第29話 救われない選択
その集落に着いたとき、最初に感じたのは――静けさだった。
音がないわけではない。人の声もある。家畜の鳴き声も、風の音もする。だが、どれもが必要最低限で、余分なものが削ぎ落とされている。
生きることだけに、集中している空気。
「……変だな」
カイルが、低く呟いた。
「人はいる。被害も出ているはずだ。それなのに、切迫感がない」
集落の中央に立つ女が、こちらに気づいた。
黒髪を一つに束ね、簡素な外套を羽織っている。年の頃は二十前後。表情は穏やかだが、どこか距離を感じさせた。
「来てくれて、ありがとう」
女はそう言って、頭を下げた。
「私は、ミレア・ノクス。この集落の代表です」
その名を聞いた瞬間、レインの胸に、かすかな引っかかりが生まれた。
――若すぎる。
だが、村人たちは彼女の後ろに立ち、異を唱えない。
「被害の状況を教えてほしい」
レインが切り出す。
「魔物の数、動線、時間帯」
「夜明け前です」
ミレアは、即答した。
「森から現れて、家畜を襲う。人は、襲われていません」
「……避けられている?」
「ええ。そう見えます」
レインは、眉をひそめた。
魔物が、人を避ける。
それは、不自然だ。
「対策は?」
「していません」
その答えに、カイルが思わず声を上げた。
「していない? 柵も、見張りも?」
「必要ありません」
ミレアの声は、静かだった。
「被害は、許容範囲です」
その言葉に、空気が一瞬、止まる。
「……許容、範囲?」
レインは、ゆっくりと聞き返した。
「はい」
ミレアは、レインをまっすぐ見た。
「ここでは、誰もが分かっています。私たちは、いずれ失う」
家畜も。
家も。
そして、命も。
「この土地は、長く持ちません。森は広がり、魔物は増える」
淡々とした口調。
感情は、ない。
「だから、選んでいます」
「……何をだ」
「抵抗しないことを」
カイルが、言葉を失う。
セレスが、わずかに目を細めた。
レインは、すぐに理解してしまった。
この集落は、救いを求めていない。
延命を、拒んでいる。
「……それでも、依頼は出している」
レインが言う。
「矛盾している」
「矛盾ではありません」
ミレアは、首を振った。
「“判断”を、見たかっただけです」
その言葉が、胸に刺さる。
「あなたが、どう選ぶのか」
風が、集落を抜ける。
レインは、即答できなかった。
救えば、彼らの選択を踏みにじる。
救わなければ、見殺しにする。
どちらも、正しい。
どちらも、間違っている。
――判断が、通じない。
初めて、そう感じた。
「……少し、時間をもらう」
レインは、そう言うしかなかった。
「もちろんです」
ミレアは、穏やかに微笑んだ。
「私たちは、逃げません」
その言葉が、何よりも重かった。
判断を預けていない相手。
救いを拒む人間。
レインは、初めて知った。
**判断は、望まれなければ、暴力になる。**
夜が、静かに降りてきていた。
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