4/ジランブ・モア -20 最終調整
「──コレヨリ、フラスネイオン式ワイヤレス魔術伝送装置〈オクルくん〉の最終調整を執り行ウ!」
「おおー」
「いいぞー」
皆が、なんとなく拍手を送る。
「マズ、コチラが受信機デアル。助手カタナ、装着スルノダ!」
ハレに手渡されたものは、半球状の半輝石が取り付けられたベルトだった。
「ベルトか。治癒術とは相性いいかもな」
なにせ、人体の中央だ。
仮に腕輪型であったとすると、治癒術の効果が、別の末端などの遠い場所には現れなくなるかもしれない。
素人考えだが、そんなことを思った。
「ソシテ、コチラが送信機とナル!」
ハレがごそごそと取り出したものは、一辺が二十センチほどの立方体のてっぺんに、こちらも半球状の半輝石が取り付けられた機械だった。
「コイツに治癒術を使えば、効果がカタナに及ぶっつーわけだな」
「ソノ通りダ、助手アーラーヤ!」
ハレが、送信機の半輝石に触れながら、言う。
「原理は単純デアル。電力でアレバ電線というケーブルにて送電デキルガ、魔力にはそれがデキナイ。コレハ、魔力が物理的ではナク精神的なエネルギーであるコトを示してイル。コノ事実は、魔術を使う際、思い描イタ術式にヨッテ魔力が変質スルコトからも明らかデアル。魔術は物理現象を引き起コスガ、魔力は本来精神世界、スナワチ虚数平面に満ちているものでアリ──」
マナナがギブアップする。
「あー。ごめん、ハレ。うちらみたいなズブの素人にもわかるよう頼めるかい?」
「ウム……」
すこし残念そうにしながら、ハレが再び説明を始める。
「送信機と受信機の一対の半輝石は、もともと一つの塊だったノダ。特殊な加工を施すことにヨリ、この二つの半輝石は精神的に繋がったママの状態とナッテイル。ソノタメ、距離を越えて魔力を共有できるのダナ。理解できタカ?」
「こっちの説明だったら、なんとなくは」
愛用のベルトを外し、〈オクルくん〉の受信機を代わりに締める。
「ハレ。気にナッタんだケド……」
クロケーが、恐る恐るハレに尋ねた。
「コノ発明品、なんのタメに作ったンダ? ドンナ場面を想定して作ったノカ、よくワカらない……」
確かに、その通りだ。
俺たちにとっては都合のいい発明品だが、他の使い道はいまいち思いつかない。
「ウム!」
「──…………」
数秒待つ。
「……続キは?」
「理由は特にナイゾ! 魔力伝送に関スル論文が発表サレタから、魔術ではドウカと試作してみただけデアル!」
プルが、思わず目をまるくした。
「そっ、それ、……って、純粋魔術……」
「魔術ではナイ! 魔科学デアル!」
月の歴史を思い返す。
「……純粋魔術が禁忌とされた理由、魔科学にもまんま当て嵌まってる気がすんだけど」
「エル=タナエルの怒りを買わなければいいがな……」
「ウム!」
わかっているのかいないのか、ハレが送信機の側面を開き、細々とした調整を行う。
機械にありがちなケーブル類はごく僅かで、内部のほとんどは、模様の描かれた無数の基板によって構成されていた。
そう言えば、さっき、魔力はケーブルでは送れないと言っていた気がする。
「──これでヨシ! サア、助手カタナよ! 怪我をスルノダ!」
すごいことを言われている気もするが、必要なことだ。
「じゃ、本番想定で天眼一閃使ってみるか」
ヘレジナが、すこし慌てる。
「し、室内でか? 広いとは言え……」
「手刀なら大丈夫だろ。風は吹くかもしれないけど」
「ウム! この研究所は広い! タカダカ腕の素振り程度、なんの問題もナイゾ!」
プルが、心配そうに呟く。
「そ、……そう、かなあー……」
「どうする? 怪我を負ってから治癒術と、治癒術を受けながら怪我の、二パターンやってみるか?」
「オオ! 素晴らシイゾ、助手カタナ! 確かに、ドチラのデータも欲しいトコロダ!」
「了解。俺も、どっちのパターンも試しておきたかったしな」
「デハ、送信機と受信機はナルベク離れてクレ。研究所内でアレバどこでアッテモ損失率は大差ナイはずダガ、ヨリ遠いほうが実戦的でアロウ。離れスギルと、ドコカの地点で損失率が無限大にナルガナ」
「ンじゃ、俺たちは隅っこ行くか」
「そうだね」
「はあー、……い」
研究所一階は、ワンフロアをまるまるぶち抜いた、雑然とした空間だ。
アーラーヤ、マナナ、プルの三名が、送信機を持って研究所の四隅の一角へと移動する。
俺もまた、三人から最も遠く、物の少ない場所へと陣取った。
ハレは、治癒術の効果が実際に現れるかを確認したいらしく、クリップボードを左腕に抱えながら俺を観察している。
「デハ、助手カタナよ! 天眼一閃トヤラを使ってみせるノダ!」
「了解ですわ、ハレ教授」
俺は、右手を胸の前で構え、神眼を発動した。
1/12倍速の世界へ。
そして、さらにその先へ。
深く、
深く、
深く──
──俺は、天眼を発動した。
隣にいるハレが、完全に静止している。
俺は、すぐに巻き起こるであろう強風が彼女に当たらないよう、ただ意志の力で以て、指を揃えた右手を真横へと動かした。
天眼一閃。
──そして、時が緩やかに流れ始める。
空気が爆ぜた。
俺を中心にして、一瞬だけ、ヤーエルヘルの操風術にも近い暴風が吹き荒れる。
「オワー!」
ハレが、すてんと尻餅をつく。
同時に、頭痛と激痛とが俺を苛んだ。
「がッ! あ、……ああ……ッ!」
筋繊維が細切れになり、皮膚が割れ血が滲み出し、右腕などは骨に無数の亀裂が入っていることがわかる。
「ちっ! 治癒術、い、いきま、……っす!」
それは、プルの言葉と同時だった。
へその下あたりに、ぽっと温かいものが灯る。
半輝石がほのかに輝いていた。
治癒術だ。
見る間に俺の傷は癒えていき、全身の激痛はすぐに治まった。
残るは頭痛だけだ。
「──おーい、治ったぞー!」
「はいよー!」
マナナの返事と共に、治癒術特有の光と熱が消え去る。
「ナッ! ナナナ、ナンダ今のハ!」
「天眼一閃」
「人間が魔術ナシで起こセル風ではナカッタゾ!」
「だから、ボロッボロになるんだよ。頭痛は治らねえし……」
「──…………」
ハレが、ばんばんと俺の背中を叩く。
「でッ! いて! なんだよ……!」
「助手カタナよ。君はナント面白いノダ! マスマス研究材料にしたくナッタゾ!」
「……お手柔らかに」
俺たちには、ハレの協力が必要だ。
それが、実際に〈オクルくん〉の効果を見て実感できた。
天眼一閃は、一度きりの大技だ。
これを、二度、三度と振るうことができるのならば、魔竜ルインラインに対しても勝算が見えてくる。
「──デハ、次は治癒術を先に使ッタ状態で、天眼一閃を使用スルノダ! ワタシは助手カタナの背後に回ってオク!」
「はいよ」
きついのは、すぐに治してもらえる肉体の崩壊より、頭痛のほうだ。
だが、自身の耐久テストという意味でも、試しておくべきことではある。
二度放った時点で、頭痛で行動不能になる可能性もあるのだから。
「ンじゃ、治癒術行くぜー!」
ぽ。
アーラーヤの宣言と共に、下腹部に治癒術の熱が灯る。
「じゃ、行くぞ」
「イツでも構ワンゾ!」
「わかった」
再び、右手を胸の前で構える。
神眼を発動し、さらに天眼へと移行する。
先程と同様に、意志の力で無理矢理右手を真横へ動かすと、筋繊維のねじれる感覚があった。
天眼一閃。
──そして、時が緩やかに流れ始める。
空気が、再び爆ぜた。
「──づ、……あッ!」
先程とは比較にならない頭痛に苦しむが、同時に不思議な感覚もあった。
全身は、一瞬だけチクッと針で刺すような痛みが起きただけで、血も噴き出さず、皮膚も割れず、どうやら骨も折れていないようだった。
「助手カタナ!」
ハレが、丸めた俺の背中を優しく撫でてくれる。
プルの脊髄反射の治癒術、アーラーヤが言っていた置き治癒術は、言われていた通り、そもそも怪我へと至らないようだ。
そして、同時に理解できた。
天眼一閃は、短時間に三発が限度だ。
三発目を放った瞬間、俺は、頭痛によって気絶するだろう。
「……大丈夫カ? トニカク横になるノダ。肩を貸ソウ」
「ああ、悪い……」
「悪いコトなどナイ! 君は、ワタシの助手なのダカラナ!」
その言葉に軽く感動しながら、俺は、ソファに寝かせてもらった。
プルが、心配そうに俺の顔を覗き込む。
「ひ、……ひざまくら、する?」
「おお、久し振り、……だな」
「うん!」
ほどよい肉付きのプルのふとももを楽しみながら、俺は、頭痛が治るまで、しばしのあいだ目を閉じていた。




