第2話「要塞の品定め」
LEDのダウンライトに照らされたリビングは、外の地獄が嘘のように静かで暖かかった。
三人は、最新仕様のアイランドキッチンを囲んで座り込んでいた。
「……で、現状の戦力分析と物資の確認、いくぞ」
陽介が、キッチンの引き出しから見つけた展示用のボールペンとメモ帳を広げた。
「まず『水』や。昨日の夜に言った通り、この家の裏にある給湯タンク、あれが命綱になる」
「本当に水抜けるんか?」大輝が身を乗り出す。
「親父が昔チラシ見ながら自慢げに話してた記憶やと、タンクの足元のカバーを外したら非常用のコックがある。上の空気抜きの弁をクイッと上げたら水が出るはずや。ただ、問題は受ける容器やな」
「展示用の鍋もフライパンも、棚に接着剤でガチガチに固定されとるしな」大輝が肩をすくめる。
「リビングの隅にあった新品のステンレス製ゴミ箱、あれ洗って使えばええやろ。数十リットルは入る」
蓮の冷静な提案に、陽介は「それ採用」とメモに『水:タンクからゴミ箱へ確保』と書き込んだ。
「問題は次や。『食料』と今後の調達先」
陽介がペン先を止めて顔を上げた。
「道路の向かいを見たら分かる通り、目の前には超巨大なショッピングモールがある。あそこに行けばスーパーも食品売り場もあるし、何でも揃うのは確かや。……でも、今は絶対に近づいたらあかん」
「せやな」蓮が即座に頷く。
「パニックが起きたとき、真っ先に人が押し寄せたのがあそこや。逃げ遅れた客や店員がどれだけ中で混乱に巻き込まれたか想像もつかん。立体駐車場の出入り口も車が突っ込んでぐちゃぐちゃになっとるし、あんなとこに今突っ込んだら、生きてるゾンビの巣窟に自分から飛び込むようなもんや」
「じゃあ、完全に詰みか……?」大輝が不安そうに眉をひそめる。
「いや、完全に諦めるのは早い」
陽介はメモ用紙の余白に、展示場周辺の略図をペンで描いた。
「モールの左右を見てみ。隣にある大型家電量販店と、その奥の大手家具屋……あそこはパニック初日に食料や生活必需品を求めて人が殺到する場所やない。さっき屋上から見た限り、ガラスも割れてへんし、出入り口付近に放置車両が折り重なってる様子もなかった」
「あそこは無事なんか……!」大輝の顔がパッと明るくなる。
「食料そのものは多くないやろうけど、家電量販店には電池、モバイルバッテリー、ライト、カセットコンロにケトル、もしかしたら非常食の備蓄もある。家具屋なら寝具やカーテン、頑丈な工具類が山ほど眠っとるはずや」
蓮が図面を覗き込みながら、冷静に付け足した。
「ただし、ガラス面が広くて外から見通されやすい構造や。中に少数の感染者が迷い込んでる可能性はある。モールみたいに絶望的な巣窟やないにしても、行くなら周囲をしっかり偵察して、死角を警戒しながら慎重に突入する必要があるな」
「せや。だから家電量販店と家具屋は次のステップや。まずは今日一日、この展示場の敷地内だけで手に入る食料と安全を確保する」
陽介がニヤリと笑った。
「展示場で食べ物なんか見つかるんか?」不思議そうにする大輝に、陽介が続ける。
「モデルハウスには必ず商談用のスタッフルームがある。営業マンがお客さんに出すためのお茶とかジュース、小分けのお菓子……それに自分たち用の買い置きのカップ麺なんかが、給湯室やデスクの引き出しに眠っとるはずや。ついでに敷地の真ん中にあるセンターハウスに行けば、イベント用の駄菓子や景品のストックも絶対にある」
「うわ、盲点やった……! それ絶対あるやつやん!」
大輝の目が一気に輝いた。
「それとな」蓮が玄関の方を見ながら言う。
「このスマートハウスは本部としてキープするけど、男三人でずっと同じリビングで顔突き合わせてるのも息が詰まるし、万が一のときに一網打尽にされる。食料を探しながら、各自が寝泊まりする『自分の家』も決めへんか?」
「それ最高やん! 人生最大の買い物をタダで選べるやん!」
三人は玄関の鍵をそっと開け、朝の静まり返った展示場へと踏み出した。
幸いなことに敷地内には動く影はない。物音を立てないよう早足で、隣のモデルハウスへと滑り込んだ。
一軒目、北欧風の三角屋根の二階建て。
勝手口の鍵をこじ開けて奥のスタッフルームに入ると、陽介の読みはズバリ当たった。
給湯室の戸棚から、来客用のドリップコーヒー、個包装のマドレーヌやバウムクーヘン、そして引き出しの奥からカップ麺が3個見つかった。
「よっしゃ、いきなり大収穫!」大輝が小声で歓声を上げる。
二軒目、白壁と格子が美しい重厚な二階建ての和モダン邸宅。
ここでも給湯室からペットボトルのお茶が1ケースと、アンケート粗品用のチョコレート詰め合わせを確保した。
その時、蓮が二階へ続く階段を上がり、奥の部屋を見て足を止めた。
「……俺、ここにするわ」
「もう決めたんか?」陽介が階段の下から見上げる。
「ああ。この家、二階の窓の格子がめちゃくちゃ頑丈で死角が少ない。それに、二階の奥に落ち着いた和室の書斎があって、掘りごたつまで付いとる。外の様子を静かに記録したり、周囲の監視をするのに一番集中できそうや」
蓮は窓の隙間から周囲を冷静に見下ろし、満足そうに頷いた。
「蓮の城、決定な」
続いて三人は敷地中央のセンターハウスへ向かい、事務室の給湯室と倉庫を捜索。缶コーヒーやスポーツドリンク、そして子ども向けイベント用だったと思しき駄菓子の段ボール箱をまるごと回収した。
その帰り道、大輝が一際目を引く、バルコニーが広い南欧風の白い二階建てモデルハウスの前でピタリと止まった。
「……なぁ。俺、ここ住んでええ?」
見上げると、二階にはテラス席のようなパラソルとチェアが置かれている。
「日当たり抜群やし、二階のバルコニーから展示場の通路が一番よく見える。見張りもしやすいし、何より奥の寝室のベッドがめちゃくちゃ広かった」
「お前らしい派手な家やな。ええんちゃうか」陽介が笑う。
「で、陽介はどこにするんや?」
「俺は……あそこや」
陽介が指差したのは、敷地の端、幹線道路と展示場の境界近くにそびえ立つ、黒い金属質の外壁で覆われた三階建てだった。
階段を駆け上がって屋上へ出ると、そこにはフェンスで囲まれた広々としたルーフテラスが広がっていた。
「ここ、屋上テラス付きの三階建てや。外壁も金属サイディングで頑丈やし、何よりこの屋上からなら、危険なモールはもちろん、あの家電量販店や家具屋の周囲の状況も、幹線道路のゾンビの動きも360度全部見渡せる。一番危険やけど、一番状況が掴める場所や。俺が物見やぐらの番人になる」
「まとめ役が一番危ないとこ陣取るんかいな。でも、この屋上からの見通しは桁違いやな」蓮がテラスの手すり越しに見下ろして感嘆の声を漏らした。
こうして午前中の捜索を終え、本部のスマートハウスに集めた物資は十分なものになった。
確保した食料:ペットボトル飲料各種約20本、カップ麺6個、個包装の焼き菓子・チョコ多数、駄菓子1箱
陽介の家:広大な屋上テラスからモール・家電量販店・家具屋を含めた全域を監視できる黒い三階建て
大輝の家:日当たりと見通しが良い南欧風の白い二階建て
蓮の家:格子が頑丈で防犯性に優れた和モダンの二階建て
本部:給湯タンクの水と太陽光・蓄電池が生きているスマートハウス
スマートハウスのリビングに戻り、大輝が開けたてのバウムクーヘンを口に放り込む。
「……うまっ。甘いもんがこんなに美味いと思ったん生まれて初めてやわ」
「これで数日は飢え死にせんですむな」
蓮がお茶のキャップを開けて小さく息をつく。
陽介はチョコレートをひとかけ口に運びながら、カーテンの隙間から自分の選んだ「屋上テラスのある黒い三階建て」と、その向こうに見える無傷の家電量販店・家具屋を見つめた。
水はある。電気もある。当面の食料も確保でき、それぞれに拠点も決まった。
「……とりあえず、足場は固まったな」
遠くに見えるモールの不気味な静寂を警戒しつつも、陽介の胸の中には、昨日までの絶望とは違う確かな生活への手応えが生まれ始めていた。




