4/ジランブ・モア -1 いつかの未来で
──夏の後節、二日。
魔獣除けを回収し、飯場での夕食を終えた帰り際のことだった。
家々から漏れる灯術の明かりに、虫の声が映える。
どこか幼少期の原風景にも似た道を、三人娘とバルマと共に歩いていた。
ちなみに、マナナは自炊派である。
怪我人がいつ運ばれてきてもいいように、なるべく診療所に詰めていたいのだそうだ。
「……──?」
そのときだった。
──じわり。
枯れた泉に水が湧くように、唐突に記憶が染み出してくる。
そう。
未来の記憶が。
「か、……かたな?」
俺が立ち止まったことに気付き、プルが振り返る。
「どうした、カタナ。呆けた顔をして」
バルマが心配そうに声を掛けてくれた。
「……すこし、待ってくれ。混乱してる」
情報量が多すぎる。
夏の後節四日、俺たちはワンテール島を出立した。
夏の後節五日、俺たちはリンシャへと到着した。
夏の後節六日──
「つ──」
情報が、痛い。
脳が悲鳴を上げ、徐々に熱を帯びていくのがわかった。
思わず、その場にうずくまる。
「──カタナ!」
「カタナさん! だ、だいじょうぶ、でしか……!」
「あ、ああ。大、丈夫……」
無理矢理に笑顔を作る。
俺たちは、ナナイロを失ったばかりだ。
特に、ヤーエルヘルには心配を掛けたくなかった。
「……バ、バルマ、さん。かたな、背負ってくれる?」
「ああ、もちろんだ。診療所で寝かせよう」
「カタナさん……! カタナ、……さあん……!」
「手伝おう! バルマ、屈んでくれ!」
「ああ──」
俺の意識は、そこで途切れた。
そして、夢を見た。
長い、長い、ここではない未来の夢を。
「──……ん……」
目蓋を開き、ゆっくりと上体を起こす。
何日眠っていただろう。
俺は、すべてを思い出していた。
エル=タナエル流の区切り方で言うならば、現在が第五章と第六章の狭間に当たること。
第六章と第七章を経験し、魔竜ルインラインと相討ちになったこと。
時を遡り、地球にてエル=タナエルと邂逅したこと。
そして、記憶を封印し、第五章までを再演したこと──
「……カタナ?」
マナナが病室の扉から顔を出す。
その手には、水の入った洗面器とタオルがあった。
「よかった、起きたんだね……!」
「ああ、悪い。心配掛けたよな」
「うちよりも、あの三人だね。特にヤーエルヘルなんか、だいぶ憔悴しちゃってさ」
「……ああ」
ナナイロを失った翌日に俺が倒れたのだ。
ヤガタニに交代している可能性すらあるだろう。
「何日経った?」
「安心しな。せいぜい八時間ってとこさ」
「……普通に寝てただけでは」
「あはは。それならそれで、ちゃあんと謝らないとね」
「もちろん、謝るは謝るんだが……」
何を言えばいいのだろう。
少なくとも、マナナにだけ打ち明ける話ではない。
「皆に、話がある。たぶん長くなる」
「話……?」
「ああ。これからの話だ。マナナとバルマにも無関係じゃない」
「……わかった」
マナナが頷く。
「のんきに飯場に行く感じでもないだろうし、朝食はうちが軽めに作っとくよ。バルマも心配して泊まってるし、呼びに行く手間省けてよかった」
「ありがとう」
「気にすんない。一緒に世界を救った仲だろ?」
そう言って、マナナがウインクをする。
「……そう言うと、すげえ仲だな」
「すごい仲だと、うちは思ってるよ」
「俺もだ」
マナナが、カラッと笑ってみせた。
「もうすこしだけ横になってな。朝食できたら起こすからさ」
「わかった」
「こいつで頭を冷やしてやるつもりだったけど、平気そうだし、適当に使ってやって。顔拭くとか、体拭くとかさ」
そう告げて、洗面器とタオルをテーブルに置く。
「そうしとく。昨夜、風呂入れなかったしな」
「じゃ、あとでね」
右手をふりふり、マナナが病室を後にする。
俺は、水で濡らしたタオルで顔と上半身を拭うと、ベッドに深く腰掛けた。
どう伝えればいいか、まとめなければならない。
長い、長い話になるだろう。
なにせ、二ヶ月間──アルクハルヴァ神殿での修練を含めば、三ヶ月間の出来事なのだ。
窓から射し込む朝日が、既に熱い。
ワンテール島の空は、今日もまた、どこまでも青く澄み渡ることだろう。




