断章/ナナイロ=ゼンネンブルク -1 人歴1071年 夏の中節二十九日
──あいつら、どこ行ったんだ。
おれは、ひとの営みのなくなった町のなかで、三人の子供たちを探し回っていた。
イルハンにトゥーシェ、シルエラの三人組は、いつもエネルギーが有り余っていて、大人たちの隙を見て冒険に出掛けてしまう。
明日は満月だ。
魔獣たちも、すこしずつ凶暴化してるはず。
でも、気持ちもすこしはわかるんだぞ。
毎日、毎日、ずーっと、怯えながら暮らしてる。
こころのなかがむずむずして、足がうずうずして、飛び出したくなる。
わかる。
わかるけど、今日はだめだ。
三人の名前を呼びながら探したいけど、今日の魔獣はやっぱりこわい。
小一時間ほどして、ようやく三人を見つけた。
三人がいたのは、前の満月の日に壊されてしまったトゥーシェの家だった。
「──トゥーシェ! イルハンに、シルエラも! 勝手に飛び出したらだめだぞ!」
「あ、なな……」
「ほら、帰ろう?」
おれは、三人の肩を抱いた。
「まって、まって! パタ姉が、井戸のポンプ用の半輝石がこわれたって……」
「あ──」
そっか。
こいつら、それを探しに来たんだ。
「んうー……」
考える。
パタ姉、たしかに言ってた。
明日は満月だから、やり過ごしてから探そうって。
でも、お水が使えなかったら料理もできないし、果実水も作れないし、たいへんだぞ。
他の家の井戸を借りればいいだけだけど、ゼンネンブルク診療所は郊外にある。
びみょーに不便なのだ。
「……わかった。トゥーシェのおうちの井戸から、半輝石を借りような」
「う、うん。でも、道具がなくて……」
「おれも一緒に探すぞ!」
「なな!」
「なな、ありがとう!」
「へへー、いいってことよ。でも、半輝石を外したらすぐ帰るんだぞ」
「うん!」
四人でトゥーシェの家の残骸を漁っていると、半輝石を外すためのペンチが見つかった。
なんとか急いで取り外し、半輝石をトゥーシェに渡す。
「はい、これ」
「やったー!」
「これで、ポンプつかえるね!」
おれは、ほっと息を吐いた。
「さ、日が沈む前に診療所、に──」
おれは、気付いた。
おれだけが気が付いていた。
おれは、他のひとたちより、すこしだけ感覚が鋭敏だから。
魔獣の気配だ。
まだ遠いけど、確実にこっちに向かってきてる。
「……三人だけで帰れるな?」
「?」
「どうした、なな」
イルハンの疑問を、なんとか誤魔化す。
「おれは、パタ姉に頼まれたにんむがあるからな! 三人は先に帰ってくれ」
「えー?」
三人に気付かれたらだめだ。
怯えさせてはいけない。
ひとは、怯えて逃げ回ると、自分でもわけのわからない行動を取ってしまうことがある。
何度も見てきたからわかるんだ。
だから、今のうちに診療所へ帰さないとならない。
「いーいーかーら! 井戸水でポニーニの果実水作っといてくれって、パタ姉に伝えてくれ!」
「……んー、わかった。トゥーシェ、シルエラ、行こう」
「うん」
「なな、すぐかえってきてね……」
「わかってるぞ!」
三人が診療所の方向へと歩いてくのを確認して、おれは反対側へと駆け出した。
魔獣たちがまっすぐ進めば、もしかしたら、診療所へと辿り着いてしまうかもしれない。
それは、だめだ。
壊されたり、燃やされたりした家々を、横目で見ながら走り続ける。
おれは、きおくそーしつだ。
半年より前のきおくが、ない。
だから、診療所で過ごした日々が、おれのすべてなのだ。
おれは、パタ姉と過ごしたあの診療所が、大好きだ。
だから守る。
大人たちも、子供たちも、診療所も、ぜんぶぜんぶおれが守ってやるんだ!
やがて、十数体の魚人の魔獣たちが群れをなして歩いている光景に出くわした。
向こうは、まだ、おれに気が付いていない。
大きめの石を、何個も拾い上げる。
「──……すう、……はあ……」
わかってる。
これは、危ないことだ。
あの魔獣たちに捕まって、もしかしたら痛いことをされるかもしれない。
でも、おれ以外の子供が、パタ姉が、同じ目に遭うよりずっとましだ。
「──よし!」
覚悟が決まった。
おれは、西の森へと駆けながら、魔獣たちに向かって石を投げた。
石のひとつが、魚人の魔獣の膝に当たった。
「へへーん、こっちこっち! のろまな魚人間、こっちだぞー!」
魔獣たちが、一斉におれを見る。
魚の目で。
ぞわ。
背筋が粟立った。
怖い。
怖い。
怖い。
逃げないと。
森で、なんとか撒こう!
おれは、十数体の魔獣を引き連れながら、西の森へと逃げ込んだ。
魚人たちは、のろまだ。
でも、何体もいる。
そして、のろまではあっても、体力だけはあるみたいだった。
森のなかを必死に逃げていく。
もしかすると、森を選んだのは間違いだったかも。
まっすぐ走れば追いつかれない相手なのに、森のなかではまっすぐ走れない。
木を避け、枝をくぐり、浮き出た根っこに足を取られながら走るうちに、すこしずつ距離を詰められていた。
やがて木々が少なくなっていき、代わりに人工的な瓦礫がおれの行く手を阻み始める。
しまった。
ここ、神隠しの遺跡の近くだぞ!
足場悪いんだよな。
執拗におれを追い続ける魚人たちに、おれは、たまらず叫んだ。
「──や、やめろー! いい加減ついてくんな、このおーッ!」
でも、叫んだところで魔獣が足を止めるはずがない。
おれは、朽ち折れた太い柱の前で、とうとう追い詰められた。
絶体絶命だ。
「う、……」
一体の魔獣が、鋭い爪を構えながら、おれに近付いてくる。
「やめ、ろお……!」
おれは、目を閉じた。
もうだめだ。
そう、思った。
でも──
「──勢ッ!」
そのとき、風が、吹いた。
「え──」
おれを捕まえようとしていた魔獣の右手がなくなっていた。
それだけじゃない。
一瞬のうちに何度も斬りつけられた魔獣が、黒い粘液となって地面を汚す。
「覇ッ!」
おれを助けてくれたのは、金髪の女の子だった。
目に見えないくらいの速度で双剣を振るい、あっと言う間に二体の魚人を仕留める。
「大丈夫か」
「う、うん……」
おれは、展開についていけず、呆然としていた。
誰かが助けてくれるだなんて、微塵も考えていなかったからだ。
「──カタナ、頼んだ!」
「応ッ!」
おれたちに襲い掛かろうとしていた魔獣を、風のように現れた男のひとが斬り捨てる。
白く輝くきれいな剣だ。
その切れ味はとんでもなくて、パタ姉がむかーし見たことがあるって言ってた歌劇のように、見る間に魔獣たちを真っ二つにしていく。
すんごく、かっこよかった。
おれは、途中から、ずっと目を輝かせていたと思う。
「──……ふう」
すべての魚人を倒した男のひとが、胸に手を当てて呼吸を整える。
白い剣は、いつの間にか、刀身の折れた剣へと姿を変えていた。
「か、かたな! ヘレジナ!」
神隠しの遺跡から、さらに三人のひとたちが出てくる。
ひとりは真っ白な髪のお姉さんで、もうひとりは背の高い銀髪の、もっとお姉さん。
銀髪のひとの背中では、おれよりすこしだけ年上の子が眠っていた。
おれは、腹の底から湧き上がるよろこびにまかせて、口を開いた。
「すッ──」
しばらく溜めたあと、思いきり声を張り上げる。
「……げえー! なんだお前ら! いきなり現れて助けてくれやがって! すげーじゃん!」
パタ姉によく言われていたように、しっかりと頭を下げて礼を言う。
「ありがとうございました!」
ぽとりと帽子が落ちた。
「いえいえ、どういたしまして」
男のひとが、おれの帽子を拾い上げ、ぽすんとかぶせてくれる。
大人ってかんじだ。
最初におれを助けてくれた女の子が、周囲を気にしながら尋ねた。
「お前、島の子か」
「そうだぞ」
「今の魔獣はどこから来た。町は無事か?」
おれは、すこし呆れてしまった。
この島にいるのに、この島の状況を知らないのか。
今まで、どこで何をしていたんだろう。
「だいじょーぶじゃないに決まってんだろ! お前ら、なんにも知らねーのな」
「待った」
銀髪のお姉さんが、おれに尋ねた。
「アンタ、どこの子だい? 島の子供はたいてい知ってんだけど……」
「なんだー、このねーちゃん」
おれ、このひと知らないぞ。
「てか、お前ら誰だ! 名前をたずねるなら、先に名乗るのがれーぎだぞ!」
「ふむ。とうに島中に知れ渡っているかと思いきや、そうでもないのだな」
金髪の女の子が、胸を張りながら言った。
「我ら、ワンダラスト・テイル! 野暮用にてこの島に立ち寄った旅人だ」
わんだらすと、ている。
「へんな名前」
「ぐッ!」
女の子がショックを受ける。
気に入ってたなら、悪いこと言ったかな。
まあ、いいや。
おれは、帽子を脱ぎ、人差し指でくるくる回しながら言った。
「名乗られたからにゃー、名乗り返さねーとな! おれは──」
名乗る。
パタ姉からもらった、自慢の名前だ。
「おれは、ナナイロ=ゼンネンブルク! このエン・ミウラ島に住んでる、きおくそーしつの美少女だぞ!」
「──…………」
「──……」
「──…………」
どうしてだろう。
みんな、おれの自己紹介を聞いて、固まってしまった。
「な、なんだよー!」
いい名前だろ!
わんだらすとているを馬鹿にしちゃったからかよ!
このとき、どうしてみんなが驚いていたのか。
その理由を知るのは、もうすこし先のことになる。




