」
「下がれ!」
「今だ!」
迷いはない。
踏み込む線を、越えたからだ。
刃が走り、血が飛び、やがて森は静かになった。
二体とも、倒れる。
レインは、剣を振り払いながら、息を整えた。
遅かったかもしれない。
だが、今はそれを考えない。
集落に戻ると、子どもは応急処置を受けていた。
命は繋がった。
だが、腕はもう動かない。
ミレアが、立っている。
レインを見る目に、責める色はない。
ただ、揺れている。
「……私たちは、選んだつもりでした」
静かな声。
「終わることを」
「奪い合わないことを」
レインは、何も言わない。
「でも、守ろうともしなかった」
ミレアは、血の跡を見つめる。
「それも、選択だったはずなのに」
選ばなかった。
踏み込まなかった。
尊重した。
その結果が、ここにある。
「……俺の責任だ」
レインは、低く言った。
「違います」
即座に否定される。
「あなたは、約束通りに動いた」
ミレアは、ゆっくりと息を吐いた。
「私たちが、迷っていた」
終わりを受け入れると言いながら、
本当は、誰かが踏み込むのを待っていたのかもしれない。
その曖昧さが、子どもの腕を奪った。
沈黙が落ちる。
レインは、森を振り返る。
判断は、正しかった。
だが、完璧ではなかった。
救えなかったものが、確かにある。
「……どうする」
カイルが、低く聞く。
ミレアは、しばらく答えなかった。
やがて、顔を上げる。
「話し合います」
それは、これまでなかった言葉だった。
「終わりを選ぶのか」
「生き延びるのか」
「今度は、本当に選びます」
レインは、頷いた。
判断は、彼らのものだ。
だが、逃げない。
踏み込む線は、もう曖昧ではない。
夜が明ける。
血の匂いと、冷たい風の中で、
集落は、初めて揺れ始めていた。
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