断章/ナナイロ=ゼンネンブルク -2 人生に完成はない
「──さて、そろそろ時間か。じゃあな、ワンダラスト・テイル。すぐに会えるさ」
最後にそう告げ、バルマに頷いてみせる。
バルマが録音装置を止めると、かすかに漂っていた焦げ臭さがましになった。
「ま、こんなところか」
「今ので、この紙束にお前の言葉が刻み込まれたというわけか。何度聞いても不思議だ」
「原理は単純だぞ。紙束の一枚一枚が、短い音を発生させる単純な術式だ。それを重ね合わせ、繋ぎ合わせて、声を再生する。原理的には演奏なんかでも可能だな」
「再生の原理はまだわかるのだが……」
バルマが、先程まで触れていた直魔型の魔術装置に視線を落とす。
紙束に術式を焼き入れる装置だが、複雑かつそれなりに大型だ。
「こちらが、まったくわからん。この六十年で魔術装置が進歩したのか、単純にナナイロの技術力が高いのか、どちらだ?」
「正確に答えるのなら、〈どちらも〉だぞ。この録音装置の原理を考え出したのはおれじゃないが、小型化したのはおれだからな。元はベッドくらいの大きさはあったけど、この小屋では邪魔くさくて。ただ、おれがこの装置を知ったのは三十年前だからな。今なら、もっと小型で精密な装置があると思う」
でも、需要があんまりないから一般に普及してないんだろうな。
一度再生すれば燃え尽きてしまうものだから、持っているのは一部の好事家だけだろう。
「……そんな理由で小型化したのか」
「必要は発明の母、なんて言うらしいぞ」
そう言うと、バルマが呆れたように笑った。
おれは、紙束を手に取り、仕上がりを確認していく。
「──よし、大丈夫そうだ。あとは装丁を施して、マナナに渡すだけだな」
「マナナに会うのは何年ぶりだ?」
目蓋を下ろし、思い返す。
「たぶん──二十二年ぶり、だな。最後に会ったとき、マナナは六歳くらいだった」
「お前のことを覚えているかもしれんな」
「どうかねえ。覚えてくれてるなら嬉しいけど、あんまり期待はしないでおくぞ」
「そうか」
「──しかし、人生の末期にゆっくりしようと思ったら、忙しいことこの上ないな。徹夜漬けだった魔術研究科の日々を思い出す」
ワンダラスト・テイルの四人に直接声を届けるために、以前魔術研究科で原理を頭に叩き込んでおいた録音装置を再現、小型化した。
実を言えば肉声ではなく手紙でも構わなかったのだが、みんなにすごくなったところを自慢したかったのだ。
そのためだけに一ヶ月かけたのは、我ながらアホだとは思う。
しかも、同時進行で願望器の使い方を解析していく必要があるのだから、時間がいくらあっても足りなかった。
「私も手伝えたらよいのだがな。正直に言って、レベルが高すぎてお手上げだ」
「いいんだよ。こうして話し相手になってくれたり、願望器の遺跡に詰めてるときに食事持ってきてくれたりしてるだろ。それだけで十分超えて十二分だ」
「そう言ってもらえると、多少は気が楽になるな」
ふと、呟く。
「──あと半年、か」
ワンダラスト・テイルの四人がおれの元を訪れるのも、おれの命が尽きるのも。
「──…………」
バルマが、遠慮がちな声色で尋ねる。
「やはり、延命の手段はないのか?」
「ない。仮に存在していたとしても、おれは、六十年前に自分の死を観測してるんだ。それをねじ曲げることは矛盾を招く」
「そう、か……」
表情の少ないバルマが、明らかに気落ちした様子を見せる。
「いいんだ。あとは世界を救うだけ。それで、おれの人生は完成する」
「──…………」
バルマが、深く思案し、口を開いた。
「人生に完成などない。成すべきことを成したとしても、多くの場合、日常は続いていく。お前は、世界を救ったあと、間もなく死んでしまうのだろう。だが、私たちのような人種にとって、成すべきことを成したあとの人生こそが本物なのかもしれない。最近、そんなことを考えるようになったよ」
すこし、むっとする。
「……偽物の人生を生きたつもりはないぞ」
「わかっているさ」
ああ、そうだ。
バルマはわかっている。
おれたちは、存在の根を同じくする、唯一の輩なのだから。
「仮にバルマの言葉が本当だとして、おれ、世界を救ってから、ほんとにすこししか生きられないんだぞ……」
「恐らく長さは重要ではない。役割という殻を脱ぎ捨てたとき、見知らぬ自分に出会うだろう。その自分を受け入れることが、きっと大切なのだと思う」
「体験談か?」
「ああ、その通りだ」
短い時間で何ができるだろう。
六十年前のことを思い出す。
おれの目の前で、パタ姉に抱かれながら逝った、幸せなナナイロ=ゼンネンブルクのことを。
今でも憧れは失っていない。
役割を果たしたおれは、きっと、笑いながら死ねるだろう。
最高の人生だったと、胸を張って。
おれは、きっと、役割を果たすことで初めて、本当のナナイロになれるのだ。
バルマの話を聞いて、そんなことを思った。
「──さ、メシ食ったら願望器のとこ行くかな。バルマも食ってくか?」
「せっかくだ。ご相伴にあずかろう」
「はいよ。速度重視の適当メシだが、文句言うなよ」
「そう言って毎回美味いものが出てくるからな。文句のつけようがない」
「ははっ」
泣いても笑っても、あと半年だ。
悔いのないように生きる。
おれにできることは、もう、それだけだ。




