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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部七章 パレ・ハラドナ
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4/ジランブ・モア -4 頭痛

 会話が区切りを迎え、一瞬だけ会話が途切れる。

 その瞬間を待っていたのか、ヘレジナが真剣な表情で俺を見つめ、言った。


「ところで、カタナよ。今のお前は、特位や陪神級すらも超越した、主神級──という理解で構わないか?」


 一瞬、否定しそうになる。

 だが、それは間違いだ。

 自分を卑下することは、俺と引き分けたルインラインの格を落とすことと同義だ。

 それは、嫌だった。


「……ああ。俺は、陪神級の槍術士ルブロイ=フブラリーシージを斃した。そして、魔竜ルインラインと相討ちになった。級位で言うのなら、主神級に当たるだろう」


「そう、か」


 ヘレジナが、そっと目蓋を下ろす。


「主神級の定義は、現状、天眼を使えるか否かだ。ルインラインは元から神眼持ちだったんだと思う。だから、銀琴によって完全なる竜種として生まれ変わった際、さらにその上位の天眼を身に着けた」


「──…………」


「天眼一閃は、肉体の限界を遥かに超えて自壊しながら放つ一振りだ。この技を複数回使えるようにするために、ハレの発明品と治癒術士が必要ってことだな」


「ふ」


 ヘレジナが微笑む。


「やはり、師匠の後継はお前だったな」


 師匠の後継者に相応しいのは、カタナなのかもしれん。

 それは、いつだったか、ヘレジナが俺に言った言葉だった。


「ヘレジナ……」


「いいのだ。お前だから、許すのだ。他の誰かが後継者を名乗れば、即座に斬り捨てるところだがな」


「──…………」


「私も、往かねばならん。奇跡級特位──超人たちの世界へ」


「ああ」


 ヘレジナが、深々と頭を下げる。


「すまない、カタナ。自らの肉体が崩壊するほどの一撃であることは承知している。だが、見せてくれないか。天眼一閃を、私たちに」


 俺は、プルとマナナ、バルマの顔を、順々に見た。


「治癒術、頼めるか?」


「も! も、もちろん、でっす!」


「ああ。うちの腕でも足しにはなるだろ」


「任せておけ。治癒術士が三人もいるのだ。すぐに全快させてやれる」


「わかった」


 果実水で口を潤したあと、立ち上がり、診療所を出る。

 太陽が高い。

 夏の後節三日は、午前中でも蒸し暑い快晴の日和だった。


「マナナ。なんか斬っていいもんないか?」


「斬っていいもんって言われてもねえ……」


 マナナが周囲を見渡し、あるものの上で視線を止める。


「──ああ、あれなんてどうだい? ペンキ塗り直そうと思ってほっといたら腐ったベンチ」


「あ、……あれ、くさってたんだ……」


「だから、座るなって貼り紙してあるだろ」


「……貼り紙貼るより捨てたほうがよかったんじゃないか?」


 素朴な疑問に、マナナがからからと笑う。


「まあ、まあ。これで試し斬りできんだから、固いことは言いっこなしさ」


「そうだけどさ」


 ベンチの片方へと移動し、バルマに言う。


「バルマ、そっち持ってくれ。診療所の傍だと、危ない」


「了解した」


 バルマと共に、周囲に何もない場所までベンチを移動させる。

 そして、ポケットから義術具を取り出し、右手に嵌めた。


「──…………」


 折れた神剣を抜き放つ。


「まばたき、我慢しとけ」


「ああ」


 ヘレジナが頷く。

 俺は、右手の人差し指と小指を同時に立てた。


 ──キュボッ!


 耳慣れた音と共に、感じ慣れた熱が産毛を灼く。

 白き神剣。

 そして、神眼を発動する。

 今や、手を動かすのと変わらない感覚で、意識を加速することができた。

 1/5倍速の世界から、懐中時計の竜頭を回すイメージで、徐々に意識を深化させていく。

 1/6、1/7、1/8──そして、1/12倍速の世界へ。

 だが、先がある。

 深い亀裂が、俺を誘っている。


 深く、

 深く、

 深く──




 ──俺は、天眼を発動した。




 風が止む。

 音が止む。

 時が止む。


 そして、俺は、ただ意志の力で以て、翳した白き神剣を動かし始めた。


 筋繊維のねじれる感覚がする。

 だが、痛みを感じることはない。

 痛みを感じる電気信号が間に合っていないのだろう。


 天眼一閃。


 俺は、白き神剣をベンチに振り下ろした。




 ──そして、時が緩やかに流れ始める。




 ボッ!


 叩き斬られたベンチが一瞬で燃え尽きる。

 意図的に火勢を操っていないにも関わらず、縦に数メートル、深さは想像もつかないほどの溝が、地面に穿たれていた。


「──斬、……られて、いる?」


 ヘレジナが呆然と呟く。

 同時に、激痛が全身を襲った。


「ぐ、……うゥッ!」


 白き神剣を取り落とし、その場に膝をつく。

 頭が痛い。

 割れそうだ。

 全身の各所からも血が噴き出し、右腕などは、恐らく骨にヒビが入っている。

 天眼一閃による肉体の自壊は、やはり凄絶だ。


「かたなッ!」


「マナナ、三人で治癒術をかける!」


「わ、わかった!」


 三人が俺を取り囲み、即座に治癒術をかけてくれる。

 幸い、致命傷にまでは至らないようで、全快までには十秒とかからなかった。


「つー……」


 しかし、脳への負荷が治癒術で和らぐことはない。

 頭痛だけは避けられなかった。


「……サンキュー、三人とも。助かった」


「も、もう、へいき……?」


「ああ、平気だ。頭が痛いだけ」


 ヤーエルヘルが、目をまるくしながら言う。


「な、なにも、見えませんでした。気が付いたらベンチが燃えてて……」


 ヘレジナもまた、驚愕の表情を浮かべている。


「……ああ。まばたきなど、しなかった。にも関わらず、まるで時を飛ばされたかのように、次の瞬間には神剣が振り下ろされていた……」


「これが、天眼一閃だ」


「なるほど、な。これを振るわれては、あのルブロイが敗北を喫したのもわかる。両断されたことを両断されてから知るような一撃を、どう避ければいいのだ……」


 思い出す。


「……そう言や、あの変態、まだ生きてるんだよな。殺しといたほうが世の中のためな気がする」


「それは同意であるな……」


 もし会うことがあったら、不意を打ってでも殺しておこう。

 生かしておいても絶対ろくなことにならない。


「──話は、いったんこんくらいかい?」


 マナナに頷く。


「ああ。悪いな、長話になっちまった」


「いや。重要な、そして必要な話であった。正直に言って、まだ理解の追いついていない部分もあるが……」


「あちしもでし。カタナさん。わからなくなったら確認していいでしか……?」


 二人の言葉に微笑みで返す。


「ああ。混乱したら、いくらでも聞き直してくれ。いつでも答える。こんなに長くて荒唐無稽な話、一発で十割理解できたら天才だって」


「あ、やっぱり? 実を言うと、うち、たぶん三割くらいしかわかってなくてさ……」


「そんなもんだろ」


 バルマが当然のように言う。


「私は、七割と言ったところだな」


「なんかバルマが自慢してくる」


「ははは」


 楽しげに笑ったあと、バルマが俺に尋ねた。


「カタナ。前回の暦通りに、明日出立するのか?」


「……そうだな。ハレの所在がわからない以上、早く出るに越したことはないはずだ。ハルユラたちに追いつかれる前に、アルクハルヴァ神殿での修練も済ませておきたい」


「わかった。それでは、今夜は飯場で宴としよう」


「ははっ!」


 そうだよな。

 大切なことだ。


「前回は唐突に出立しちまったからな。不義理をしたって、すこし後悔してたんだ」


「なに、気にする人たちではない。また顔を出せば、それでいいのさ」


「ほんと、気持ちのいい人たちだよ」


 その夜、俺たちは、盛大に別れの宴を開いてもらった。

 かなり飲み過ぎてしまったが、たまには構うまい。

 ベイアナット、ラーイウラ、ネウロパニエ、ワンテール島──地球《タナエル》へ帰る前に寄るべきところがどんどん増えていく。

 たいへんだが、それが嬉しかった。


 次の目的地は、ハウルマンバレー円卓国、第八州バレボロだ。

 宴から解放された俺は、アーラーヤとクロケーとの再会を願いながら、診療所のベッドに沈んでいった。

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