断章/ナナイロ=ゼンネンブルク -終 明日、晴れたら
目の前で、未来のおれが、すこしずつ黒い粘液へと変わっていく。
未来のおれは、もうすぐ死ぬのだろう。
でも、どうして──
どうして、微笑んでいるのだろう。
どうして、こんなにも満足そうなのだろう。
苦しいはずなのに、どうして。
おれは、つい尋ねていた。
「──なあ、おれ」
「ん……」
「おれの人生は、どうだった?」
未来のおれが、穏やかに答えた。
すぐに訪れる死に、すこしも怯えていなかった。
「……見れば、わかるだろ」
未来のおれが、みんなを見渡す。
カタナ兄を。
ヤー姉を。
プル姉を。
ジナ姉を。
マナナを。
十七番目──バルマを。
「──最高だったぜ」
ああ。
その顔が、あまりに幸せそうで。
その声が、あまりに澄んでいて。
おれは、素直に憧れた。
目の前にいる、未来のナナイロ=ゼンネンブルクに。
「そっか……」
未来のおれが、苦しげに目を閉じる。
「……ご、めん。そろそろ、お別れ、みたい、……だ」
気が付けば、首元までもが粘液へと変わっていた。
もう、終わる。
もうすぐ終わってしまう。
ぱたり、と、絵本の裏表紙を閉じるときのように。
「おやす、……み。みんな」
「……ああ」
「……おや、すみ。……パタ姉……」
「……うん」
パタ姉が、涙を流しながら、ゆっくりと頷いた。
「おやすみ、ナナイロ」
島での、別れのあいさつだ。
「──また、明日」
あなたに、明日も会いたい。
ただ、それだけの言葉。
「また、……あした……」
未来のおれが、最期に、満面の笑みを浮かべた。
たとえ明日が来なくても、会いたい気持ちは本当だから。
「……嗚呼。……あし、た、……晴れた、ら──」
──ぱしゃっ。
未来のおれのすべてが、黒い粘液へと化した。
服だけを残し、ナナイロ=ゼンネンブルクは死んだ。
満面の笑みを浮かべて。
未来のおれは世界を救った。
役割を果たして、ようやく、魔獣ではないただの人間になれた。
いいんだ。
おれは、幸せになったって、いいんだ。
浮かんだ涙を、親指でピッと拭う。
おれを待ち受けるのは、六十年の過酷かもしれない。
だとしても、最後には報われる。
最高の人生だったと、胸を張って言うのだ。
「ナナさんッ! ……ナナさん……ッ!」
ヤー姉の泣き声で、おれは我に返った。
「ナナ、……さん……」
泣き虫だな、ヤー姉は。
おれの死は、悲劇なんかじゃない。
救いだ。
おれは、ヤー姉の肩に手を乗せた。
「おれ、決めたよ」
決意を口にする。
それは、あるいは呪いかもしれない。
でも、
「おれは、この〈ナナイロ〉になる」
こう思うことが、こう告げることが、こう信じることが、未来のおれ自身に対する最高の賛辞なのだ。
みんながおれを待っている。
今から行くよ。
六十年の時を踏み締めながら、一歩ずつ、一歩ずつ。
最高の人生を、歩いていく。




