4/ジランブ・モア -17 魔科学
ハレ当人が見つかったからには、もうテベラル公社を訪ねる理由はない。
ひったくり犯を警邏官に引き渡したあと、俺は、ハレに腕を掴まれたまま連行されていた。
「──待て、待てって! 逃げねえって! 俺たちもお前に用があるんだから!」
華奢な少女とは言え、さすがに亜人だ。
ぐいぐいと引く力は思いのほか強い。
「助手はダイタイそう言って逃げるノダ! 雇用契約を結ぶマデ信じられるモノカ!」
「──…………」
こいつ、頻繁にこんなことしてるんだろうな。
一輪バイクを押して運ばされているアーラーヤが、呆れたように口を開く。
「カタナよう」
「なんだよ……」
「後ろ見てみ」
「……?」
背後を確認する。
プル、ヘレジナ、ヤーエルヘル、マナナのみならず、クロケーまでもが半眼でこちらを見つめていた。
プルが口を尖らせる。
「……ま、また、新しい女の子と……」
「ちッ、違う! 今回だけは違うだろ!」
マナナが指折り数えていく。
「プル、ヘレジナ、ヤーエルヘルと、ヤーエルヘルの別人格のヤガタニちゃん。ハノンソルのメルダヌアと、ラーイウラの王様のネルと、魔術大学校のシオニアちゃん。ナナイロ、ハレで、何人目だい?」
「マナナを入れてよいのであれば、十人目であるな」
「記念すべき二桁目じゃん。よかったね」
当たりが強い。
「……ほんと、頼む。俺の立場が一秒ごとに悪くなっていく」
「ウム!」
離す気は一切ないようだった。
ここまで会話が通じない相手は久し振りだ。
俺たちは、ハレに引きずられるまま市場から離れ、新区画へと足を踏み入れた。
新区画の道は、トレロ・マ・レボロの他の街と同じ規格になっているらしく、あのジランブ・モアとは思えないほどに広かった。
新区画に騎竜車を預けるべきだった気がするが、ハレと出会うことができた時点でこちらが正解だ。
「──サ、ココがワタシの研究所だ! 助手カタナとその仲間タチよ! 遠慮なく入るノダ!」
「ここ、……って」
比較的新しい四階建てのビルは、新区画の他の建造物と遜色がない程度には立派だった。
「……このビルのワンフロア、とか?」
「全部が研究所ダ!」
「マジかよ」
それが本当なら、かなりの成功者だぞ。
ハレが、ようやく俺を解放し、懐から金属製のカードキーを取り出す。
魔術研究科で見たものとよく似ている。
カードキーを所定の位置に収め、魔力を込めると、ビルの玄関扉が自動的に開いた。
ハレが、たったかと研究所へ入り、俺たちを歓迎する。
「ヨウコソ、フラスネイオン研究所へ!」
思わず周囲を見渡す。
そこは、非常に雑然とした空間だった。
一輪バイクを彷彿とさせる完成品のほか、開発途中で投げ出されているものや、まったく同じに見える物品が無数に転がっていたりと、とにかく整理整頓が成されていない。
ただ、研究所の広さで許されているだけだ。
「サア、助手カタナよ! 初仕事だ! ワタシたちにお茶を淹れるノダ!」
「雇用契約してないから無理です」
「クッ、ソコを突かレタか。仕方アルマイ! ワタシが淹れてくるカラ、好きにクツロぐがイイ!」
悔しげな表情で、ハレが階段を上がっていく。
「……逃げるか」
ヘレジナに肩を掴まれる。
「逃げてどうする」
「あんなに話が通じないとは思わなかったんだよ!」
「鼻の下を伸ばしていたではないか」
「伸ばしてないからな。これはマジで」
背後からの冷たい視線で、それどころではなかったのだ。
「ほんと、か、……かなあ……」
「……仕方ない、でしよ。カタナさん、かっこいいので」
「あいつ顔で選んでないぞ、絶対」
顔で選ばれるとも思わないけれど。
アーラーヤが、困ったように口を開く。
「んで、このバイクってのは、どこに置きゃいいんだ」
「適当に転がしとけばいいんじゃないか? どっちにしろ、転んで擦れて傷だらけなんだし」
「そーすっか……」
一輪バイクを適当な場所に倒し、アーラーヤが腰を伸ばした。
中腰がきつかったらしい。
「……仲間にするより、発明品だけ売ってもらえねえかな。あんまり連れて行きたくない」
「個人的には嫌いじゃないんだけどね、ああいう子」
「マナナ、元気な子供とか好きだもんな。ハレが何歳か知らんけど」
「見た感じ、十七か十八くらいじゃないかい?」
「外見で判断すれば、まあ、そんな感じか。ただ、ヘレジナの例もあるからな」
「む」
「年齢いじりじゃないぞ」
「ならばよい」
いじりと言うより、ただの事実だ。
そんな会話を交わしていると、ハレがお盆にグラスを持って戻ってきた。
「サア、遠慮なく飲むがイイ!」
グラスには濃いめのお茶が汲まれており、かろん、と氷が涼やかな音を立てた。
「──…………」
氷?
俺と同時に、全員が驚愕する。
「氷だ……!」
「もっ、ものを冷やす魔術、ま、まだ、開発されてないはず……!」
「ウム! 魔術ではないカラナ」
「魔術じゃないんでしか……?」
「魔科学の産物でアル!」
魔科学。
さっきも言っていたな。
「ハレ。その魔科学っつーのは、魔力を動力源にした機械を作る学問──みたいな認識で合ってるのか?」
「サスガ我が助手、一を聞いて十を知るトハ! 概ね正しいガ、正確な定義は、魔力及び魔術と科学の融合、でアルナ」
「ああ、なるほど。魔術も組み込むんだな」
俺たちの目的は〈魔術の効果を離れた位置に発現させる道具〉だ。
それこそ、魔術と科学を融合させた発明品と言えるかもしれない。
「ソレデ、助手カタナよ。ワタシを探していたトイウ話だったガ、何故だ。理由を述ベヨ!」
「ああ……」
正直に言って、ここまで我が道を行かれると、不安以外の感情が湧いてこない。
戦闘能力がないのに真っ先に出て行く姿が目に見えるようだった。
「……高名なハレ=フラスネイオンなら、俺たちの求める道具を作れたりするんじゃないかと思ってな」
「ホウ!」
まんざらでもなさそうだ。
「たとえば、こう、パーツAに魔術をかけると、その効果がパーツBに、空間を越えて効果が発動する──みたいな道具が欲しいんだ」
「──…………」
ハレの表情が、一気に不審に傾いた。
「何故、ソノ発明品を知ってイル? ソレはマダ調整中ゆえに、情報を秘匿しているハズ」
「ああ、いや。作ってるのは知らなかったよ。そういう道具が欲しいってだけだ」
「……怪シイ。マサカ、助手カタナよ。君は産業スパイなのではアルマイナ!」
「違う違う」
まさか未発表の品物だとは思わなかった。
確かに、そんなものをタイムリーに欲しがる輩が現れれば、怪しむのも当然だろう。




