3 告白
彼の部屋で小さなちゃぶ台をはさんで向かい合って、はたと僕は困ってしまった。
さて、いったいどこから話をしたらいいものか。「えーっと」とばりばり頭を掻きながら言葉を探していたら、省吾は「あ、お茶を」と言って立ち上がり、そそくさと部屋から出て行った。弁当箱を持っていったところを見ると、一緒に洗ってくるつもりらしい。実は何度か「僕が洗っておくよ」とは言ったのだけれど、「自分の楽しみを取らないでください」とあっさり断られてしまったのだ。
それで僕も、少し落ち着いて頭を冷やし、考える余裕をもらうことができた。
マグカップにコーヒーを淹れて戻ってきた省吾がふたたび前に正座したところで、ぼくはこほんと咳払いをした。
「えーっと……その。うまく、言えないんだけど」
「……はい」
困ってちらりと彼を見れば、その手首にさきほど僕の渡したバングルがはまっていた。
「あ。つけてくれたんだ」
言ったらやっと、固まっていた省吾の頬が少しゆるんだ。
「あ、……はい」
「きつかったりしない? デザインはどう? そういうの、ほんと僕、自信がなくって」
「いいえ! とってもお洒落ですね。ありがとうございます」
省吾は笑って、嬉しそうに手首をなでた。
(良かった)
でもそれは、おそらくほとんど店員さんの手柄だなと僕は思った。
そこからまた、なんとも言えない沈黙があった。
僕はコーヒーを一口だけ飲んで、やっとのことで心を決めた。
「あの……ね、省吾くん」
「はい」
「こんなこと言うと、ものすごく……驚くと、思うんだけど」
「……はい」
省吾はすっかり俯いている。わずかにその肩が震えているのを見て、僕はかえって自分の緊張がほどけるのを覚えた。
(こんなことじゃダメだ。不安にさせる)
沈黙が長引けば長引くほど、繊細な彼の心は強張ってゆく。そのことが分かっているのに、いつまでも言を左右にしていてはいけないと思った。
「……あの。落ち着いて聞いてほしいんだけど」
「はい」
僕はひざの上で拳を握って、一気に言った。
「僕、好き……みたいで。君のこと」
「…………」
省吾が今度こそ、凍りついたように動かなくなった。
僕はあわてて両手をばたばた振って、いきなり早口になった。
「あっ。ご、ごめんね……? いや、その、だからって別に、どうして欲しいとかじゃないんだけど。なんだかそれで、このところ君にいやな思いをさせちゃったりしてたから。最近になってやっと、僕にも原因が分かった……みたいな、感じで」
「…………」
省吾はやっぱり、動かない。
僕はいたたまれず、どんどん舌を加速させた。
「あ、あのあの……ごめんね? 気持ち悪いよね。君、れっきとした男の子なのに。僕もほんと、こんなの初めてで、正直、すごく戸惑ってて。今まで、男の子にこんなこと思ったこともないし。だから――」
僕はあわてて、また目の前のマグカップをつかみ、コーヒーを飲み下した。
「あつっ……」
その拍子に気管のほうにコーヒーが迷い込んで、ひどく咳き込む。
それでやっと、省吾がびっくりしたように体を浮かせた。
「あ。だ、大丈夫ですか……?」
「あ、うん……。大丈夫」
それでもひとしきり咳き込んで、僕は勝手ににじんできた涙ごしに省吾を見た。
彼は青ざめた顔をこわばらせて、また元の場所にすとんと正座をして固まった。
「あ……えっと」
それが彼の返事のすべてなんだと思って、僕はすうっと胸の奥ががらんどうになってゆくのを覚えた。それと同時に、熾っていた心の種火までが水を掛けられたようにしゅっとすぼんで、消えてゆくのを感じた。
「ご……ごめん。いきなり、こんなこと――」
だって、普通に考えればそうだ。
こんな、どこにでもいるような、イケメンでもなんでもないぼーっとした男に、いきなり「好きです」なんて言われたって。男の彼には、ただ混乱する以外のことがあるはずがないじゃないか。
勝手に自分の中だけで暴走して、身勝手な思いだけを相手に押し付けるなんて。ましてや彼は、僕を「命の恩人だ」なんて思っているのに。省吾はそんな相手のことを無下に「気持ち悪いからいやです」って断れるような人じゃないのに。
「こ、困っちゃったよね? あの、それ、気持ち悪かったら捨ててくれていいから」
僕は彼の手首にはまっているバングルを指差してそう言った。
「君に、なにかして欲しいって思って言ったんじゃないよ。本当なんだ。ごめんね。でも、なんだかもう、黙っていられなくなっちゃって」
「……じゃ、ないです」
「え?」
俯いたまま彼がぼそっと言った言葉が聞き取れず、僕は彼を見つめた。
彼の肩は、やっぱりかたかたと震えっぱなしだった。
「『れっきとした男の子』なんかじゃ……ないんです」
「……え?」
省吾の右手が、左手首のバングルをぎゅっと握って白くなっている。
再び沈黙が僕らを包んだ。
それからどのぐらいたったころか。
遂に省吾が、それを告白したのだった。
「自分……『男の子』じゃ、ないんです」
「え……?」
省吾の目線がそうっとあがって、僕の顔を盗み見るようにした。
「自分は……キャンディさんと同じような人間です。見た目はこのとおりなんですけど、中身はそうじゃないっていう」
「…………」
(なんだって……?)
彼はいま、何を言ったんだ。
キャンディさんと同じ?
そうだ。そう言ったんだ。
(でも……それって)
省吾がとうとう、悲しそうにふっと笑った。
「わかりますよね? つまり中身は……男ではないんです」





