4/ジランブ・モア -4 頭痛
会話が区切りを迎え、一瞬だけ会話が途切れる。
その瞬間を待っていたのか、ヘレジナが真剣な表情で俺を見つめ、言った。
「ところで、カタナよ。今のお前は、特位や陪神級すらも超越した、主神級──という理解で構わないか?」
一瞬、否定しそうになる。
だが、それは間違いだ。
自分を卑下することは、俺と引き分けたルインラインの格を落とすことと同義だ。
それは、嫌だった。
「……ああ。俺は、陪神級の槍術士ルブロイ=フブラリーシージを斃した。そして、魔竜ルインラインと相討ちになった。級位で言うのなら、主神級に当たるだろう」
「そう、か」
ヘレジナが、そっと目蓋を下ろす。
「主神級の定義は、現状、天眼を使えるか否かだ。ルインラインは元から神眼持ちだったんだと思う。だから、銀琴によって完全なる竜種として生まれ変わった際、さらにその上位の天眼を身に着けた」
「──…………」
「天眼一閃は、肉体の限界を遥かに超えて自壊しながら放つ一振りだ。この技を複数回使えるようにするために、ハレの発明品と治癒術士が必要ってことだな」
「ふ」
ヘレジナが微笑む。
「やはり、師匠の後継はお前だったな」
師匠の後継者に相応しいのは、カタナなのかもしれん。
それは、いつだったか、ヘレジナが俺に言った言葉だった。
「ヘレジナ……」
「いいのだ。お前だから、許すのだ。他の誰かが後継者を名乗れば、即座に斬り捨てるところだがな」
「──…………」
「私も、往かねばならん。奇跡級特位──超人たちの世界へ」
「ああ」
ヘレジナが、深々と頭を下げる。
「すまない、カタナ。自らの肉体が崩壊するほどの一撃であることは承知している。だが、見せてくれないか。天眼一閃を、私たちに」
俺は、プルとマナナ、バルマの顔を、順々に見た。
「治癒術、頼めるか?」
「も! も、もちろん、でっす!」
「ああ。うちの腕でも足しにはなるだろ」
「任せておけ。治癒術士が三人もいるのだ。すぐに全快させてやれる」
「わかった」
果実水で口を潤したあと、立ち上がり、診療所を出る。
太陽が高い。
夏の後節三日は、午前中でも蒸し暑い快晴の日和だった。
「マナナ。なんか斬っていいもんないか?」
「斬っていいもんって言われてもねえ……」
マナナが周囲を見渡し、あるものの上で視線を止める。
「──ああ、あれなんてどうだい? ペンキ塗り直そうと思ってほっといたら腐ったベンチ」
「あ、……あれ、くさってたんだ……」
「だから、座るなって貼り紙してあるだろ」
「……貼り紙貼るより捨てたほうがよかったんじゃないか?」
素朴な疑問に、マナナがからからと笑う。
「まあ、まあ。これで試し斬りできんだから、固いことは言いっこなしさ」
「そうだけどさ」
ベンチの片方へと移動し、バルマに言う。
「バルマ、そっち持ってくれ。診療所の傍だと、危ない」
「了解した」
バルマと共に、周囲に何もない場所までベンチを移動させる。
そして、ポケットから義術具を取り出し、右手に嵌めた。
「──…………」
折れた神剣を抜き放つ。
「まばたき、我慢しとけ」
「ああ」
ヘレジナが頷く。
俺は、右手の人差し指と小指を同時に立てた。
──キュボッ!
耳慣れた音と共に、感じ慣れた熱が産毛を灼く。
白き神剣。
そして、神眼を発動する。
今や、手を動かすのと変わらない感覚で、意識を加速することができた。
1/5倍速の世界から、懐中時計の竜頭を回すイメージで、徐々に意識を深化させていく。
1/6、1/7、1/8──そして、1/12倍速の世界へ。
だが、先がある。
深い亀裂が、俺を誘っている。
深く、
深く、
深く──
──俺は、天眼を発動した。
風が止む。
音が止む。
時が止む。
そして、俺は、ただ意志の力で以て、翳した白き神剣を動かし始めた。
筋繊維のねじれる感覚がする。
だが、痛みを感じることはない。
痛みを感じる電気信号が間に合っていないのだろう。
天眼一閃。
俺は、白き神剣をベンチに振り下ろした。
──そして、時が緩やかに流れ始める。
ボッ!
叩き斬られたベンチが一瞬で燃え尽きる。
意図的に火勢を操っていないにも関わらず、縦に数メートル、深さは想像もつかないほどの溝が、地面に穿たれていた。
「──斬、……られて、いる?」
ヘレジナが呆然と呟く。
同時に、激痛が全身を襲った。
「ぐ、……うゥッ!」
白き神剣を取り落とし、その場に膝をつく。
頭が痛い。
割れそうだ。
全身の各所からも血が噴き出し、右腕などは、恐らく骨にヒビが入っている。
天眼一閃による肉体の自壊は、やはり凄絶だ。
「かたなッ!」
「マナナ、三人で治癒術をかける!」
「わ、わかった!」
三人が俺を取り囲み、即座に治癒術をかけてくれる。
幸い、致命傷にまでは至らないようで、全快までには十秒とかからなかった。
「つー……」
しかし、脳への負荷が治癒術で和らぐことはない。
頭痛だけは避けられなかった。
「……サンキュー、三人とも。助かった」
「も、もう、へいき……?」
「ああ、平気だ。頭が痛いだけ」
ヤーエルヘルが、目をまるくしながら言う。
「な、なにも、見えませんでした。気が付いたらベンチが燃えてて……」
ヘレジナもまた、驚愕の表情を浮かべている。
「……ああ。まばたきなど、しなかった。にも関わらず、まるで時を飛ばされたかのように、次の瞬間には神剣が振り下ろされていた……」
「これが、天眼一閃だ」
「なるほど、な。これを振るわれては、あのルブロイが敗北を喫したのもわかる。両断されたことを両断されてから知るような一撃を、どう避ければいいのだ……」
思い出す。
「……そう言や、あの変態、まだ生きてるんだよな。殺しといたほうが世の中のためな気がする」
「それは同意であるな……」
もし会うことがあったら、不意を打ってでも殺しておこう。
生かしておいても絶対ろくなことにならない。
「──話は、いったんこんくらいかい?」
マナナに頷く。
「ああ。悪いな、長話になっちまった」
「いや。重要な、そして必要な話であった。正直に言って、まだ理解の追いついていない部分もあるが……」
「あちしもでし。カタナさん。わからなくなったら確認していいでしか……?」
二人の言葉に微笑みで返す。
「ああ。混乱したら、いくらでも聞き直してくれ。いつでも答える。こんなに長くて荒唐無稽な話、一発で十割理解できたら天才だって」
「あ、やっぱり? 実を言うと、うち、たぶん三割くらいしかわかってなくてさ……」
「そんなもんだろ」
バルマが当然のように言う。
「私は、七割と言ったところだな」
「なんかバルマが自慢してくる」
「ははは」
楽しげに笑ったあと、バルマが俺に尋ねた。
「カタナ。前回の暦通りに、明日出立するのか?」
「……そうだな。ハレの所在がわからない以上、早く出るに越したことはないはずだ。ハルユラたちに追いつかれる前に、アルクハルヴァ神殿での修練も済ませておきたい」
「わかった。それでは、今夜は飯場で宴としよう」
「ははっ!」
そうだよな。
大切なことだ。
「前回は唐突に出立しちまったからな。不義理をしたって、すこし後悔してたんだ」
「なに、気にする人たちではない。また顔を出せば、それでいいのさ」
「ほんと、気持ちのいい人たちだよ」
その夜、俺たちは、盛大に別れの宴を開いてもらった。
かなり飲み過ぎてしまったが、たまには構うまい。
ベイアナット、ラーイウラ、ネウロパニエ、ワンテール島──地球へ帰る前に寄るべきところがどんどん増えていく。
たいへんだが、それが嬉しかった。
次の目的地は、ハウルマンバレー円卓国、第八州バレボロだ。
宴から解放された俺は、アーラーヤとクロケーとの再会を願いながら、診療所のベッドに沈んでいった。




