4/ジランブ・モア -11 奇跡級特位への道
食事と入浴のあと、俺たちは再び客間へと集まっていた。
「──ほんで、今から何が始まんのよ」
マナナがアーラーヤに答える。
「ヘレジナ改造計画さ。奇跡級特位になるためのね」
「──…………」
呆れたような沈黙ののち、アーラーヤが口を開く。
「ヘレジナの嬢ちゃん、まだ強くなる気なのかよ……」
「だって、悔しいではないか! 主神級のカタナは置いておくとしても、アーラーヤ! 私がお前に追い抜かれると言うのだぞ!」
アーラーヤが俺を見る。
「……そうなのか?」
「ああ。アルクハルヴァ神殿での修練を終えたとき、アーラーヤは、恐らく奇跡級特位に指が掛かっていた。上位の上澄みのヘレジナに九割方勝てる試算だったし、間違いないだろ」
「マジかよ! かーッ、たまんねえな!」
「そのときアーラーヤが磨いてたのが、操術で操る二刀の動作の拡張だ。今は二刀を射出し戻す動きしかできてないけど、こいつをより自在に操り、上下左右前後からの予測不能な連撃を叩き込む。俺も随分やられたよ」
「……なるほど。そいつは俺が考えたもんか?」
「そうだ。だから、ほっといても出るアイディアではあった。悪いな、ネタバレしちまって」
「いいって、いいって。元がお前のアドバイスならちっと悔しいが、自分で思いつくってんなら遠慮するこたねえ。その方向で行こう」
アーラーヤが、機嫌よく頷いた。
「──そして、問題はお前ではなく、私なのだ」
ヘレジナの表情は深刻そのものだ。
「か、……かたなは、ヘレジナには伸びしろがないんだ、……って」
「……あー」
「アーラーヤさんは、どう思いまし?」
ヒゲの薄い顎を撫でながら、アーラーヤが答える。
「言われてみれば、ってトコだな。ヘレジナの嬢ちゃんの戦い方は、俺も知ってる。ハイレベルな体操術と、相手の動作を見抜く眼力。そして、見抜いた情報から、戦闘経験の高さを活かして相手の行動を必然レベルで予測し、その隙に攻撃を叩き込む。カタナの燕双閃・自在の型を目を閉じてやってのけるような神業だ」
「ふふん、そうであろう?」
「だが、ヘレジナの嬢ちゃんは完成しちまってる。ここが行き止まりだ。体操術、眼力、予測精度──これらのレベルを上げることはできるだろうさ。でも、それをして、陪神級や特位に勝てるかと言われれば、ちっと難しいだろうな」
「む。お前も同じ意見か……」
「漫然と鍛錬を積むんじゃなくて、一足飛びに強くなれる何かが必要だと思うぜ」
マナナが、納得したように頷く。
「そこも、カタナと同意見なんだね。奇跡級上位以上の二人がそう感じるんなら、きっと間違いはないだろ」
「だな。アーラーヤと同じ意見ってことで、確信持てたわ」
ヘレジナが腕を組み、うんうんと唸る。
「しかし、一足飛びに強くなれる何か──か。武器はこの無銘の双剣から変えるつもりはない。付け焼き刃で魔力銃を使う気もないし、戦闘中に体操術以外の魔術を使うことも難しい。私だけでは発想に限界がある。そこで、皆にアイディアを出してほしいのだ……」
「なるほどな。敵に塩を送るみたいで癪だが、まあいい。俺ァ、格下相手に余裕で勝つのが好きなんだが、そのためには自分が強くならなくちゃなんねえからな。ヘレジナの嬢ちゃんが強くなれば、切磋琢磨する俺も強くなれる。せっかくだ。カタナが知ってる前の周の俺より強くなってやりてえわな」
「ああ、その意気だ。んで──」
俺は、全員の顔を順に見渡した。
「ヘレジナが強くなる方法、何か思いつくか? 単に、長所なんかでもいい。直接繋がらなくても、ヒントになればいいんだ。どんな些細なことでも構わないぞ」
「は、……はい!」
従者のことは任せてとばかりに、プルが高々と右手を上げる。
「ヘレジナは、る、ルインラインの唯一の弟子、……でっす。アーラーヤさんも言ってたけど、せ、戦闘経験は、すごい、……よ!」
「なるほど。ルインラインと日常的に模擬戦してたんだもんな。そら眼力も育ちますわ」
皆が、うんうんと頷く。
異論はないようだ。
「んじゃ、次はうちいいかい?」
「ああ、頼む」
マナナが咳払いをし、続ける。
「関係ないかもだけど、ヘレジナの長所は責任感の強さだと思うね。成すべきことを、成す。そのためには努力を厭わない。そういうところがあると思う」
「わ、わかるー……」
「わかりまし!」
「う」
ヘレジナが目を伏せ、横髪をそっと耳に掛ける。
照れているらしい。
「目標さえ見つかれば、それがどんなに困難なことでもやり遂げる。これも大切だな」
「あ、あちしもひとつ、いいでしか?」
「おう、ガンガン出してくれ」
ヤーエルヘルが、ぴっと人差し指を立てる。
「ヘレジナさんは、体操術と同時に別の魔術を使えない。でも、遠当ては使えましたよね?」
「ペルフェンでアイヴィルと戦ったときのことだな。まあ、可能だ。手のひら程度の距離だが……」
「これ、十分武器になり得ると思うんでし。見た目より射程が長いんでしから、相手は絶対に混乱しましよ」
「おいおい、ヘレジナの嬢ちゃん。ンなことできんのか」
「いちおうな。遠当ては魔力を飛ばす技術だと言う。魔術のように術式を通すわけではないから、体操術と同時に扱える」
ふと、御前試合のことを思い出す。
「御前試合の予選にもいたな。拳闘術士のふりして、切断術で攻撃しようとしてきたやつ。目に見えない暗器ってのは、卑怯なくらい強力だ」
「ふむ……」
「まあ、これだけじゃ特位は難しいだろうな。問題がある」
「問題か」
「ああ。ヘレジナの遠当ては、初見殺しにはなる。でも、陪神級や奇跡級特位には、初見殺しは通用しないって考えたほうがいい。つまり、今の遠当ては、ヘレジナより弱い相手にのみ有効ってことになる。でも、そういうやつらには現時点でも勝てるだろ。決定打にはならない」
「そうでしか……」
「ただ、これもヘレジナの持つ武器ではある。すっかり忘れてたから、思い出させてくれてありがとうな。ヤーエルヘル」
「えへへ、はい!」
「そのままは使えんが、何かに応用できる可能性はある──ということか」
頷く。
「そうなる。ただ、遠当ての距離を単純に伸ばしても仕方ない気がするんだよな。アイヴィルの下位互換にしかならないだろ」
「確かにな。そもそも、アイヴィル自身が師匠の下位互換でもある。強いことは間違いないが、方向性は間違っているであろうな……」
「ああ。欲しいのは、ヘレジナだけの武器だから」
「私だけの武器、か」
難しい問題だ。
一朝一夕に思いつけるものではないのかもしれない。
喧々囂々──と言うほどではない落ち着いた会議の途中で、ふと、プルが呟いた。
「ぶ、武器、多くなればいい、……のかなあ」
「ふむ。アーラーヤのような四刀流、ということでしょうか」
「う、ううん、違くて……」
しばし沈黙したあと、考えがまとまったのか、プルが改めて口を開いた。
「遠当てが、その場に留まってたらいいのに、……って」
「遠当てが、ですか」
想像する。
「刃を置いておく──ってことか? 遠当てがその場に罠みたいに浮いてれば、みたいなさ」
「そう!」
思わず感心する。
もし、この戦法が可能なのであれば、ヘレジナは戦闘中に見えない罠を張り巡らせることができるようになる。
双剣を振るった際に遠当てを放ったか否かなど、わかるはずがない。
相手は、罠がどこにあるか常に意識を傾けながら戦う必要に駆られるわけだ。
「……これ、強いぞ。可能なら」
「そうだな。この戦法が完成すりゃ、主神級のカタナだって危ないぜ。可能なら」
「うむ……」
遠当てをその場に留まらせておく。
そんなことが、果たして可能なのだろうか。
マナナが言う。
「ヘレジナ。試してみたらどうだい?」
「……そうだな。もし可能なら、私は即座に特位へと到達するだろう」
ヘレジナが立ち上がり、ソファから離れる。
そして、双剣を抜き放ち、構えた。
「──疾ッ!」
ヘレジナが、右手の短剣を振るう。
「──…………」
「──……」
「──………………」
しばし待ったあと、俺は尋ねた。
「……残ってる?」
「わからん……」
「わからんのかい」
「周囲が霧などに包まれていればわかるのだが、そもそも魔力は不可視であるからな。魔力銃のように圧縮されていれば別だが……」
「燃やせばわかるけど、人んちでやることじゃないわな」
「うむ」
ヘレジナが元の席に腰掛ける。
「私は元々、遠当てが苦手でな。その理由に、出ているか出ていないか、出ているとしたらどこまで出ているのか、感覚として掴めないということがあった。魔力が見えさえすれば、もうすこしなんとかなった気もするのだが……」
思案ののち、アーラーヤが口を開く。
「……仮に遠当てをその場に置くことが可能だとして、自分でもそこにあるかどうかわからなければ、一気に実用性は下がるな」
「そうだな。いいアイディアだと思ったんだけど」
「む、むつかしい、……ね」
マナナが、パンパンと手を叩く。
「──さ、今日はこのくらいにしておこう。いきなり答えなんて見つからないさ。なんだかんだ、そろそろ日付も変わりそうだからね」
柱時計に視線を向ける。
「あ、ほんとでし……」
「そうであるな。皆、私のために遅くまでありがとう。また何か思いつけば、どんなに細かいことでも構わない。言ってほしい」
「おう、任せとけ」
「が、がんばって、考える……!」
ヘレジナが立ち上がり、会議の終了を告げる。
「では、今日は寝るとしよう」
「ああ」
俺たちは、家政婦に割り当てられたそれぞれの個室で眠りについた。
ヤーエルヘルは、昨夜の約束通り、俺と一緒に寝てくれた。
ぽかぽかと温かいヤーエルヘルの矮躯を抱き締めていると、不思議と良い夢を見ることが多い。
陪神の加護なのかもしれなかった。




