4/ジランブ・モア -5 心を癒す治癒術士
預かり所の従業員に続いて梯子を上がると、俺にとっては見慣れた光景が広がっていた。
騎竜車の二階に設置された、寝具まで揃った四台のベッドだ。
俺は、二階へ上がりきると、階下の四人に声を掛けた。
「ほら、上がってこい! すごいぞー」
「き、きになるうー……!」
「い、いま上がりまし!」
プル、ヤーエルヘル、ヘレジナ、マナナの順で二階へ上がり、四者四様の感嘆の声が騎竜車に響く。
「す、……ッご! 家じゃん! 騎竜車ってこういうもんなの?」
マナナの問いに、ヘレジナが答える。
「い、いや、普通は違う。広くて丈夫な馬車のようなものだ。自分たちで改造を依頼しておいてなんだが、ここまで仕上がるとは思わなんだ……」
「寝てみてもいいでしか……?」
「わわ、わたしも!」
「ずるいぞ! 私も寝心地を試してみたい!」
「やー、これは試さざるを得ないでしょ」
四人がそれぞれベッドではしゃぐのを横目に、俺は従業員の男性に告げた。
「騎竜、繋いでくれるか。このまま出るからさ」
男性が、四人を微笑ましげに見やり、頷く。
「承知しました。すぐに繋げますね」
こうして、俺たちは、ウージスパイン西端の港町リンシャを後にした。
騎竜車の下に隠れていた影の魔獣は、リンシャから程よく離れた安全な場所で、しっかりと始末しておいた。
未来を識っている俺たちの会話を、ハルユラに聞かれるわけにはいかないからだ。
今日は、夏の後節五日。銀曜日だ。
銀曜の夜、銀輪教の信者は、誰もいない場所で月と語らい、エル=タナエルに祈りを捧げる。
「──ってのが正しい信徒の在り方だとは思うんだが、どうする?」
俺は、四人とボードゲームに興じながら、そう尋ねた。
「そうであるな……」
ヘレジナが、腕を組み、目を閉じる。
「……銀曜の祈りは、もうすこし心の整理がついてからにしたい。私はな」
「う、……うん。わたしも、いま祈ったら、ざ、雑念が混じりそうで……」
「わかりまし……」
「うちは、もともと、寝る前に五秒くらい祈ってハイおやすみだったからね。何も変わらないかな」
「……ま、そうだよな」
これまでと変わらぬ敬虔な祈りを捧げ続けるのは、さすがに難しいだろう。
だが、自分の考えをまとめたり、自分の心に問い掛けたりするという意味においては、祈るという行為は非常に重要だ。
プルたちの人格の一部を形成してきた行為であると考えれば、エル=タナエルがアレだったからとスッパリ辞めてしまうのも複雑な気分ではある。
「そう言えば、さ」
ヤーエルヘルを見る。
「?」
「ヤーエルヘル。前回の話で悪いけど、お前はナナイロが亡くなったことに、もっと打ちのめされてた気がするんだ。無理、してないか?」
「──…………」
ヤーエルヘルが目蓋を閉じ、自分の胸を両手を重ねる。
「……悲しい、でし。とても悲しい。でも」
目を開いて見つめたのは、マナナだった。
「マナナさんがいるから、でしかね。なんだか、ナナさんとふたりで旅をしてたころの安心感が、不思議と蘇ってきて。悲しいのに、なんだか、嬉しさと懐かしさもあって……」
「あはは、ナナイロってそんなにうちに似てたかい? 血は繋がってないんだけどね」
「はい、けっこう似てまし! 優しいところとか、人の心に寄り添ってくれるところとか、あと、大雑把なところも」
「誰が大雑把だってえー?」
マナナがヤーエルヘルに襲い掛かる。
「ひやー!」
あっと言う間に膝の上で抱っこされてしまったヤーエルヘルが、けらけらと笑う。
「あと、子供特攻ってのは間違いなくあるよな」
「わ、わかるー……」
プルが、うんうんと頷く。
よくよく考えてみると、ヤーエルヘルは子供ではないのだけど。
ヘレジナが、穏やかな笑みを浮かべる。
「……私たちでは、ヤーエルヘルの傷を心配することしかできなかった。マナナ。お前は、心を癒す治癒術士かもしれんな」
マナナが目をまるくする。
頬が、すこしだけ赤い。
「や、やめてくれよ。小っ恥ずかしい……」
「あ、マナナさん。今日、一緒に寝てもいいでしか……?」
「ああ、もちろんいいよ。ベッドは四台、仲間は五人。どっかが二人で寝ないとなーとは思ってたしね」
「おお……!」
俺は、思わず感動した。
「自動的に俺が弾かれて一階だと思ってたのに」
「し、しないよー……」
「私はそのつもりであったぞ」
「でしょうね」
ヘレジナは、そういうやつだ。
「あちしがいちばん小さいので、順繰りにお邪魔しましね」
「気を付けろよ、ヤーエルヘル。知っての通り、ヘレジナは寝相が悪いからな……」
「ふふん、何を言っておる。私の寝相がいぎたないわけがあるまい」
「──…………」
「──……」
「──………………」
ヘレジナの寝相を知っている三人が、そっと視線を逸らす。
「えっ」
「……やっぱ、気付いてなかったんだな」
「ま、待ってくれ。本当なのか……?」
「き、汚くは、……ないよ? 個性的なだけ……」
「──…………」
プルの下手過ぎるフォローに、ヘレジナが斜めになる。
相当ショックだったらしい。
「ほら、ヘレジナ。さっさと復活しないと、ここの三マスの領地奪うぞ」
「ま、待て! そこはエーデルマン軍の要なのだ! 端の一マスにしてくれ!」
俺は、にんまりと笑みを浮かべた。
「だったら、わかるよなあ……?」
「く……ッ!」
ヘレジナが、銀貨を模した玩具の貨幣を二枚、こちらへ滑らせる。
「──…………」
無言で、三マスの領地にコマを置くふりをする。
「ああっ! わかった! わかったから、金貨一枚で勘弁してくれ!」
「よろしい」
マナナが感心したように呟く。
「……カタナ、領地ないのにお金すごいよねえ」
「戦争ってのは儲かるんだよ」
良くも悪くも。




