第9話「電波の途絶えた夜と、これからの暮らし」
大画面のゲームを消し、静まり返ったリビングで、三人はそれぞれの手元を見つめていた。
テーブルの上に置かれたスマートフォンは、三台ともアンテナピクトが一本も立たず、「圏外」の文字を冷たく表示し続けている。
充電器を手に入れたおかげでバッテリーは満タンになった。だが、どれだけ画面をタップしても家族からのメッセージは届かず、発信ボタンを押してもツーツーと無機質なエラー音が返ってくるだけだった。
「……オカン、大丈夫かな」
ポツリと漏らしたのは、実家暮らしだった大輝だった。
いつもはお調子者の大輝が、膝を抱えて小さくなっている。
「実家、南の方やろ。あっち、山も近いし、住宅街もここよりは静かやと思うけど……電話一本繋がらんのは、やっぱキツいわ」
陽介と蓮も、手元の画面から目を離せなかった。
二人ともアパートで一人暮らしをしていたが、実家の両親や地元の友人たちの顔が浮かばない日など一瞬もない。
「……信じるしかないな」
陽介が低く、だが力を込めて言った。
「俺たちの親だ。きっと家に鍵をかけて、じっとやり過ごしてる。大都市の駅前みたいにパニックに巻き込まれてなきゃいいが……今は、下手に大通りを横断して探しに行こうにも、俺たちが途中でやられたら元も子もない」
「陽介の言う通りだ」
蓮が静かに眼鏡を外して眉間を揉んだ。
「通信インフラの基地局や中継設備が落ちているだけなら、政府や自衛隊が動いて回線が復旧する可能性もある。それまで俺たちにできるのは、『ここで絶対に無傷で生き残り続けること』だけだ。俺たちが死んだら、家族と再会する道すら消える」
重苦しい沈黙が落ちる。
だが、暗い顔でふさぎ込んでいても胃袋は減るし、精神が先に摩耗してしまう。十種競技の過酷な連戦を乗り越えてきた彼らは、メンタルが落ちたときの怖さを誰よりも知っていた。
「……よし。だからこそ、だ」
陽介が顔を上げ、テーブルの上にメモ用紙を広げた。
「いつまで続くか分からない籠城戦だ。家族に胸を張って『無事だったぞ』って会うためにも、今の生活をもっと整えて、無理のない日常のルーティンを作ろう」
「そうだな」
蓮がペンを手に取り、これからの課題を整理し始めた。
「まず、『通信と連絡』だ。スマホが圏外の今、各自の家に分かれているときに何かあっても叫ぶわけにはいかない。向かいの店舗の玩具・バラエティコーナーにあった、直接電波を飛ばせる小型トランシーバーを三人分確保しよう。これならネットも基地局も関係なく、壁越しに小声で連絡が取れる」
「頼む、それ真っ先に欲しい」
大輝が小さく頷く。
「夜、自分の家に一人でいるとき、外で物音がしたら心臓止まりそうになるねん。小声でも誰かと繋がっとるって分かるだけで、全然違う」
「それと、『情報収集の習慣化』だな」
陽介がメモを指差す。
「手に入れたFMラジオを定期的に決まった時間に回して、緊急放送や臨時ニュースが流れていないかチェックする係を決めよう。外部の状況が少しでも分かれば、動くタイミングも掴める」
「あとは……『心と身体のコンディション維持』だ」
蓮が静かに続ける。
「ただ部屋に閉じこもって不安に震えてるだけじゃ、筋肉も落ちるし気も狂う。昼間はそれぞれの家の中で自重トレーニングやストレッチを日課にして、身体を鈍らせないようにする。そして夜は集まって、温かい飯を食って、ゲームをしたり本を読んだりして、ちゃんと笑う時間を作る」
「せやな。笑って飯食って、体力つけとかんと、いざ家族を迎えに行くときに動かれへんもんな」
大輝の表情に、いつもの明るさが少しずつ戻ってきた。
生き延びて、必ず家族と再会するために、心と体を健やかに保ちながらこの場所で生活を築く。
「生き延びるぞ、三人で」
「当たり前や。オカンに元気な顔見せな怒られるわ」
「ああ。万全の状態で、その日を迎えよう」
メモ用紙に記された目標を見つめながら、三人は小さく、だが固い拳を合わせた。
外の世界がどれほど静まり返っていようと、この砦の中で彼らは前を向き、一歩ずつ確かな日常を紡ぎ始めていた。




