第6話「作戦会議と、最初の足」
センターハウスの薄暗い打ち合わせスペース。
机の上に広げたのは、昨日事務所のパンフレットラックから回収してきた周辺のタウンマップと、モールのフロアガイドのチラシだった。
「……なぁ陽介」
大輝が落ち着かない様子で腰を少し浮かせ、小声で切り出した。
「作戦の前に一つええか? 朝から腹がゴロゴロ鳴ってて……ぶっちゃけ、トイレ行きたいんやけど。水道止まってて流せんし、どこでどうすりゃええんや?」
「そのまま流したら絶対詰まって逆流するぞ。せっかくの拠点がウンチまみれになるのは勘弁や」
陽介が即座に止める。
「水が出ない以上、当面は埋めるしかないな」
蓮が腕を組み、淡々と言った。
「便器にゴミ袋を二重に被せて用を足す。庭の土深くに穴を掘って、土や猫砂で消臭しながらミルフィーユ状に埋めていくんだ。数ヶ月寝かせれば、いずれ家庭菜園の堆肥にも使える」
「なるほどな……じゃあスコップと猫砂、ゴミ袋が至急いるってことか」
大輝が腹を押さえながら苦笑いした。
「ああ。だからこそ、今日のモール探索は午前と午後の2回に分けるぞ」
陽介が赤ペンを取り、モールの1階平面図をトントンと叩いた。
「昨夜の爆発で大半は外へ走り去ったが、店内の死角に何が残ってるか分からん。一度にあれもこれも欲張って荷物が重くなれば、逃げ足が鈍る。それに万が一、店内で想定外のトラブルが起きて『探索が1回きりで中断』になったとしても、最低限の移動手段だけは手元に残しておきたい」
「移動手段……車か?」と大輝。
「いや、車はエンジン音がデカすぎて感染者を呼び寄せる。狙うのは1階のサイクルショップだ」
陽介が図面の自転車屋のアイコンを丸で囲んだ。
「モールの中なら間違いなく自転車専門店が入ってる。あそこにある電動アシスト自転車や、展示用の電動キックボードを押さえる。音を立てずに高速移動できる足さえ手に入れば、もし1往復目で終わったとしても、ここ周辺での行動範囲と生存率は劇的に上がる」
「足回りの確保と、トイレ対策、それに防犯用具か」
蓮が手元のメモを見つめて頷いた。
「午前はそのモビリティと、穴掘り用のスコップ、猫砂、厚手のゴミ袋、工具、頑丈な衣類に絞る。それを持ち帰って足を固めてから、午後に本命のスーパーへ突入して重い食料を運ぶ……この二段構えだな」
「そういうことだ。よし、まずは午前の第1陣、サイクルショップへ向かうぞ」
三人は顔を見合わせ、バールを低く構えて立ち上がった。
割れた正面ガラスの隙間から、三人は音もなくモール内へと滑り込んだ。
薄暗い通路の角ごとに立ち止まり、左右の安全を目視でクリアしながら、1階奥のサイクルショップを目指す。
ガラス張りの店舗に足を踏み入れると、狙い通りだった。
通勤・買い物用の頑丈な前カゴとリアキャリアが付いた電動アシスト自転車が数台、さらにその隣にはスマートな電動キックボードが展示されていた。
カウンターの奥を漁ると、施錠用のキーと充電アダプター、登録用の電子キーカードがまとめてトレイに収まっていた。
バッテリーのボタンを押すと、緑の残量ランプがフル点灯する。
「よし、動くぞ。これで最悪ここから先がポシャっても、足だけは確保できた」
陽介が小声で告げ、二人に目配せした。
そのまま手分けして、店内の日用品コーナーと園芸売り場へ素早く散る。
大輝の切実な要望に応えるべく、スチール製の剣先スコップ2本、消臭タイプの猫砂の大袋、それに45Lと70Lの極厚ゴミ袋を次々と確保。
工具棚からは充電式インパクトドライバーと極太の結束バンド、アウトドアコーナーからは大容量ポータブル電源とLEDランタンをワゴンに放り込み、衣料品売り場で頑丈なワークパンツとシューズを身につけた。
「積載完了だ。荷台とステップに全部縛り付けたぞ」
蓮がロープの結び目を引いて合図する。
「よし、午前はここまでや! 一旦戻ってトイレを済ませて、午後の食料回収に備えるぞ!」
大輝が少し安堵した顔でキックボードのハンドルを握った。
モーターの静かな駆動音だけを残し、資材を満載した三台の足は、昼前の光が差し込む駐車場を展示場へ向けて滑るように駆け抜けていった。




