4/ジランブ・モア -12 形無の技量
翌朝、家政婦が作ってくれた朝食をいただいたあと、しばし客間で歓談する。
今日の午後に飛竜便が届く予定であることを伝えると、アーラーヤは客室に引き篭もり、急いでラーイウラ王国宛ての手紙を書き始めた。
俺たちの話を聞けば、ネルもさぞ驚くだろう。
「──ただいま戻ったの」
正午近くになって、ベアハウルとクロケーが屋敷に帰宅した。
皆で二人を出迎えると、クロケーの様子がすこしおかしかった。
「──…………」
無言で床を見つめたまま、何も言わない。
強く反対されたのだろうか。
「カタナくん。一つ頼みがある。受け入れてくれるかの?」
「ああ、はい。よほど無茶でなければ」
「では──」
ベアハウルが、真剣な目で告げた。
「マレウスと、戦ってほしい」
「マレウスと?」
俺の記憶にある限り、マレウスは、バレボロでも屈指の魔力銃の使い手だ。
「単純な話だの。君の話を、仮に事実であるとしよう。であれば、君は、同じ主神級かつ格上である魔竜ルインラインに勝たねばならない。それだけの腕がなければ、犬死にだの」
「……ええ、そうなります」
「自殺行為に愛息を付き合わせるわけにはいかない。マレウスにも勝てないようでは、到底、魔竜ルインラインには勝てんだろう。君の強さを、見たいのだ」
魔術有利の原則、という言葉がある。
魔術士と武術士が真剣勝負を行った場合、攻撃範囲の観点から、魔術士が一方的に有利であるという考え方だ。
魔力銃は魔術ではないが、遠距離攻撃ができるという点では同様だろう。
仮にマレウスが奇跡級相当の魔力銃の使い手だとして、彼にすら勝てないようであれば、未来はない。
ベアハウルの言葉は的を射ていた。
「わかりました。いくらでもお相手します」
「ありがとう。マレウスは既に、広場で待っている。準備が整ったら出てきてほしい」
「はい」
ベアハウルの巨体が玄関をくぐり、扉が閉じる。
「──…………」
「おう、どうしたクロケー。チタの実の種間違って噛んだみてえな顔してよ」
アーラーヤが、クロケーの頭に乱暴に手を乗せる。
照れることも振り払うこともないまま、クロケーが口を開いた。
「……カタナサン。オレのコトは、諦めてくれ。マレウスと戦わナイでくれ」
「どうしてだ?」
ヘレジナが、扉を睨みながら言う。
「カタナは、お前が思っているより遥かに強い。マレウスがいくら優れた魔力銃の使い手であっても、向こうに勝ち筋はないぞ」
「違う」
クロケーが、小さく首を横に振る。
「トーちゃん、言ワナかった。相手は、マレウスだけジャ、ない」
そして、顔を上げた。
「町の手練レ、全員だ」
「──…………」
なるほどな。
対魔竜ルインラインの想定に、マレウスだけではさすがに役者不足だ。
埋められない技量を人海戦術で埋める。
以前から思っていたが、ベアハウルは、やり手だ。
「ありがとう、クロケー。あらかじめ知ってれば楽になる」
俺は、ポケットから義術具を取り出し、右手に装着した。
「──む、無理だ! 多勢に無勢ニモ程がある! マレウスも、町の人タチも、カタナサンを遠慮なく殺シにかかるぞ!」
「遠慮なく殺しに来るのは、ルインラインも同じだ」
「ソウ、だけど……」
アーラーヤが、クロケーを安心させるように笑顔で言った。
「なーに、こいつなら平気だぜ。殺して死ぬようなタマなら、御前試合で優勝なんかできねえよ。マジモンの奴隷だったんだからな、カタナは」
「デモ……」
プルが、そっと俺の手を取る。
「が、がんばって、……ね! かたな!」
「気を付けてくだし。一発でも避け損ねれば、致命傷になりかねません……」
「油断はするなよ。特に、頭部は必ず守るのだ。他の傷であれば、治癒術でどうにかなる」
「ああ、サンキュー」
さすが、この三人は荒事に慣れている。
「──…………」
ふと気が付いた。
マナナが俯き、左手で自分の右手首を握っている。
その手がかすかに震えていた。
「……大丈夫か? マナナ」
「あ、……いや。カタナが強いのはわかってる。わかってる、けど……」
マナナの両手に、さらに力が込められる。
「……うち、カタナが戦うとこ、ぜんぜん見てないからさ。魔力銃の達人と町の手練れが相手って聞いて、こ、怖くて……」
「あ──」
そうだ。
俺は、マナナの前で命のやり取りをしたことがない。
六十年前、最初にナナイロを助けたときは、マナナが来る前に片が付いていた。
その後、ジーンの複製たちや、千体のナナミさんのなりそこないと戦闘になった際は、マナナは願望器の間に閉じ込められていた。
アーウェンを出てからヘレジナとの模擬戦は毎日のように行っていたが、当然ながら本気の殺し合いではない。
不安に思うのも当然だ。
「──…………」
しばし思案し、俺はマナナに告げた。
「俺は、お前の目の前で傷つくよ、マナナ。だから治癒術は頼んだ」
「……!」
マナナは言っていた。
自分の知らないところで大切な人が傷つくのが、怖い。
傷つくのなら、目の前で傷ついてほしい。
「ああ、……わかった! でも、なるべく怪我しないようにね!」
「おう」
軽く手を上げ、屋敷を出る。
そこには、マレウスと、彼の背後に控える百人前後の町民たちの姿があった。
男性が多いが、女性も少なくはない。
魔力銃の腕に性別は関係ないということだろう。
「隠す気はない、と」
昨日別れたばかりのマレウスが、気軽に手を上げた。
「ヨウ。カタナ──とか言ったナ。まさか、通した翌日に殺し合う羽目になるとは思わなかったぜ」
「同じくだ。あんたには世話になったし、痛い目に遭わせたくないんだけどな」
「なかなか吠える」
「──それで、俺の勝利条件は?」
「オレ様の戦闘不能、だナ。後ろのコイツらも手は出してくる。だが、基本的に動かないように指示してある。固定砲台だとでも思っとけ」
「お前は動く、と」
「当然だろ。コチトラか弱い銃使いだぜ。距離取らないと、すぐに負けちまう」
「場外はあるのか?」
「マ、この広場からは出ないようにしようや。フィールドが無限だと、オレ様が引き撃ちし続けるだけになっちまうからナ」
「了解。あとは──まあ、大丈夫か」
「チナミに、邪魔だからって町民殺すとかはやめとけ。コイツはそもそも、オレ様たちから信用を得るための勝負だって聞いてる。一人でも殺したら、そら当然恨まれるからナ」
「大丈夫だ。誰も殺さねえよ。マレウス、お前もな」
「手加減しようとして逆に死ぬ羽目にならなきゃいいがナ」
「ご心配どうも」




