第13話:それぞれの夜、明日への準備
大輝の家での昼食を終えた後、陽介は全員を連れて陽介の家の屋上へ上がった。
双眼鏡を覗き込んだ陽介の表情が、わずかに引き締まる。
「……少し戻ってきてるな」
遠くの工場火災の煙が薄れるにつれ、散っていた感染者たちが幹線道路沿いにちらほらと姿を現し始めていた。まだ数体が交差点や分離帯をあてどなく彷徨っている程度だが、午前中までの完全な空白状態とは明らかに空気が違う。
「まだ群れってほどじゃないが、外の警戒は一段階引き上げだな」
蓮が手元の双眼鏡を下ろして言った。
「敷地内の移動自体は簡単だが、家から家へ移動するときは必ず外周フェンスの外を目視確認して、小走りで迅速に移動するのを徹底しよう。基本、寝るときは各自の家に戻るけど、それまでは誰かの家に集まって過ごす形にする。夜に明かりを使いたいときは、蓄電池のある俺の家が一番安全だ」
「わかりました」と絵里さんたちが頷く。
「絵里さん、葵さん、美咲ちゃん。今日は命がけで逃げてきて体も神経も限界のはずだ。これ以上の外への遠出は今日は一切なし。午後からは平屋でゆっくり体を休めて、足りないものの整理をしてくれ」
陽介の言葉に、絵里さんはほっとしたように胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます、陽介くん。お言葉に甘えて、今日は少し休ませてもらいます」
午後、女性陣は平屋へ戻り、久しぶりに恐怖から解放された静かな時間を過ごした。
葵さんはさっそく平屋と各棟のトイレの仕様を確認し、水洗を流さず非常用トイレ袋と凝固剤を正しく使うための手順を全員分メモにまとめてくれた。下水ポンプが止まっている現状、このルール徹底が何よりの生命線になる。
夕方前、少し顔色の戻った女性陣が、大輝の家へやってきた。
絵里さんが手帳の切れ端を陽介に手渡す。
「明日以降で構わないので、必要なものをリストアップしてみました」
そこには、着替えのインナーや普段着、基礎化粧品や日用品の追加分、非常用トイレ袋の予備が几帳面な文字で並んでいた。
さらにその下には、美咲ちゃんの文字で『野菜の苗、種、培養土、プランター』と書き添えられている。
「畑ですか?」と大輝が身を乗り出す。
「はい……」美咲ちゃんが少し照れくさそうに笑った。「モデルハウスのお庭のスペースがすごく綺麗なので、あそこでミニトマトやキュウリ、ネギとかを育てられないかなって。長期戦になるなら、やっぱり新鮮な野菜が少しでもあると嬉しいですし」
「めちゃくちゃいいアイデアですよ!」大輝が相好を崩す。「採れたて野菜があれば料理の幅も一気に広がるし、モチベーションも全然違う。モールの生活フロアや催事コーナーに、ガーデニング用の土や種、プランターも置いてあったはずです!」
「モールの生活雑貨エリアなら、衣類も下着も日用品もワンフロアで全部揃うな」
蓮も深く頷いて計画に賛同した。
日が沈み、外が闇に包まれると、一同は蓄電池でリビングの明かりが灯る蓮の家へ移動して集まった。
大輝が手早く作った温かいスープを囲み、他愛のない世間話をしながら、夜が更けていく。外の世界が崩壊して以来、初めて流れる穏やかな団らんの時間だった。
夜十時。
「それじゃあ、今日はそろそろ解散にして、各自の家でしっかり寝ましょう。蓮、場所ありがとうな」
陽介の声かけに、蓮が「戸締まりしっかりな」と送り出す。
蓮の家の玄関ドアを細く開け、外周フェンスの外側に怪しい影がないかを入念に確認する。
異常がないのを見届けた五人は、足音を殺して小走りでそれぞれの家へ向かった。
陽介は陽介の家へ。大輝は大輝の家へ。そして女性陣は敷地奥の平屋へ。
それぞれ重厚な玄関ドアを閉め、内側から確実に施錠する。
明日、外の感染者の動きを見極めつつ、モールの生活フロアへ物資調達に向かう。
展示場での新しい生活を守るための夜が、静かに更けていった。




