1 ハクタの町
(立派なもんだなあ……)
仁は今、森から見えていた壁のすぐ近くまで来ている。だいたい4階建てのアパートくらいの高さはありそうだ。
壁は、レンガのような形に加工された石材を積み上げて造られている。見張り櫓もあることから、ただの壁というよりは砦の外壁と表現したほうが近いかもしれない。
「お、見ない顔だな。旅人か?」
壁沿いに歩いていると、いつの間にか門の前まで来ていたようで、簡素な武装をした兵士風の男が声をかけてきた。
よく使い込まれていそうな槍を持っているが、こちらに対する威圧感などは感じない。
(というかそれよりも、ちゃんと日本語が通じている……? 運がいいのは確かだが、言語がたまたま同じとは考えづらい気も……)
「おい? 大丈夫か?」
「いえ、すみません。ここは初めてで、立派な防壁に驚いていたところなんです」
仁は思考を中断して、兵士との受け答えに集中することにした。
ここで何かを疑われて、町に入れないことのほうがよほど致命的だ。
「そうか? となると出身はモルモとかそっちの方か……旅人にしては軽装だし、武器もないな……何かあったか?」
……なんと答えに困る質問をするのだ、この兵士は。
「いやその……魔物と戦った際に、武器が壊れてしまいまして……」
もちろん嘘である。
「おいおいマジかよ。そんな強い魔物でも現れたのか?」
「いや、そういうわけではなくて、単に戦い慣れていなくてですね……」
「ふーむ、そうか。確かに身体の線は細いし服装も普通だ。夜営用の荷物もないようだし……本来は通行料を取るところなんだが野垂れ死ぬのを見捨てるわけにもいかん。荷物だけ改めさせてもらうが、終わったら通っていいぞ」
そう言うと、兵士はこちらに近づいてくる。仁は自然とポーチを外して男に渡した。
「お願いします」
「……ほお、下級回復薬が4本、スライムの核も4つか……ウルフとかゴブリンはいたか?」
なぜこの兵士はこんなに質問をしてくるのだろうか。
海外の入国管理官がこんな感じだと聞いたことがあるが、そういう立場の人はみんな喋りたがりなのだろうか。
「いえ、他の魔物には出会いませんでした」
「そうか、そりゃよかった。ポーチの確認は終わったから次は身体を改めさせてもらう。問題はないな?」
「もちろんです」
そう言うと、仁は兵士が調べやすいように両手を上げた。兵士は妙なものを見るように目を瞬かせる。
「お、おう……」
なんだか戸惑っている様子だが、何かあったのだろうか。
とはいえ声をかけるのもな……と思っていると兵士が服の上から仁の体をパンパンと押さえ、異物がないか確認する。
「……よし、不審なものはなさそうだ」
兵士はそう言うと、首をかしげながら続けた。
「……今まで誰のもとにいて、どういう教育を受けてたのかは知らないが、これから一人で生きていくなら、宿代を稼ぐ当てもないんだろう? だったら冒険者になってみるのもいいんじゃないか?」
「冒険者ですか?」
仁にとってその言葉にはもちろん聞き覚えがある。
EWOにおける冒険者は、各種依頼を受けて達成することで通貨を稼ぐプレイヤーを指した。
最終的にはラストダンジョンなどの高レベルの敵を倒すほうが効率はよいが、攻略のついでに依頼を受けられたり、特別な報酬がもらえる依頼もあったりと旨味もあった。
「ああ、冒険者なら犯罪歴さえなければ、大抵の者は受け入れてもらえる。併設された訓練所で身体も鍛えさせてくれるしな。もしそうなるなら敬語はやめたほうがいいぞ。実力主義の塊みたいなところだ、ナメられたら厄介だからな」
「そうで……そうか、わかった」
「よし、その意気だ。冒険者ギルドはこの通りの突き当たりにあるぜ。頑張ってくれよ」
そう言うと兵士は仁の肩を軽く叩き、持ち場の椅子に向かって歩き始めた。……と思ったらすぐに振り返った。
「おっと、最近新しい旅人が来なかったから忘れてた。……ようこそ俺たちの故郷、ハクタの町へ」
右手を額に当てて敬礼する兵士に、仁も笑顔で返す。
「ありがとう、頑張ってみるよ」
仁は感謝の気持ちを込めて優しく兵士に答え、門の中に歩き始めた。
門を入ってすぐの大通りは、とても活気があった。
肉の焼ける香りと商人たちの呼び声が、通りのあちこちから押し寄せてくる。露店がいくつも並び、その周囲は買い物客でにぎわっていた。
見たことのない食べ物やアクセサリーは仁の興味を強く刺激したが、この世界の通貨がないため我慢だ。
物欲を振り払うように、歩きながら考えごとをする。
(そこの「ジェフズキッチン」で売られているのは、鳥の串焼き、1本150クルス。その隣は「アンの手作り亭 出張所」のアクセサリー、1個600クルス以上……通貨の単位はEWOと同じで、日常の買い物なら感覚的に1クルス=1円と考えてもいいかもしれない。日本にはない下級回復薬や魔物の素材がどうなるかは未知数だが……)
考えながらも仁は歩き続ける。ときどき人にぶつかりそうになるが、人の流れを読みながらするすると進んでいく。
(文字はなぜか読めるが、あんなミミズ文字みたいなものを書ける気はしない。言葉も通じることから日常生活では違和感はないが……ギルドで代筆などをしてくれるといいのだが)
不安になりながらも、仁は通りの突き当たりに着いた。目の前には、魔物の顔に剣の紋章……EWOでよく見た紋章が掲げられた大きな建物がある。
ここが冒険者ギルドで間違いないだろう。




