4 こころ
「つまり中身は……男ではないんです」
省吾の掠れきったその告白を、僕はたぶん、阿呆のような顔で聞いていた。
まったく血の気を失った彼の顔を呆然と見返して、言葉を失う。
(ああ……だけど)
そうだ。
思い返してみれば、心当たりはそのへんにいくつもいくつも転がっていた。ぼんやりした僕が、単に見過ごしていただけの手がかりは、実はそこらじゅうにちりばめられていたんだ。すぐに手に取れるほど、近い場所に。
「そう、……だったんだ」
ぼくはやっと、そう言えるだけの空気を吸い込んで言い、それだけで空気を使い果たして、また沈黙した。
「だから……気持ち悪いと思うのは、俊介さんのほうだと思います。あなたに知られるのが怖くて、自分はただ、ずっと黙っていました。……まあキャンディさんには、かなり早い段階で気づかれていましたけれど」
「あ、そうなんだ……?」
「はい。こないだ聞いたら、あっさり『初対面のときから知ってたわよ』って笑われちゃって――」
省吾は自嘲ぎみに少し笑った。
うわあ。さすがはキャンディさんだなあ。夜の客商売を長くやっているだけのことはある。
ということはあの人、何もかも分かってて、黙って傍から僕らを見ていたっていうことか。ちょっと趣味が悪い気もするけれど、まあそれも省吾の気持ちを思いやってのことなんだろうと、いいように解釈しておこう。
「ええっと……。それじゃあ、最近キャンディさんと一緒に夜に出かけたりしてたのは……?」
「ああ。あれは、キャンディさんの同僚のかたたちのお宅にお風呂をいただきに行ってたんです。さすがにこのところ、シャワーでは耐えられなくなっていたので。それで、お風呂のお返しに少し家事とか、料理なんかをさせていただいたりしてて」
「あ、なるほど……」
そうだったのか。
なんだか色々と納得した。
「それで?」
「……は?」
きょとんとした省吾を見て、僕はちょっと情けない気持ちになった。
「いや、あの、省吾くん。僕まだ、ちゃんと君から返事を聞いてなかったと思うんだけど」
「ええ……?」
省吾がますます困惑したような顔になる。僕はため息をつきながら苦笑した。
「あの。それって、さっきの僕の告白はスルーされちゃうってことなのかな。いや、それならそれでも、まあ仕方ないわけなんだけど――」
「え、い、いや、そういうことじゃなくって……」
省吾は片手で口元を覆って俯いた。
「なに言ってるんですか、俊介さん。だから、自分はこんな奴なので。俊介さんに、そんな風に思っていただけるような――」
「ちょっとちょっと。君こそなに言ってるんだよ、省吾くん!」
僕はもうたまらなくなってきて、ぐいと手を伸ばすと彼の肩を掴んだ。省吾がびくりと体を固くする。
「あのね。君がもし、女の子しか好きにならないっていう人なら僕も諦めがつくと思っていたんだけど。今の話だと、実際はその真逆だよね? それでどうして、僕があきらめるだろうなんて思っちゃうのかな、君は」
「え、……ええ? だって――」
「っていうか、僕はいろいろ納得したよ。本当のことを言うと、本来、女の子を好きになることが多かったはずの僕がどうして君を、って考えなくもなかったんだけど。君が心の中は女の人だっていうんなら、それはそれで筋が通っていることになる。無問題だ。少なくとも、僕のほうはね」
「しゅ、俊介さん……」
もう省吾は目を白黒させているばかりだ。
「だって……いいんですか? 心の中がどうでも、見てくれはやっぱり、自分はこんなのなんですよ?」
「え? 素敵ないい男に見えるのがそんなに悪いことかなあ。あ、っていうか、君はもしかして本当はキャンディさんみたいな格好がしたい人っていうことかな?」
「……あ、ええっと……」
省吾は完全にしどろもどろだ。真っ赤な顔で必死に次の言葉を探そうとしているが、どうもうまくいかないらしい。
僕はいったん彼の肩から手を離して、元の場所にあぐらをかいた。腕組みをし、人差し指を額にあてる。
「うーん。なんだか混乱してきたね。こういう時は、まずは基本に戻ろうか」
「……は?」
「なんでもそうだけど、まずは問題を整理して、土台を共有しないと。省吾くんもいったん落ち着いて。ね?」
「は、……はい……」
省吾はごそごそと、正座の形を改めた。それから僕らはふたりとも、目の前のコーヒーを一口飲んだ。
「じゃあ、まずは第一に。僕は君が好きになった。……ここはいいよね?」
途端、かあっとさらに彼が赤くなる。
「は、……はは、……はい……」
「で、今の君の告白を聞いて、『やっぱりやーめた』と思ったか。……ノーだ」
最後ははっきりと、そしてまっすぐに彼の目を見て僕は言った。
省吾は鳩が豆鉄砲でもくらったような顔になっている。
「あのね。僕は最初、君のことは中身も男の人だと思っていたんだ。それでも好きになっちゃったんだから、それはどうしようもないでしょう。それが『本当は女の人の心だったんです』って言われたからって、『じゃあ気持ち悪いから嫌いです』って言うんだとしたら、それはそもそも、君のことを好きでもなんでもない人が言うことだ。……違うかな」
「ええっと……はい」
「そうだよね? 僕は君が、男だから、女だからって好きになったんじゃないもの。人間性って、性別の差でめちゃくちゃに変わるわけじゃないんだから。男でも女でも、好きな人は好きだし、嫌いな人は嫌いでしょう」
「…………」
「敢えて言うなら、僕が君を好きになったのは『君が君だから』。それだけだし、それ以上でも以下でもないよ」
「…………」
そうだ。
僕は省吾に言い聞かせるようにしていながら、実は自分の気持ちのことも整理していた。こうやってきちんと考えてみれば、どんどん思考がクリアになってきて、同時に気持ちも次第に晴れ晴れとしてくるような気がした。
僕が好きなのは、省吾なんだ。
いまこうして目の前にいて、真っ赤な顔で震えている人。優しくて、寂しがりやで、いろんなことに細やかな気配りができて、とても控えめなかわいい人。自分のことより先に相手のことを思いやれる、そんな気高い心を持った人だ。
「もう一回言うよ。……君が好きだよ、省吾くん」
呆然としたように僕の話を聞いていた省吾が、とたん、きゅっと顔をゆがませた。
「ということで、二つ目だ。……君は、僕のこと、どう思ってくれてるの? 省吾くん」
「…………」
省吾は何もいえないで、ぱっと両手で顔を覆った。





