4/ジランブ・モア -14 クロケーの決意
ラーイウラ王国からの手紙を運んできた飛竜便に、アーラーヤが新しい手紙を託す。
行きつ戻りつ大変な仕事だが、どこかで適当に休息は取っているだろう。
ベアハウルの屋敷で昼食を終えた俺たちは、出立の準備を整えていた。
「──ナンデッ! ナンデ急に、来るなナンて言うんだッ!」
「──…………」
無言で騎竜に飼い葉を与える。
「カタナサンッ!」
「……改めて、クロケーの手が本当に必要かどうか考えてみたんだよ」
「?」
「前の周、クロケーに頼ったのは、ヘレジナが致命傷を負っていたからだ。だが、今回は初戦が決戦だ。手は足りてる」
「……ソンナ」
クロケーが、引き攣った笑みを浮かべる。
「オ、オレたち、……戦友だったって、言ってクレタろ……?」
「前の周のクロケーは、な」
「ッ!」
「お前には家族がいる。お前を大事に思ってくれる人たちが、いる。お前の両親からお前を奪い、危険に晒す。その責任を、俺も、アーラーヤも、負えないんだよ」
「ア、アーラーヤサン、は……!」
「俺ァ、元からお前を弟子に取るつもりはねえ。前回はたぶん、成り行きで弟子にする羽目になったんだろうがな。ま、せずに済むってんなら、それに越したこたないわ」
「──…………」
クロケーが、怒りに頬を膨らませていく。
そして、
「バカ──────ッ!」
一言可愛らしい罵声を残し、屋敷へと駆け戻っていった。
プルが、客車からひょこりと顔を出す。
「こ、……これで、よかった、……の?」
「クロケーの父親であるベアハウルの頼みだ。俺も、こうしたほうがいいと思う」
「そう……」
ヤーエルヘルが、心配そうに呟いた。
「……クロケーさん、大丈夫でしかね」
「大丈夫さ。あいつなら」
飼い葉をたっぷり食べた騎竜の鼻先を撫でてやったあと、俺は客車へと乗り込んだ。
御者台のヘレジナが、言う。
「──さあ、出立するぞ。準備はいいか」
五者五様の返答と共に、騎竜が走り始めた。
程近い国境で門番に客車の中を見せ、通行の許可を得る。
トレロ・マ・レボロへ入国すると、馴染み深いアスファルト舗装の道路が伸びていた。
五分ほど走ったあと、ヘレジナが騎竜を止める。
「カタナ。このあたりでよいか?」
「ああ、いいと思う」
「しかし、妙な道であるな。レンガや石畳のような繋ぎ目がない……」
「アスファルトって言うんだ。地球の道路はだいたいこれだな」
「この舗装、赤銅の街道より滑らかかも、でし」
マナナが尋ねる。
「ヤーエルヘルも初めてなのかい?」
「はい。あちしがいた二十年前には、こんな道路は見掛けなかったと思いまし……」
ヤーエルヘルは、千年以上もの時をアルクハルヴァ神殿で過ごしていた。
神殿を追われ、バレボロを目指しハウルマンバレーへと密入国するまでの道のりだけが、ヤーエルヘルの知るトレロ・マ・レボロだ。
とは言え、アルクハルヴァ神殿から国境までは、徒歩であれば数日はかかるはずだ。
二十年前の時点でアスファルト舗装が普及していなかったのは確かだろう。
「カタナ。電信ってーのは、トレロ・マ・レボロの端から端まで、マジで一瞬で情報が届くのか?」
アーラーヤの素朴な質問に答える。
「ああ。新聞もそれを利用してたな。南東県で起きたパレ・ハラドナとの小競り合いが、翌日の西県の新聞に載ってたぞ」
「……すげえな。飛竜便の野郎どもも、そのうち失業か」
「個人間での通信ができるようになるまでは、まだまだかかるだろ。二十年とか、三十年とか」
なんてことのない会話を交わしながら、待つ。
いつしか太陽は西へと傾き、東の空が藍色に染まり始めていた。
「……いつまで、待つ?」
「そうだな……」
ヘレジナの問いに、すこし迷う。
「日が沈むまでだ。沈んだら、もう、出よう」
「相分かった」
皆が焦れているのがわかる。
だが、俺は信じる。
俺だけは信じ続けよう。
それが、共に背中を預けた戦友に対する敬意だ。
やがて──
「お」
バレボロの方角に、人影が見えた。
亜人の身体能力と体操術との掛け合わせで、人外の速度を人外の持久力で維持しながら、一人の少年が駆けてくる。
アーラーヤが、すこし嬉しそうに言った。
「おーう、来た来た。やっぱ来たか」
「だから言ったろ?」
「ふへ、……へ、そうだ、ねっ!」
荷物を背負ったクロケーは、俺たちの騎竜車を見つけると、さらに速度を上げる。
そして、俺たちの前へと辿り着いた。
「──はッ! はあ、……ハア……ッ、はァ……!」
膝に手をつき、溢れる額の汗を拭う。
そして、顔を上げた。
「オレも、……連レてってクダさいッ!」
「ああ、もちろん」
断られると思っていたのか、クロケーがきょとんとする。
「はい、クロケー。これで汗拭いな?」
マナナがクロケーに手拭いを渡す。
「あ、アリがと……」
礼を言うクロケーに、アーラーヤが告げる。
「わりィ、クロケー。お前の父さんに頼まれっちまってよ」
「……ドウ、いうコトだ?」
「カタナの強さはわかった。カタナの言ってたことも本当だ。でも、ベアハウルたちには、わからないことが一つだけあった。クロケー。お前がどのくらい本気か、だ」
「!」
苦笑しながら、言う。
「両親からは止められて、俺たちに冷たい言葉で置いて行かれて、それでもなお飛び出すくらいの決心なら、もう好きにしろってさ」
クロケーが、その場にへにゃりと膝をつく。
「ナンだよ、もおー……!」
「本当に悪かった。夕飯は、お前の好きなもん作ってもらおう」
「つ、作る、よー」
客車から降り、俺は、クロケーに右手を差し伸べた。
「クロケー。改めて、お前の力を貸してくれ」
「──…………」
クロケーは、すこしだけ不満顔をしていたものの、すぐに俺の右手を取った。
「アーラーヤサンに師事して、カタナサンより強くナッテやる」
「楽しみにしとくよ」
クロケーを引き起こし、客車へと乗り込む。
「ヘレジナ、出してくれ。もうすこし行くと草原地帯に入るから、そこで野営にしよう」
「了解、──だっ!」
手綱を引き絞り、鞭のように軽く打つと、騎竜が歩き始めた。
仲間にすべきは、あと一人。
ハレ=フラスネイオン。
彼女が誰で、どこにいるのか、俺たちはまだ何も知らない。




