4/ジランブ・モア -16 ハレ=フラスネイオン
翌々日に当たる夏の後節二十三日、俺たちは、トレロ・マ・レボロ西県の県都であるジランブ・モアを訪れていた。
騎竜車を預け、それぞれが帽子をかぶって街に出る。
騎竜車に乗っていたときから思っていたことだが、ジランブ・モアは込み入った街だ。
幹線道路の幅も狭く、渋滞することもしばしば。
建造物同士が空中で連絡している場所も多く、二階建ての騎竜車が通れずに、渋滞の原因を作ってしまったことも一度あった。
「──狭い! どうしてこうも道が狭いのだ!」
通行人とぶつかりそうになったヘレジナが、愚痴をこぼす。
「フシギでしよね。土地が足りないわけでもなさそうなのに……」
道が狭いということは、人と人との距離が近いということだ。
月に来てから、ゆったりと広い道しか歩いてこなかった身としては、この狭さは東京を思い出してすこし懐かしい。
「トレロ・マ・レボロの他の街は普通だし、ジランブ・モアだけの特徴だよな、これ」
「な、なんか、……歴史を感じる……?」
「あ、わかるねそれ」
プルの言葉に頷き、マナナが周囲を見渡した。
「ほら。道も全部石畳で、例のアスファルトじゃないだろ。経年劣化もしてそうだし」
「ああ、確かに」
数百年の歴史があると言われても頷ける。
「歩くための街、っつー印象だな。乗り物は馬車くらいで、騎竜車は想定してねえ気がする」
アーラーヤの所感は、しっくりきた。
ジランブ・モアの歴史を紐解けばわかるのかもしれないが、悠長に観光をしている暇はない。
俺たちは、県都であれば間違いなく存在するであろうテベラル公社の支社を探し、幾人もの通行人に尋ね歩いた。
「──ア、向こうの区画にあっタと思いまスよ。電信の会社、ですヨね?」
「そうでし、そうでし。ありがとうございまし!」
ヤーエルヘルにならい、亜人の女性に会釈をする。
女性が軽く手を振り、歩き去って行った。
「向こう、か」
女性が示した方向へと視線を向ける。
比較的新しく、道幅の広い区画だ。
歩き回ってわかったのだが、ジランブ・モアは、古い区画ほど道幅が狭く、新しい区画ほど広い傾向にある。
電信会社であるテベラル公社は、ジランブ・モアの歴史からすれば、かなり新しいはずだ。
新区画にあるのも納得だった。
「お、お、……おなか、すいたー……、かも」
おなかを押さえるプルの頭を、ぽんと撫でる。
「大丈夫か? 昼、食ってないもんな」
「う、うん。露店とか、な、ないかなあー……」
「露店か」
近くにあればいいんだけどな。
「──…………」
クロケーが、すん、と鼻を鳴らした。
「アッチのほう、イイ匂いがする。何か売ってるカモ」
「おお、さすが亜人」
ヤーエルヘルが、クロケーの真似をして、すんすん鼻を鳴らす。
「……あちし、わかりません。クロケーさんは鼻もいいんでしね!」
「マア、ウン……」
クロケーが目を逸らす。
うーん、ここにイオタを召喚したい。
「じゃあ、公社を探す前に露店を探すか。方向的にも近いしな」
「うんうん。腹が減っては戦ができぬ、ってね!」
マナナの言葉に引っ掛かりを覚える。
毎度のことなので慣れたが、エル=タナエルは、共用語のどんな言葉を翻訳して日本のことわざに変えているのだろう。
似たような表現があるのだろうか。
そんなことを考えつつも、俺たちは、クロケー曰く〈イイ匂い〉がするほうへと足を向けた。
見えてきたのは、古びた露店が無数に並ぶ市場だ。
新区画と旧区画を区切るように開かれた市場では、食材に料理、衣料品から雑貨まで、あらゆる種類の店舗が軒を連ねている。
「おおー、活気あるなあ」
区画と区画の狭間だからか、道幅は非常に広い。
この人混みでも、騎竜車の一台や二台くらいは通れそうだ。
目を輝かせながら、ヘレジナが口を開く。
「うむ! これだけあると、目移りしてしまうな……」
マナナが言葉を返す。
「腰を落ち着ける場所もないし、食べ歩けるものがいいよねえ」
「──おお、あの揚げドーナツのようなものなど、マナナの好みではないか? とろけるほどに甘そうだぞ」
「あ、いいね! 島だと白砂糖って輸入品だったから、あんだけ贅沢にかかってるのは夢みたいだよ」
年が近いためか、ヘレジナとマナナは気が合うようで、こうして二人で楽しそうに話している場面をよく見掛ける。
「なら、俺もあのドーナツにすっかな。甘いの好きなんだよ」
「いいよねえ、甘いもの。ホントは果実水にも砂糖入れたかったんだけどさ」
「果実水は果実水で、あれくらいの薄さが俺は好きだったけどな。さっぱりしてて」
「うむ、わかる。わかるぞ。果汁ではなく、果実水というのがポイントであった。特に、冷たい井戸水から作ったものは、本当に美味かった……」
「暑かったもんな、ワンテール島……」
「今頃は、暑さも一段落した頃かな。なんだかんだ、そろそろ秋も近いしね」
「次に顔を出せるのは、いつになるだろうな。バルマにも会いたい。魔獣の海域も霧散していくだろうし、定期船が増えればいいんだけどな」
「ああ、そうであってほしいところだ。毎度毎度ボスコに大枚を支払うわけにも行くまい」
「いくら払って来てたんだい?」
記憶を辿る。
「確か、一万シーグルだっけ?」
「そうだ。色もつけてやったから、それよりまだ多いな」
「うへえ。確かに、毎回はきついやね」
「で、あろう?」
雑談に花が咲きつつあったので、後ろを振り返り、尋ねる。
「俺たち、あの揚げドーナツにするわ。プルたちはどうする?」
「ど、どーなつ! ふへ、へ、わたし、ドーナツ好き……」
「あちしも、甘いの食べたいでし!」
「……揚げドーナツかあ。油、油で、しかも砂糖だろ。オッサンの胃袋にゃきついぜ」
「オレも、メシが甘いのは……」
「なら、アーラーヤとクロケーは──」
言いながら、他の露店を見渡したときのことだった。
「キャッ!」
すぐ隣で女性が小さく悲鳴を上げ、尻餅をつく。
「か、カバン! 私のカバンが……!」
女性の視線を辿ると、亜人の男の背中があった。
ひったくりだ。
世界を問わず、犯罪者はいるものだ。
「──ッ!」
状況を理解したクロケーが、瞬時に駆け出した。
「おー、行った行った」
いくら亜人の身体能力が高くとも、そこに体操術を掛け合わせているクロケーに敵う道理はない。
数十メートル先で、クロケーがひったくり犯を押さえ込んだ。
「お、捕まえた捕まえた」
「やるなあ」
のんきにアーラーヤとそんなことを言い合っていると、
──フオンッ!
すぐ隣を一陣の風が通り過ぎた。
「……?」
俺たちの背後から前方へ向けて駆け抜けていったもの。
それは、バイクにも似た、車輪が一つしかない乗り物だった。
「えっ」
小型のセグウェイ、足が車輪になった竹馬、大きな車輪からハンドルが生えたもの──思いつくどの表現も、いまいち芯を食っていない気がする。
一輪のバイクはそのまま爆走し、クロケーが取り押さえているひったくり犯の目の前で急ブレーキをかけて──
「あ」
止まりきれずに、二人を轢いた。
「ちょッ!」
「やりやがった……」
アーラーヤと共に駆け出す。
あの程度の質量の事故であれば、アーラーヤの治癒術でどうにでもなるだろう。
「イデ、デデデ……」
クロケーはなんとか身を起こしたが、ひったくり犯は完全に気絶していた。
そして、一輪バイクから放り出された少女が一人。
「──おい、大丈夫か!」
「ウグ」
もしかすると、頭を打っているかもしれない。
俺は、少女の頭部を動かさないようにしつつ、軽くその頬を叩いた。
「意識はあるか? あるなら喋るか手を動かしてくれ」
「……!」
少女が我を取り戻し、同時に勢いよく上体を起こした。
「あぶね!」
慌てて避ける。
危うく頭突きを食らうところだ。
「ヒッタクリはドウなった!」
「ああ、そいつなら」
視線で示す。
クロケーの治療を終えたアーラーヤが、気絶しているひったくり犯を爪先でつついていた。
意識の有無を確認しているのだろう。
「ウム、無事に捕マッタようダナ! ヨキカナ!」
「いや、よくないからな」
「何故ダ?」
「お前が、ひったくり犯ごと、俺の仲間を轢いたからだよ!」
──ぱちん!
少女のほっぺたを両手で挟み、衝動に任せてうにうにする。
「オボボボボボ……」
「ッたく、人騒がせな」
少女を解放し、クロケーの元へと向かう。
「クロケー、平気か?」
「アア、オレは平気だ。アノ人は?」
クロケーが、バイクの少女へと視線を向ける。
「大した怪我もなさそうだし、治癒術使う義理もないだろ。亜人だから、逆に怒られるかもしれないし」
「マ、ソレはソウかもな」
轢かれた当人だもんな、クロケー。
しかし、バイクか。
追いついてきた女性陣からすこし離れ、道の真ん中に放り出され転がっている一輪バイクへと近付いた。
トレロ・マ・レボロには既に自動車が存在している。
故に、バイクが存在してもおかしくはないはずだが、違和感があった。
エンジンに当たる機構が存在しないのだ。
代わりに、月の色をした巨大な石が、座席の下に仕込まれている。
「……半輝石? これ、魔力で動くバイクか?」
「フム?」
気が付けば、少女が隣に立っていた。
「ワカルのか、一般人!」
「……まあ、見ればわかる程度のことはな」
「素晴らシイ! トレロ・マ・レボロの連中は、ドイツもコイツも魔術を忌避する! 科学と魔術との融合コソが新時代の幕開けダト言うノニ!」
「言いたいことはわかるよ」
魔術と科学は、実は親和性が高い。
まったく別のエネルギー体系が二つあれば、互いの短所を補い、互いの長所を高め合うことができる。
純人間の魔術、亜人の技術と分かたれてしまっている両者だが、この二つが掛け合わさったとき、月に革命が起こるだろう。
「オオ!」
少女が俺の手を取った。
「一般人! 否、助手ヨ! 共にトレロ・マ・レボロの新時代を築コウではナイカ!」
「……は?」
助手?
「ワタシは魔科学の申し子、稀代の発明家ハレ=フラスネイオン! 助手! 君の名前を聞かせてクレ!」
「ああ、俺は──」
待て。
今、なんつった?
「……ハレ=フラスネイオン?」
「助手よ。ソレはワタシの名ダ!」
「見つけた」
「ム?」
俺は、少女──ハレ=フラスネイオンの手を高々と上げてみせた。
「──見つけたぞーッ!」
「ナンダナンダ!」
こうして、俺たちは、拍子抜けするくらいにあっさりと、ハレ=フラスネイオンと邂逅したのだった。




