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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部一章 パラキストリ連邦
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2/ハノンソル -2 皇巫女

「カタナ、大事はないか!」


 ヘレジナがこちらへ駆け寄り、膝をつく。


「ああ、横になってれば平気だ。いちばん痛いのが腰だな」


「揉むか?」


「揉まんでいい」


「あ、あとで治癒術かける……」


「ふふん。プルさまは奇跡級の治癒術の使い手だからな! 腰痛どころか、あんな刺し傷や打撲傷くらい──」


 ヘレジナが表情を曇らせる。


「……すまない。その傷は、私が負わせたものだと言うのに」


 俺は、思わず眉をしかめた。


「あー、そういうのいい。誰のせいだとか、誰が悪いとか、嫌いなんだよ。なんとかなったんだからいいだろ別に」


「──…………」


 きょとんとした表情を浮かべたあと、ヘレジナが微笑する。


「ならば、礼を。ありがとう、カタナ。お前のおかげで、今私は生きている」


「……はいはい、どういたしまして」


 ごろんと寝返りを打ち、ヘレジナに背を向ける。

 ああ、そうだよ。

 照れ隠しだよ。

 あまりにわかりやすかったのか、ヘレジナとプルがくすくす笑い合う声が聞こえてきた。

 それを遮るように口を開く。


「ンなことより、なんか食いもんないか。ぺこぺこ超えてベッコベコなんだが……」


 そう口にした瞬間、腹の虫がぐうと唸り声を上げた。

 丸一日、あの泉の水以外のものを口にしていないのだから当然だ。


「わ、ご、ごめんなさい。忘れてた……」


「パンと水、それから硬い干し肉くらいしかないが、それでいいか?」


「歯は丈夫なほうでね」


「わかった、用意しよう」


 ヘレジナが、荷物から麻袋と革袋を出す。


「そ、それで最後……?」


「手持ちの食料はこれで最後です。元よりハノンで補給する予定でしたし、カタナにすべて与えてしまってよろしいかと」


「うん、いいと思いまっす……」


 麻袋を開き、取り出した干し肉を、ヘレジナが俺の口元へ差し出した。


「ほら、口を開けろ。食べさせてやろう」


「なんでだよ……」


「安静にしなければならんと聞いたぞ」


「メシくらい自分で食えるわ」


 傷が痛まない姿勢をなんとか見つけ、壁を背に腰掛ける。


「ほら、寄越せ」


「なんだ、つまらん……」


「怪我人で遊ぶんじゃない」


 干し肉を受け取り、裂いて口へ運ぶ。

 ビーフジャーキーより獣臭く、遥かに塩気が強い。


「しょッ、ぱ!」


「ほ、干し肉は、すこしほぐしてから、パンに挟んで食べるといい、……かも」


「そのまま水を口に含めば、塩気もちょうどよくなるはずだ」


「パンと水の二面作戦ってわけな……」


 数年は腐らずに保存できそうだ。

 二人の言葉に従いながら、空腹にまかせてパンと干し肉を次々口に詰め込んで行く。

 言われた通りにしてもまだ塩辛いが、嫌いな味ではない。

 俺の食べっぷりを見て、ヘレジナが言った。


「すまんが、おかわりはないぞ。ハノンに着けば食事もできる。あと数時間はそれで持たせてくれ」


 頬張ったまま、こくりと頷く。

 御者台へ通じる引き戸から、傾きかけた太陽が覗いた。

 ルインラインは肌寒いと言ったが、騎竜車内の蒸れた空気が入れ換えられて、逆に清々しいくらいだ。

 久方ぶりの食事を胃の腑に収めると、プルが真剣な瞳で俺を見つめていることに気が付いた。


「どうした?」


「……その」


 プルの視線が振れる。


「ちゃんと、自己紹介。……し、しないとって」


「プルさま……」


「かたなは、恩人。な、名乗るのが誠意だと思うから……」


「──…………」


 気にならないと言えば、さすがに嘘になる。

 遠慮する必要はないだろう。

 プルが居住まいを正し、しとやかに口を開いた。


「──わたしは、プルクト=エル=ハラドナ……って、いいます……」


「ハラドナ」


 聞き覚えのある単語だ。

 たしか、プルたちの住む国の名が──


「パレ・ハラドナか」


「その通りだ」


 ヘレジナが、薄い胸を張りながら言う。


「プルさまはパレ・ハラドナの皇族であり、運命の女神エル=タナエルから神託を授かることのできる唯一無二の〈皇巫女すめらみこ〉であらせられる」


「ふうん……」


「もっと驚かんか!」


「偉いことには気付いてたしな」


 まさか、皇族とまでは思わなかったけれど。


「これだから異世界の人間は……」


 ぶつくさ言うヘレジナから視線をプルへと戻したとき、胸が嫌な高鳴り方をした。


「……う」


 プルが目を伏せ、目元を拭っていたのだ。


「え、……っと、その?」


 何か言ってしまっただろうか。

 ヘレジナに続いて自分のせいで女の子を泣かせたとなれば、さすがに慌てもする。


「わ、……わたし、ずっと。お友達が欲しかった……。わたしのほんとの名前を知っても、引かないでくれるお友達が……」


「──…………」


「……かたな、は」


 プルが、うっすらと浮かぶ涙を人差し指で拭いながら、言った。


「わ、わたしのこと、知っても……、変わらずにいてくれるんだ……」


「……あー」


 プルから視線を逸らし、痒くもない後頭部を掻く。

 そんな大層なことじゃない。

 たまたま恐縮するような出会い方じゃなかっただけだ。


「かたな」


 意を決したように、プルが口を開く。


「わたし、の、……お、お友達に。なって、……くれませんか?」


 世界から色が抜け落ち、選択肢が現れる。

 だが、その内容に興味はなかった。

 答えは決まっていたからだ。


「──ったく」


 プルに右手を差し出す。


「わーったよ。俺とお前は対等な友人だ。それでいいな」


「──うん!」


 プルからすれば、勇気を振り絞った精一杯の言葉だったのだろう。

 命懸けでヘレジナを助けに行くのとは、また異なる種類の勇気だ。

 プルは確かに、ドジでポンコツで色気のないアホの子には違いない。

 しかし、尊敬に値する人格だ。

 年が離れすぎている──なんて理由で拒絶するのは、あまりに不誠実だろう。

 プルが俺の右手を両手で握り返し、微笑む。


「──…………」


 何故だろう。

 プルの笑顔が、妙に儚く思えた。

 どこか遠くへ行ってしまうような、そんな予感がした。

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