断章/イオタ=シャン -終 墓標
魔術研究科が焼け落ち、周囲に朝の気配が満ちつつあった。
「本音を言えば、今すぐお前を殺したい。シィの受けた苦痛を、お前に知らしめたい」
お父さん──ツィゴニアが、怯えた目でぼくを見る。
「ひ……」
「でも、そんなことをしても、シィは帰ってこない。幸い、証言者は無数にいる。ここまで明るみに出れば、お前の失脚も、一生涯の拘留も免れない。お前の人生は終わりだよ、〈お父さん〉」
ツィゴニアが、慌てて言った。
「そ、それだけは……! わ、私がいなくなれば、ウージスパインはどうなる! 私こそがこの国を最も愛しているのだ! それがわからないのか!」
──ああ。
見苦しい。
本当に、見苦しい。
ぼくは、今まで、こんな人を父親だと慕っていたのか。
「ドズマ、その木剣貸して」
「ああ」
「不快だ。気絶させておく」
「な──」
頭部、頸部、鳩尾──渾身の三連撃を叩き込む。
皮肉なことに、これまででいちばん洗練された動きができた。
竜の血が濃くなると、身体能力も上がるのかもしれない。
心に反して、体は軽かった。
「ぐべッ」
ツィゴニアが、研究員の手を離れ、その場に倒れ伏す。
「フー……」
構えを解く。
「……シィさえ殺さなければ、許してあげてもよかったのに」
たとえツィゴニアが炎竜を用いて私利私欲に走ろうとしても、人を人とも思わない外道であったとしても、ぼくを道具のように使い捨てたとしても、ぼくを騙してくれたのなら、それはそれでよかった。
ぼくは、きっと、自分を誤魔化しながらも彼に従っただろう。
でも、ツィゴニアはシィを殺した。
ぼくの友達で、弟で、宝物だったシィを殺してしまったから、訣別するしかなかったのだ。
カタナさんが、ぼくの肩に手を置く。
「大丈夫か?」
ぼくは、微笑んでみせた。
「大丈夫、ですよ。このくらい。ぼくは、強くなったから」
平気だ。
平気だ。
ぼくは、強い。
強い人は、泣かないから。
だから、平気だ。
「──…………」
ドズマが、ぼくの頭に肘を落とした。
「て」
「馬鹿野郎。それは、強さじゃねェ。強がりって言うんだ」
「強、がり……?」
「──イオタくん」
シオニアさんが、ぼくを、優しく抱き締める。
「いいんだよ。泣いて、いいんだ。強さって、そういうことじゃないんだと思う。何度転んでも、負けない強さ。起き上がれる強さ。きっと、イオタ君は持ってるから……」
「──…………」
ああ、そうか。
いいんだ。
強くても、泣いたっていいんだ。
ぼくの目から、ぽろぽろと涙が溢れた。
「……あ、あああ……、うあ、あ──ああああああああ……っ」
ぼくは、泣いた。
シオニアさんの腕の中で、すべてを出し尽くすまで。
泣き終わったら、立ち上がろう。
前を向いて、背筋を伸ばして。
シィに恥じない生き方を、しよう。
泣いて、泣いて、泣いて──
気が付けば、周囲は朝焼けの色に染まっていた。
ぼくは、礼を言って、シオニアさんからそっと離れた。
目元が腫れている気がしてならない。
「……シィの、お墓を作ろうと思うんだ」
ぼくは、ヤーエルヘルさんの腕の中で眠る弟へと話し掛けた。
「ねえ、どこがいい?」
わかってる。
答えが返ってくるはずがない。
だけど──
そうでは、なかった。
「きっと」
ヤーエルヘルさんが、シィの代わりに答えてくれた。
「きっと、景色の綺麗なところが、いいと思いまし」
「──…………」
ああ、やっぱり好きだな。
ぼくは、この子のことが好きだ。
ドズマには、結局見てくれかって突っ込まれたけど、それだけじゃない。
ぼくは、ヤーエルヘルさんの全部が好きだった。
「じゃあ、智慧の丘かな」
「俺、スコップ持ってくるわ」
「うん、お願い」
ドズマが、スコップを取りに小走りで駆けていく。
「墓標は──まあ、あとで考えるとして、ひとまずは木剣でいいかな。一時的に」
カタナさんが頷く。
「ああ、いいと思う」
準備をしっかり整えて、ぼくたちは、智慧の丘へ向けて歩き出した。
早起きの街は、もう、動き出している。
奇異の視線で見る人たちもいたけど、気にはならなかった。
ぼくたちに悪意が届く前にドズマが相手を睨みつけてくれていたと気付いたのは、智慧の丘が随分と近付いてからだった。
「……ありがとう、ドズマ」
「なんだよ急に。気持ちわりいな」
こうして誤魔化すのがドズマらしい。
ぼくは、くすりと笑って、なんでもないとだけ告げた。
智慧の丘へと辿り着いたぼくたちは、景色の良い場所に、深く、深く、穴を掘った。
間違っても誰かに掘り返されないように。
シィの体を穴の底に横たえ、土をかけていく。
そして、最後に木剣を突き立てた。
ぼくの口から、自然に言葉が溢れ出た。
「シィ。ぼくには、君しか友達がいなかった。でも、今は──」
みんなの振り返る。
優しくぼくを見守っていてくれる、かけがえのない友人たちを。
「こんなに、いる。大切な友達が、こんなにいるよ。他にもいるんだ。銀組のクラスメイトだって、今はもう、普通に話せるんだよ。だから」
ぼくは、胸の前で輪を作った。
「安心してお眠り、ぼくの半身。──大好きだよ」
シィとの十年間が、次々と脳裏をよぎる。
お別れだ。
でも、終わりじゃない。
ぼくがシィと一緒に過ごした時間は、たとえ過ぎ去ったとしても、消えてなくなったりはしないから。
それに、いつかまた会える。
順当に生まれ変わったら、今度はぼくが弟かな。
なんだか不思議な感じだ。
「それじゃ、戻ろうか。お爺ちゃんに薬をもらわなきゃ。この体じゃ、ちょっと、寮に戻りづらい」
カタナさんが、心配そうに尋ねる。
「咳は大丈夫なのか?」
「うん。ある程度進行したら、逆に落ち着くみたい。今度は薬を飲むと咳が出るかも」
「そうか」
「それに、なんだか体が軽いんだ。今ならカタナさんにも勝てるかもね」
もちろん冗談だ。
すこしばかり身体能力が高くなったところで、勝てる相手じゃない。
ぼくの師匠は、すごいのだ。
「ばーか」
カタナさんが、苦笑と共にそう返す。
ぼくたちは智慧の丘を後にした。
──ふと、墓標を振り返る。
シィの鳴き声が、聞こえた気がした。




