4 vsスライムの群れ
仁は右の手のひらをスライムの群れに向けて伸ばし、万が一にも気づかれないように、小声で言葉を紡ぐ。
「“プチファイア”」
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プチファイア 【魔法】
小さな火球を放ち、火属性ダメージを与える。
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(最下級の攻撃魔法、プチファイア。これが成功すれば、今の俺の職業は無職で確定だ)
結果は……仁の伸ばした腕の先に魔法陣が出現し、その中心から拳ほどの火の玉が飛んでいった。
プチファイア成功である。攻撃エフェクトもEWOとまったく一緒だ。
仁が感心していると、プチファイアはスライムの1匹に見事命中した。スライムはそのまま燃え盛り、核を残して地面に消えた。
他のスライムは焼け死んだ仲間を見て、ぶるっと震えて後ずさるように飛び退いた。
(……仲間の死に驚いている? こんな反応はEWOではなかった。この世界の魔物はゲームのように、決められた動作を繰り返す存在ではなさそうだな)
スライムたちがこちらに向かってくる。プチファイアの飛んできた方向に敵がいると気づいたのだろう。
スライムが仁を攻撃できる距離まで近づくには、まだ数秒あるはずだ。
その間にさらに思考を回す。
(今の俺は無職で確定。魔法を使うために必要なMPが存在するとして、あと一回は、プチファイアとプチヒールのどちらかの魔法を使うことができる。下級回復薬がある今なら……)
「“プチファイア”」
仁はスライムに狙いを定めて呪文を唱える。先ほどと同じように火の玉が現れ、スライムに到達。瞬く間に焼き尽くした。
これで魔法はしばらく使うことができないはずだが、プチヒールのためにMPを温存した1対3より、回復薬に頼った1対2の方が敵の数が減って戦いやすい。悪い選択ではないと思いたい。
スライムの群れは数を減らしながらもついに仁の元にたどり着く。
ここからは近距離戦だ。やりたくない距離なのだが仕方ない。仁はまたも慣れないファイティングポーズをとる。
先に動いたのはスライム。ぐぐっと縮んだあと、反動で仁のお腹に向かって体当たりを行う。しっかり見ていれば十分避けることができるものだが、普通に移動するときと比べれば格段に速い。
続いて2匹目のスライムが体当たりを仕掛けてくる。これも見えていたため避けることができた。
2匹の攻撃が終わったため、いざ反撃と思った矢先、またも1匹目のスライムが飛びかかってきた。
(マズ――)
仁の身体は反射的に痛みに備える。スライムが腹に直撃し、ぷるぷるした見た目とは裏腹な硬いゴムのような感触と衝撃を受け、仁は後ずさった。
(想像していたよりも痛いな……これは……)
ステータスが見えないため自分の正確なHPはわからないが、EWOなら、人間かつ無職レベル1では5回までスライムの攻撃に耐えられる。
数字の上では、間違いなくそうだ。
だが、現実のダメージを受けると単純な数字通りにはいかない。痛みで身体の動きが鈍くなり、思考にノイズが入り始める。
少なくとも、腹にもう一度攻撃を受けたくはない。
(やられる前にやらないと)
そう判断すると、仁に攻撃を当てたスライムに向かって蹴りを入れる。これまで何かを全力で蹴った経験のない仁だったが、体が自然に動いた。
体当たりされたときと同じく、蹴った質感は硬いゴムのようだった。反撃しようとするスライムへ、仁は蹴りでの攻撃を仕掛ける。
即座に一撃。
さらなる反撃をかわして一撃。
動かないようなのでもう一撃。
その三回の攻撃で、スライムは核を残して消滅した。
倒すと同時に、仁は背中から衝撃を受けてよろめいた。残ったスライムが体当たりをしたのだ。システムがEWOと同じなら、知覚外の背後攻撃は“バックアタック”という判定になり被ダメージが2倍になる。
(ぐっ……2倍かはわからないがさっきより確実に痛い。やってくれたな)
不意打ちのせいでそう思うのか、実際にダメージが2倍になっているかはわからない。
それでも念願の1対1だ。仁は振り返ってスライムの姿を捉えると、攻撃を浴びない距離まで離れた。
先ほど倒したスライムと同じように、向かってくる攻撃を避けて反撃しようと考えたのだ。ついでにバックアタックを受けたことで、試したいこともできた。
(バックアタックの補正がもし生きているなら、他のダメージ補正も存在している、と考えるのが自然だ)
スライムは攻撃が効いたのに気を良くしたのか、最初よりも勢いよく向かってくる。仁は冷静にスライムの速度を観察し、そしてスライムの攻撃を少ない動きでかわした。
(今だ!)
目標を見失ってもなお、体当たりそのままの勢いで飛んでいくスライムに対して拳を繰り出す。
スライムは仁のパンチをまともに受け、吹き飛んだ。大きく吹き飛ばされたスライムはそのまま起き上がることなく地面に溶けて消えた。
「“カウンター”も存在するのか。このあたりのシステムがあるのは感謝だな」
EWOの近距離戦闘システムの一つに“カウンター”がある。
敵が自分に向かって行った攻撃を回避し、かつ敵の攻撃動作が終わる前に反撃が命中した場合、ダメージが確定でクリティカルになるというものだ。
クリティカル時のダメージは通常の3倍。吹き飛ばし能力も3倍になる。
こうしてスライムの群れに勝利した仁。戦闘態勢を解き、一息つくと頭の中に声が響く。
――レベルが2に上がりました。
(やはりレベルが上がったな……体も少しだけ軽くなった気がする。これがレベルアップか。頭の中にシステム音声がそのまま響いたのは気になる……だが今は、レベルアップが楽に確認できるという事実の方が重要だ)
仁は元々、レベルアップによる最大MPの増加分だけMPが回復するというEWOの仕様を利用し、再びプチヒールが使えるようになるかでレベルアップの判定をするつもりだった。
だが、その手間は省けたようだ。
その場で軽く跳ねてみると、スライムとの戦闘前よりも少しだけ体が良く動く気がする。
身体の感覚を確かめていると、不意に大切なことを思い出した。
(あ、ドロップアイテム!!)
コレクターである仁にとって最重要と言っても過言ではない、アイテム回収を行っていなかった。
森のスライムは何もドロップしなかったはずだが、今回のスライムたちはどうだろうか。
(というか、EWOと同じなら何もドロップしないのはあり得ない。EWOでは必ず通貨をドロップするはずだ。今回のスライムも、森で会ったスライムも落としていなかった。どうしてこんな重要なことに気づかなかったんだ……)
落胆しながらも、スライムが倒れたところを探ってみるとスライムの核が落ちていた。
ゴルフボールくらいの核を手にとってみると、思っていたよりも重く感じた。
(これはドロップアイテム……なのか? 単に魔物の死骸のはずだが……こんなのが残っているのもゲームとの違いなのか。まあEWOだけじゃなく、ほとんどのゲームで魔物の死骸が残りっぱなしだったら、狩場の周りは死骸の山で大惨事だろうな)
なんて思いながらも、EWOではありえないドロップ品に心が躍り、妄想が一気に膨らむ。
(というかスライムみたいに一部の死骸が残るとしたら……例えば“ミスリルゴーレム”は本当に全身がミスリルでできている……? “カーバンクルの宝石”は実質確定ドロップ? それどころか敵キャラの魔剣や魔槍すら集めることができる……!?)
仁はウキウキでスライムの核4個すべてを拾い上げ、ポーチに突っ込んだ。そして手を戻すついでに、下級回復薬を1本取り出す。
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下級回復薬 【消費アイテム】
HPを少量回復する。
旅のお供にこれ一本!
ちょっとのケガならすぐ元通り!
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下級回復薬はその名前の通り、使用するとHPを少量回復する。
少量とはいえ回復量はプチヒールよりも高く、無職レベル1なら最大HPの半分程度を回復できる。
(EWOでは、回復薬は実際に飲んで使っていたよな……こんな色の液体を飲むのか……不味くないといいが……)
下級回復薬の色は濃い青。一般的な日本人の仁にとっては、実に食欲を減衰させられる色だ。
とはいえ背に腹は代えられないと、回復薬の瓶の蓋を開けて一気に飲み干す。とても野性的な味がしたが、スライムに攻撃された腹や背の痛みはすぐに消えた。
(プチヒールの時も思ったが、日本ではありえないくらいの即効性だ。魔法さまさまってやつだな)
仁は体力が十分に回復したことを実感し、また集落を目指して歩き出した。




