5 弟
省吾の弟は、穂積という名前なのだそうだ。
省吾より八つ年下で、省吾と似ていて幼いころから体格もよく、その反対に性格はその姿に似つかわしく、ごく男の子らしいものだったのだという。
兄である省吾はこんな風で、「せっかくガタイはいいのに、その性格がなあ」と体育教師に揶揄されるようなことが多かったのだけれど、弟は攻めの姿勢と強気のプレーでいつも球技大会などでクラスを引っ張る側にいた。
走るのが速く、球技がなにより得意で、サッカーに限らずドッジボールであるとかバスケットやバレーボールなどでもなかなかいいプレーをしたらしい。小学生にしてはいかつくて多少目つきが悪く、無愛想なところがあるので女子からの評判はいまひとつだったが、男子からは絶大な人気があったようだ。
年が離れているせいで、同じ学校内でその弟と比べられることは多くなかったけれども、穂積のほうでは省吾を知っている友達の親や先生から何か言われることもあったらしい。が、だからと言って弟は省吾を見下したり馬鹿にするような態度は見せなかった。
「兄貴は兄貴」とすっぱりと割り切って考えられる、そういうところもまた、弟の「男らしい」またはスポーツマンらしいところだったかもしれない。
そういうさっぱりとした性格の弟が、省吾は好きだった。
そしてそれ以上に羨ましく、妙にうとましくも思えた。
両親は、ごく分け隔てなくこの性格の違う兄弟を育ててくれたのだったけれども、省吾はいつも、両親が自分よりはきっと弟のほうを愛しているのだという気持ちから逃れることができなかった。
「だって、そうですよね」
ちびちびと自分のコーヒーを口に運びながら、省吾は言った。
「こんな大きな体して、うじうじしてばっかりの『どんくさい長男』より、穂積のほうが昔からずっとずっと素敵だったですもの。不器用だけど、友達思いで、スポーツマンで。幼稚園のお友達みんなから、『ほづみくんはかっこいい』なんて言われちゃってて」
「…………」
「自分なんか、穂積みたいにやってみたいと思って無理して運動部に入っても、ちっともうまくいかなくて……チームのみんなに迷惑かけて、結局辞めて。そんなことの繰り返しで」
「ああ。なんかちょっとだけ、わかるかも」
僕は苦笑して相槌をうった。省吾が驚いて顔を上げた。
「だって、僕もほら、このとおりの完全なインドア派でしょう。信二は――ああ、弟、信二っていうんだけど――やっぱりすごいスポーツ系でアウトドア派で。本ばっかり読んでる僕とはちがって、いつも日焼けして真っ黒で。毎日もりもりご飯を食べて、男の子らしくてかわいくて。勉強のほうはいまひとつだったけど、そちらと違って愛想がいいから、女の子にもモテまくりだったしね。それは僕も、いつも羨ましかったから」
「…………」
「まあ僕は、だからって運動部に入ったりはしなかったけど。父が早くに亡くなって、そんなにお金もなかったし。運動部ってほら、ユニフォームだとかなんだとか、めちゃくちゃお金がかかるでしょう?」
「……あ」
省吾がはっとしたようになって「ごめんなさい」と言うのを、僕は笑って片手で制した。
「……でもね」
そうして僕は、気がついたらこれまで言うつもりもなかったことを、つい、省吾にしゃべってしまっていた。
「人のことを、恨んだり羨んだりすると、すごく後悔することもある。いつのまにか誰かを妬んで、無意識に呪って……そんなこと、まあ誰にでもあることだろうけど。でも、いつかそれはみんな自分に跳ね返ってくるんだよね」
「え……?」
「……現に、僕がそうだ。今では、あの時、なんであんなに弟のことを羨んだりしたんだろうって思ってる。すごく、すごく……後悔してる」
「俊介さん……」
省吾が驚いた目で僕をじっと見つめている。
僕は手にしていたフォークをかちゃりと皿に戻した。安っぽいフォークと皿が、当然のように安っぽい音をたてた。
「こんなことに、なっちゃうって分かっていたら――」
「…………」
戸惑って沈黙してしまった省吾から目線をはずし、僕は眼鏡をはずして少し眉間のあたりをもむようにした。それからひょいと傍らに放り出していた書類を手に取った。
「……これ」
「え?」
「見てみて」
思わず受け取った省吾が、変な顔になる。
「え、これ……」
そこには、肢体不自由者のための義手や義足をデザインした図があれこれと印刷されている。
どのように軽量化をはかり、使用者の脳波をとらえ、いかにもとの手足に近い感覚でスムーズに迅速に動かせるようにするのか。僕らの研究室では今、このことにひたすらに打ち込んでいる。
「僕はだから、今、こういう研究をしているんだ。いずれはこれ専門の研究者になりたいと思ってる」
「…………」
「弟は、小学生のときに交通事故に遭った。それで、片足を失ったんだ」
「…………」
「いつか、僕らが開発した義足を使って、弟や弟みたいな体になってしまった人たちに健常者となにも変わらない生活を送ってもらう。なんだったらスポーツだって、なんの違和感もなくやってもらう。そのための研究をしているんだよ」
省吾が、本格的に絶句した。





