4/ジランブ・モア -19 子供でも、大人でも
「──と、そんなわけだ」
途中で遅い昼食を挟みつつ、掻い摘まんですべてを話しきる。
窓から射し込む陽光が、研究所内を赤く彩っていた。
ハレが、満足げに拍手をする。
「ウム! 非常にヨク出来た物語ダ! まるで歌劇か演劇を見テいるかのようでアッタゾ!」
物語、か。
「ちなみに、信じては?」
「イナイ!」
「だろうな……」
何度も話すうちに麻痺していたが、俺の経験はあまりに荒唐無稽だ。
アーラーヤは、共にラライエと戦った。
クロケーとベアハウルには、俺の強さを証明した。
だが、ハレには、俺の言葉を信じる根拠が存在しない。
出来のいい物語だと最後まで聞いてくれただけマシで、銀輪教の信者であればエル=タナエルが出てきたあたりで激怒し始めてもおかしくはなかった。
「……わかった。勝手を言って申し訳ないんだが、〈オクルくん〉と〈マナミエル〉だけは譲ってくれないか。金でどうにかなるなら、だけど」
「フム?」
ハレが、下唇をつまみながら小首をかしげる。
「その二つは提供スルと既に言ってアルではナイカ」
「……うん?」
会話がずれている気がする。
「出立なのダガ、明後日で構わナイカ? 〈オクルくん〉は最終調整を残すノミだ。純人間の魔術でテストを行いタイ! アト、留守中の研究所の管理もスポンサーに頼ンデおかねばならんカラナ!」
「待て待て待て待て」
「?」
「……信じてないのに、ついてくるのか?」
「ソウダガ」
「よく、嘘つきか妄想癖かの集団に同行しようと思えるな……」
「現状、作り話の可能性が最も高イと思っているダケで、アリ得ないトハ考えてイナイ。作り話であるコトが否定サレレバ、自動的に真実でアロウ。ソレニ、営利目的でワタシを騙そうとシテイルわけではないコトは明ラカだ。金銭、アルイはワタシの発明品が目的でアレバ、モット簡単な方法がイクラでもアル。取り入るタメの作り話とシテは、作り込み過ギダ」
「……それは、まあ、そうだよな」
仮に俺が営利目的でハレに近付いたとして、いちばん簡単な方法がある。
誘拐だ。
七人が雁首揃えて二時間も三時間も作り話を披露する理由はない。
「ヨッテ、助手にするコトにナンノ躊躇もナイゾ! 喜べ、助手カタナよ!」
「──…………」
喜んでいいのだろうか。
「デハ、二日ほど研究所に泊マッテ行ケ! ノチホド〈オクルくん〉の最終調整をスル。治癒術が必要とアレバ、治癒術で調整シヨウ。治癒術士は誰ダ?」
「わ、わたし、……とー」
「うちもそうだね」
「ンで、俺もだ。三人分の治癒術って、まとめて送れるもんか?」
「伝送スル魔術は、強いほうがイイ! 何故なら、伝送時点で魔術の効果がアル程度損失するカラダ! マア、三人イレバ、一人分の効果クライは送れるダロウ」
マナナが微笑む。
「……うちの治癒術じゃ誤差かと思ってたけど、そういう事情なら来てよかったね」
「仮に治癒術がなくたって、来てくれて助かってるよ」
プルの両肩を後ろから抱いて、マナナがイタズラっぽく言う。
「プル。あんたの旦那が口説いてくるよう」
「おーい」
「だっ、だだだ、だんな……!」
プルが赤いほっぺたを両手で隠し、あわあわしている。
可愛い。
「……ま、冗談はさておいて」
「じょうだんだった……」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、やっぱ、治癒術を見込まれたわけだからね。決戦までに、しっかり級位を上げておく。すこしでも役に立ちたいんだ」
「そっか。ありがとうな」
マナナが器用にウインクをした。
「仲間、だろ?」
「親しき仲にも礼儀ありってな」
「ははっ、確かに!」
「フム……」
ハレが、下唇をつまみながら俺を見る。
考え事をするときの癖らしい。
「助手カタナは、女タラシというモノカ?」
マナナが即答する。
「そうだよ」
「コラ」
「……それは、じ、……事実」
「そうであるな……」
「諦めろ、カタナ。否定するほど泥沼だぞ」
「……オレから見ても、ウン」
「クロケーまで!」
俺は、救いを求めるようにヤーエルヘルを見た。
「あ、その。あちしには、その。まだ、わかんないでし……」
「フム?」
ハレが、じろじろとヤーエルヘルを観察する。
「助手ヤーエルヘル。先程の話を事実と仮定スルト、君は子供デハないのではナイカ? ワタシは十七ダガ、君は最低デモ二十年は旅をしているハズ……」
「そ、それはそう、……でしけど」
「外見が子供デアルことと、内面が子供デアルことは、等しくナイ。君には二十年分の記憶ト、二十年分の老成が──」
「わ、わああ!」
「ムググ!」
ヤーエルヘルが、ハレの口を塞ぐ。
「ああ、ほらほら」
マナナが、即座に、二人のあいだに割り入った。
「ハレ。素直なのはいいことだけど、思ったことをそのまま口にするのはよしたほうがいいかもね」
「ワタシはタダ、疑問をダナ!」
「うう……」
俺は、俯いてしまったヤーエルヘルの肩に、そっと手を置いた。
「……大丈夫か?」
「は、はい。だいじょうぶ、でし!」
「──…………」
今のやり取りの意味を考える。
ヤーエルヘルは、子供ではない。
だが、俺は、それを知りつつも、なおヤーエルヘルを子供として扱い続けてきた。
俺が、ヤーエルヘルを、子供に押し止めていたのだろうか。
そのほうが都合がいいから。
「……──あー」
腹の底から自己嫌悪が迫り上がってくる。
ヤーエルヘルの精神が既に大人であるとするなら、一緒に寝るとか最悪だ。
究極の子供扱いじゃないか。
「悪い、ハレ。この研究所って屋上出られるか……?」
「出らレルが、ドウシタ?」
「急に素振りがしたくなった」
「トウトツ!」
俺は、ふらりと研究所の屋上へ上がり、周囲が暗闇に没するまで素振りを続けた。
すこしでも自分を痛めつけたかったのだが、鍛え上げた肉体は、少々汗ばむ程度だった。
ネルの言葉が蘇る。
ヤーエルヘルを、一人の女の子として見てあげてほしい。
今になって、ようやく、その言葉に込められた意味を理解できた気がした。
「──カタナさん?」
背後からの声に、振り返る。
ヤーエルヘルがタオルを手に立っていた。
「お疲れさまでし! これで汗、拭いてくだし」
「……ああ、ありがとうな」
タオルを受け取り、顔を拭う。
多少ごわついているあたり、ハレの日常生活が窺える。
「──…………」
ヤーエルヘルから目を逸らし、ジランブ・モアの街並みを見下ろす。
トレロ・マ・レボロの夜は、早い。
灯術が使えないからだ。
日没からさして時間が経っていないにも関わらず、街の光はささやかだった。
「そのう……」
ヤーエルヘルが、もじもじと口を開く。
「さっきの、その。気にしないでほしいでし……」
「……いや」
なかったことには、できない。
「ネルにさ、とっくに言われてたんだよ。ヤーエルヘルを子供扱いしないであげて、って」
「え──」
「何度も機会はあった。水着のときだってそうだ。ヤーエルヘルは子供じゃないって、わかってたはずなんだ。にも関わらず、俺は、ヤーエルヘルを子供って枠に押し込め続けた。たぶん、そのほうが、収まりがよかったんだと思う。楽だったんだと思う。妹とか、下手すりゃ娘とか、そういう関係が心地よかった」
「──…………」
「……俺には、本物の妹がいる。あいつも、もう、二十五になるかな。立派な成人女性だ。昔みたいに子供じゃない。だから、ヤーエルヘルに、都合のいい〈永遠の妹〉を見ていたのかもしれないな」
「カタナ、さん……」
「今まで、すまない。お前は子供じゃないのに」
「──…………」
ヤーエルヘルが、そっと、首を横に振る。
「やめてくだし。子供とか、大人とか、区切らないでくだし……」
俺の右手を取り、まっすぐに、まっすぐに、俺の顔を見つめて言った。
「あちしは、ただのヤーエルヘルでし。子供って名前でも、大人って名前でも、ありません!」
「──っ」
必死に言葉を紡ぐヤーエルヘルを見て、俺は、また自分が間違いそうになっていたことに気が付いた。
ヤーエルヘルは、子供じゃない。
そこまでは、いい。
だが、今度は、ヤーエルヘルを大人という枠組みに押し込めるところだった。
同じ過ちを、繰り返すところだった。
子供でなければ、大人。
大人でなければ、子供。
そういうことじゃ、ないだろ。
「はは、……は。俺、ほんと馬鹿だな……」
思わず自嘲の笑みが漏れる。
「……悪い。さっきの言葉は忘れてくれ。ヤーエルヘルは、ヤーエルヘルだ。最初から、それでよかったんだよな」
「あ──」
ヤーエルヘルが、嬉しそうに目を細めた。
「はい!」
しかし、今まで通りとはいかない。
ヤーエルヘルは子供ではない。
俺の妹でも、娘でも、ない。
ただの、一人の女の子なのだ。
「ただ、今後は、一緒に寝るのだけはやめとこう」
「えっ!」
「あれは、ヤーエルヘルが子供だと思ってたからできたことだ。子供扱いの極みみたいなもんだ。子供でも大人でもない一人の女の子にすることじゃないよ」
「……その、あの。あちし、子供でもいいでしよ?」
ヤーエルヘルのおでこを、つんとつつく、。
「ただのヤーエルヘル、だろ?」
「う」
「俺も寂しいけど、一人の女の子として扱うって、そういうことだと思う。たぶんな」
ヤーエルヘルは子供ではない。
だから、子供扱いはしない。
言葉にしてしまえば、こんなに簡単なこともないのに、俺は気付かなかった。
馬鹿野郎だ。
「……わかりました。あちしはヤーエルヘル。ただの、一人の女の子。それで、いいんでしよね?」
「ああ」
「えへへ……」
ヤーエルヘルが、微笑む。
「なら、あちし、がんばりましね!」
「……頑張る?」
「はい!」
何を頑張るのか想像もつかないが、ヤーエルヘルが前向きになってくれたようで、すこし安心した。
「──あ、もうごはんできましよ。ごはんを食べたら〈オクルくん〉のテストをするそうでし」
「了解。んじゃ、入ろうぜ。夜風が冷たくなってきた」
「夏の後節でしのに、もう秋みたいでしね……」
「さすが、北方大陸最北の国だけはあるよなあ」
何気ない会話を交わしつつ、俺たちは研究所へ戻り、プルの作ってくれた夕食をありがたくいただいた。
研究所にろくな食材がなかったと自信なさげなプルだったが、十分に美味しい夕食だった。
普段の食事は市場の露店で済ませているらしく、ハレがいたく感動しているのが面白かった。




