4/ジランブ・モア -8 目的を取るか、誠意を取るか
それから先も、記憶の通りに進んだ。
魔力銃を持つ町民に取り囲まれ、マレウスに長に引き合わせてもらい、騎竜車にバレボロのマークを描いてもらった。
マレウスのバレボロに対する想いも、また聞かせてもらった。
夕刻には出立し、寝ずの番のための仮眠を取る。
寝ずの番では、まず、ヤーエルヘルが話し相手になってくれることになった。
前回、このタイミングで誰と話したかは覚えていない。
周辺の治安や野生動物の気配など、危険を僅かでも感じ取ればすぐに寝ずの番を立てるため、機会があまりに頻繁だからだ。
会話の内容は覚えていても、いつ話したことなのか、いまいち思い出せないことも多い。
「明日、アーラーヤさんと会えるんでしよね?」
「ああ、そのはずだ」
「お久し振りでし! 会えるの、楽しみでしね」
「──…………」
ふと、思う。
ずっと心に引っ掛かっていたことだ。
「ヤーエルヘル」
「はい?」
「……なんつーのかな。こう、不愉快じゃないかな」
ヤーエルヘルが小首をかしげる。
「不愉快、……でしか?」
「ああ」
「何がでしょう……」
「人生のネタバレ、されてるみたいでさ」
「──…………」
隣に座るヤーエルヘルが、俺の手をそっと取り、繋ぐ。
パチパチと燃える焚き火が、ヤーエルヘルの顔を橙色に照らし出していた。
「……ネタバレ。してるみたいで、気に病んでいたのでしね」
言われて気付く。
裏を返せば、その通りだった。
「あちしは、ぜんぜん、気になりません。みんなもそうだと思いまし。むしろ、あちしは逆でした」
「逆?」
「はい。カタナさんのおかげで、あちしたちは、つらい未来を避けられる。でも、それって、カタナさんだけがつらい記憶を持ってるってことでし。だから申し訳なくて……」
「あ、いや。そんなことは」
「ありましよ。カタナさんの心配と、表裏一体でしから」
「──…………」
「だから、あちしたちは決めたんでし。絶対、絶対、悲しい未来にはさせない。あちしも、プルさんも、ヘレジナさんも、マナナさんも、カタナさんの前からいなくならない。カタナさんを悲しませない──って」
「……もしかして、四人でそんな話してた?」
「はい。アーウェンを出たころから」
「──……あー」
思わずヤーエルヘルから目を逸らす。
嬉しさと恥ずかしさのミルフィーユだった。
知らないところで、そんな相談が行われていたのか。
「せっかくの機会でしし、聞いてもいいでしか?」
「うん? ああ、なんでも……」
「前の周と比べて、さみしいことはないでしか? つらいことは、ないでしか? あったら言ってくだし!」
「……ははっ」
俺は、本当に恵まれている。
こんなに優しい子たちが、すぐ傍にいるのだから。
「そうだな。マナナがいるぶん、ベッドに入ってくる回数が減ったかな」
「なるほど、なるほど。明日は一緒に寝ましょう!」
「頼むわ。ヤーエルヘルを抱っこしてると、なんだかいい夢が見られるんだ。これから寒くなってくるし、湯たんぽ代わりにもお役立ちだな」
「えへへ、嬉しいでしー……」
「……あとは、大丈夫かな。あるにはあるけど、ヤーエルヘルに甘えすぎるのもよくない」
「甘えてくだし……」
「ありがとう。でも、けっこう難しい問題だぞ」
「言ってみてほしいでし。意見くらいは出せるかもしれません」
「わかった」
すう、と息を吸い、口を開く。
「──明日、アーラーヤと再会するだろ?」
「はい」
「どうやって仲間になってもらうか、悩んでたんだ」
「?」
ヤーエルヘルが、きょとんとした。
「仲間になってほしいって言えば、それでいいんじゃないでしか……?」
「前回、俺たちとアーラーヤは、利害が一致したから行動を共にした。ヘレジナが致命傷を負い、プルが連れて行かれてからは、義憤に駆られて俺に手を貸してくれた。でも、今回はどうだ?」
「アーラーヤさんの目的は、トレロ・マ・レボロとパレ・ハラドナの情報──でしよね」
「ああ。その情報は、既に俺が持ってる」
「その情報と引き換えなら……」
「同行してくれるとは思う。でも、なんかこう、さ。上手く言えないんだけど、情報で釣って言うこと聞かせてるみたいで、なんだか誠意がない気がしちまって」
「考えすぎだと思いましけど……」
「アーラーヤ単独なら、そうだな。でも、クロケーが絡むと、俺がどうして悩んでるかわかると思う。クロケーは頼りになる。俺にとっては戦友だ。だから、連れて行きたい。でも、クロケーはあくまでアーラーヤの弟子だ。クロケーを弟子に取ってくれって、俺たちが頼むのは違うだろ」
「それは、……そう、でしね。あちしたちの一件が終わっても、師弟関係は続く。アーラーヤさんは、クロケーさんの師匠であり続けなければならないでしから」
「俺は、アーラーヤがどうしてクロケーを弟子に取ったのかを知ってる。言わなければ、きっと、同じ流れで同じようにクロケーは弟子になるだろう。でも、俺たちの行く先には、必ずハルユラがいる。魔竜ルインラインが、いる。その事実を知っていて、言わずに仲間に迎えるのは、あまりに卑劣だ。クロケーだけじゃなくて、アーラーヤに対する不義理でもあると思う」
「──…………」
「知っていること。それは、俺の武器だ。未来を掴み取るための手段には違いない。でも、知っているから悩むことも、ある。それが、すこし重苦しく感じるかな」
「カタナさん」
ヤーエルヘルが、俺を見上げる。
「ぜんぶ、話しましょう。アーラーヤさんにも、クロケーさんにも」
「全部……」
それも、もちろん考えた。
共にラライエを誅伐したアーラーヤは、恐らく信じてくれると思う。
だが、クロケーはどうだろうか。
初対面の俺が、唐突に、覚えのない未来の話を始めるのだ。
俺がクロケーの立場なら、イカれてるとしか思わない。
「何も言わないことが不義理なら、すべて話して相手にまかせるべきだと思いまし。信じるのも、信じないのも、相手の自由。来るのも来ないのも自由。カタナさんが誠意を取るのであれば、そうするしかありません」
「──!」
誠意を取る。
その言葉に、ハッとさせられる。
俺は、アーラーヤとクロケーに誠意を示しながら、同時に、確実に二人を引き入れる方法を探していた。
だが、この二つは相反するものだ。
誠意を見せれば、仲間になるかどうかは相手任せだ。
無理にでも仲間にするのであれば、意図的に情報を隠す、あるいは騙す必要が出てくる。
もちろん、中間の答えは存在する。
だが、それは、どっちつかずのものに過ぎない。
目的を取るか、誠意を取るか。
これは、そういう問題だったのだ。
「──ありがとう、ヤーエルヘル。なんか知恵の輪が解けた気分だ」
「お役に立てましたか?」
「すごく」
「えへへー……」
「俺は、誠意を取るよ。アーラーヤは、それでも仲間になってくれると思う。クロケーは、正直わからない。でも、精一杯伝えてみる」
「はい。あちし、応援してまし!」
「よし、こないだ買っておいたスグリ酒でも開けようか。もちろん、飲み過ぎないようにな」
「わあ!」
俺とヤーエルヘルは、それから三時間ほど、スグリ酒をちびちび飲みながら楽しい時間を過ごした。
ヤーエルヘルと交代したプルが、スグリ酒の匂いを敏感に嗅ぎ取り、言った。
「ず、ず、ずるい! わ、……わたしも、かたなと、晩酌する!」
そう宣言して持ってきたのは、騎竜車のどこかに隠し持っていたらしい秘蔵のワインだった。
ああ、そうだ。
前の周でも、同じように、プルがワインを分けてくれたっけ。
夜空の下、焼きたての腸詰めと共に飲むワインは格別で、ぺらぺらと余計なことまで話してしまった気がする。
何を話したか覚えていないが、プルが終始楽しそうだったので、ひとまずよしとしよう。
空が白むまで、俺たちは、細い地球を見上げながら話し続けた──




