4/ジランブ・モア -15 テベラル公社
夕食のサルナバーレのおかげで、まだ体がぽかぽかしている。
毎夜の楽しみである朗読会を終えたあと、女性陣は、騎竜車の二階へと上がっていった。
アーラーヤとクロケーの加入を機に、寝室を男女で完全に分けることにしたのだ。
二階から聞こえる姦しい声を微笑ましく思いつつ、俺はクロケーに話し掛けた。
「自分の方向性、すこしは見えたか?」
魔力銃の手入れをしていたクロケーが、顔を上げる。
「ア、ウン。スコシは……」
「俺とマレウスの勝負を見てわかったと思うけど、一対一の戦闘において、互いの力量が極まれば極まるほど、魔力銃は決め手になりにくくなる」
「……タシカに。正直、カタナサンに当たる気がしなかった」
「これが、火薬を用いた銃なら話は違ってくるんだけどな」
「ソウなのか?」
「魔力銃は、発射音がしてから銃弾が来る。音よりかなり遅いんだよ」
「音ヨリ、遅い……」
「遅いってことは、避ける余地が大きいってことだ。マレウスみたいに正確な射撃が可能な相手だと、俺みたいに神眼がなくても、とりあえず横に走れば射線からは外れる」
「避ケタ先を狙うのは?」
「偏差射撃ってやつだな。移動してる目標に対して、着弾までのタイムラグを計算に入れて撃つ。これも、ある程度までの相手には有効だと思う。ただ、距離が離れれば離れるほど難易度は高くなるし、相手が同じ速度で同じ方向へ移動し続けるとも限らない」
「アー……」
「遠距離は雑魚狩り。魔力銃で選別して、当たらない相手には近、中距離戦を仕掛ける。最終的には、そういったスタイルに収束するだろうな」
「ナルホド」
二日分の新聞を読み込んでいたアーラーヤが、口を挟む。
「おいおい、カタナ。お前、クロケーをどこまで行かせたいんだよ。師匠の俺を差し置いて」
「あ、悪い。育成方針は師匠が決めたほうがいいよな」
「いんや、そこは構わねえよ。俺も同じ考えだからな。ただ、見据えてる場所が最初から高すぎる気がしてよ」
「ああ……」
俺は、前の周について、皆に概要しか話していない。
ハシュラムや皇都コルハインでの出来事について、〈二人と肩を並べて戦った〉以上の詳細を語っていないのだ。
「……もう失われた可能性のことを言い過ぎるのもよくないから、短く済ませるけどな」
俺は、言葉を探し、そっと口にした。
「俺は、クロケーのことを、めちゃくちゃ高く買ってる。無理を通して仲間に引き込んだのも、それが理由だよ」
「ほう」
アーラーヤが、愉快そうに口の端を上げた。
「どこまで行くと思う?」
「二十歳までに特位。もうすこし早いかもな」
クロケーが、目をまんまるにする。
「ト、特位……!?」
「……とんでもねえ金の卵を抱えちまったな、こりゃ」
「クロケー。俺が褒めたからって、才能にあぐらをかくなよ。お前なら大丈夫だと思うけどさ」
「ウン! むしろ、ヤル気出てきた……!」
「そっか」
しかし、あんまりクロケーを褒めすぎると、イオタがいじけそうだなあ。
改めて、思う。
もっと長く、傍で指導してやりたかった。
「──しかし、特位か。こんな身近な単語になるとは思わなかったぜ。この騎竜車に乗ってる連中だけで、たぶん、国が落とせる」
後頭部で腕を組み、寝転んだ。
「ルインラインだけで小国を滅ぼせるって聞いたときは呆れたけど、まさか、自分がその立場になるとはなあ……」
だが、この高みに立ってみれば、わかる。
具体的にどうすべきか、攻め手が見える。
可能だ。
「……なーんで、こんなことになったんだろ。悪い意味ではないんだけどさ」
「お前、地球では一般人だったんだっけ?」
アーラーヤに視線を向け、頷く。
「一般人も一般人よ。家は農家で、上京してブラック企業に入社。七年へこへこ使い潰されて、自殺寸前で月に飛ばされた。そんで、あれよあれよとここまで来ちまった。わけわからん」
クロケーが小首をかしげた。
「ブラック企業、って?」
「社員を人とも思わない金儲け優先の企業だよ。一日十六時間労働は当たり前。罵倒と罵声が挨拶で、俺たち下っ端は上司のストレスの捌け口だ。まあ、その上司はさらに上司から罵倒されて、肥えてるのは経営者の親族どもだけなんだけどな」
「……ナンデ、ソコで働いてたんだ?」
「なんでだろうな。もう、覚えてねえや」
冗談めかして、アーラーヤが言う。
「今のお前なら、五分で更地にできるな」
「ははっ、できるできる!」
愉快愉快。
「──お前さ」
「うん?」
「地球に帰るんだろ」
「まあ、そのつもりではいるけど……」
アーラーヤへと向き直る。
彼は、真剣に俺を見つめていた。
「帰って、どうすんだ? その武をよ」
「──…………」
天井を見上げる。
二階からは、変わらず女性陣の楽しげな話し声が聞こえてくる。
「……わかんね」
プルと結ばれ、ヘレジナ、ヤーエルヘルと共に、米を作って暮らす。
それが俺の目標であり、目的だ。
だが、その生活に、神眼も、天眼も、白き神剣も、必要ない。
「お前、月のが合ってるんじゃねえか?」
「──…………」
すこし、揺らぐ。
俺は、この旅路が、本当に楽しかった。
三十年の人生の中で、この半年間が、いちばん充実していた。
旅路が終わってしまうことに、努力で手に入れた強さが不要になってしまうことに、俺は、どこか空しさを感じている。
「オレは、カタナサンに、月にイテほしいよ。アーラーヤサンはオレの師匠だケド、カタナサンはオレの目標だ。第二の師匠、ミタイな」
「……考えとく」
今、ここで決めることでもない。
ルインラインを討たなければ、そもそも、俺とプルに未来はないのだ。
「──ま、人生先は長いんだ。よーく考えて決めろ。選ぶことは、捨てることと同義だ。軽々にすべきことじゃ、ねえんだから」
「ああ。わかってる」
人生は選択の連続だ。
選び取り、選び捨て、生きて行かねばならない。
時間なんて、普通は巻き戻らない。
巻き戻ったとしても、そこには、また別の苦悩が待っている。
「んで、ちっと話は変わるんだけどよ」
「うん?」
「新聞。最後の紙面の、いちばん下を見てみてくれ」
アーラーヤが差し出した新聞を受け取り、最下段へと視線を移す。
「……提供、テベラル──なんだ? クロケー、この単語なんて意味?」
クロケーが、ひょいと新聞を覗き込む。
「テベラル公社、だよ」
「公社。国が作った会社か」
「電信は新しい技術だろ。発明者は有名なはずだ。若いって話だから、年齢的にハレ本人って可能性は低いが、発明家同士で繋がりがあるかもしれねえ。今日みたいにテキトーに聞き込みするより、テベラル公社から発明者を辿ったほうが、可能性あるんじゃねえか?」
「おお!」
アーラーヤの言葉に、思わず小さく拍手を送る。
確かにその通りだ。
発明家の界隈が広いか狭いかはわからないが、当てもなく尋ね歩くよりは希望が見える。
「あ、でも、テベラル公社ってマウダンテトにあったりしないか?」
ハルユラは、エル=サンストプラの神託によって、俺たちを先回りする。
いずれは必ず出会うのだ。
マウダンテト陥落の悲劇を再演しないためには、そもそもマウダンテトへ近付かないことが肝要だ。
「公社って、デカい会社だろ。電信網は国中に張り巡らサレてるんダカラ、支社もたくさんアルと思うケド……」
「あ、確かに。頭いいな、クロケー」
「へへ」
てれりと笑うクロケーを見て微笑みながら、アーラーヤがまとめる。
「次の街でテベラル公社の支社を探して、電信の発明者の名前と、できれば所在を聞き出す。これだな」
「ああ。指針が決まっただけで、前に進んだ気分になる」
「ダナ!」
ふと、気付く。
二階から話し声が聞こえなくなっていた。
「……俺たちも、寝るか。うるさくしてると上の連中に悪い」
「そうだな」
「ウン。ジャア、明かり消すぞ」
クロケーが立ち上がり、天井付近を漂っていた灯術の明かりに指先で触れる。
明かりが弾け、車内が暗闇に包まれた。
「んジャ、おやすみ……」
「おやすみ、クロケー。アーラーヤ」
「寝小便たれんなよ」
「タレるか!」
二人のやり取りにくすりと笑い、膝を暖めていた毛布を肩まで引き上げる。
ベッドの寝心地が恋しいが、こればかりは仕方がない。
目蓋を閉じ、意識を静かに沈めて行くと、俺は、あっと言う間に眠りに落ちていった。




