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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部七章 パレ・ハラドナ
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断章/ネル=エル=ラライエ -終 三周目の選択

 カタナがラライエの妄執を断ち、あたしたちは王の間を後にする。

 長い廊下を歩いていると、ふと、カタナが来た道を振り返った。


「──そうだ。ネルのリボン、落としたままだった。みんな、先行っててくれ。すぐ取ってくる」


 あんなことがあったばかりだ。

 ヤーエルヘルを背負ったヘレジナが、心配そうに問う。


「……危なくはないか?」


「危ないものは、さっき排除したろ」


「それは、まあ、その通りであるな」


「じゃ、行ってくるわ」


 カタナがきびすを返し、最上拝謁の間へと駆け戻っていく。


「──…………」


 今だ、と思った。

 あたしには、カタナと二人きりで伝えたいことがあったから。


「……あー、その。あたし、カタナのこと見てくるね」


 ヴェゼルが不思議そうに言う。


「そんなの、わざわざ国王がすることじゃないでしょ」


「う」


 そうなんだよね。

 もし、さらなる危険があったとしても、あたしでは足手まといになるだけだ。

 どう言い訳しようか困っていると、アーラーヤがヴェゼルの頭に手刀を落とした。


「たっ!」


「行かせてやれよ、小娘様。そら、いろいろあるだろうさ」


「べつに止めてないだろ!」


 プルも、ヘレジナも、あたしを見て小さく頷いてくれる。

 察されていたらしい。


「さっさと行って、さっさと戻ってこい」


 そう言って、ジグがあたしの背中を押す。


「──うん!」


 駆け出す。

 あの人の元へ。

 王の間を抜け、開け放されたままの真紅の大扉をくぐると、カタナがあたしのリボンを拾い上げるところだった。


「……あー」


 リボンはもうボロボロで、あたしの血やらサザスラーヤの血潮やらで元の色すらわからなくなっている。


「ネル、怒るかな」


 独り言に、答える。


「──あはは、怒らないって」


 カタナが振り返った。


「ネル」


「やっぱり、すこし心配でね。大丈夫なのはわかってるんだけど……」


 嘘だった。

 でも、それらしい理由が思いつかなかったから、仕方ない。


「──…………」


 ヤーエルヘルの魔術が削り取った、半球状の大穴。

 その縁に、あたしはそっと腰掛けた。


「すこし、話していいかな」


 ぽんぽん、と、隣を叩いてみせる。


「ああ」


 カタナが、あたしの隣に腰掛けた。


「──…………」


 伝えたいことが多すぎて、届けたい想いが大きすぎて、あたしの心はぐちゃぐちゃだ。

 平静を装えているのかすら、自分ではわからない。

 だから、感情の赴くままに話そうと、決めた。


「ママとパパ、死んでた」


「……そうだな」


「あたし、ずっと自分を誤魔化してた。ママとパパは忙しいんだ、とか。王城は危ないんだ、とか。手紙を出せない事情があるんだ、とか。滑稽だよね。とっくに死んでたのに」


 心の置き所が難しい。

 だって、ママとパパは、さっきいきなり死んだわけじゃない。

 ずっと前から死んでいて、あたしはそれをようやく知っただけ。

 弔うには遅い気がするのに、あたしの悲しみは新鮮で、どう感じていいのかわからない。

 でも、確かなことがある。

 あたしは、カタナの肩に、そっと頭を預けた。


「……つらい」


「ああ」


「つらいよ、カタナ」


「……ああ」


 カタナが、そっと、あたしの頭を撫でてくれる。

 優しい手つきだ。

 プルやヤーエルヘルの頭も、こうして撫でてあげているのかな。

 もしかすると、ヘレジナもねだっているのかも。

 そう思ってしまうくらい、心地よかった。

 ずるいな、あの三人は。

 ずるいよ。

 だから、


「……すごく、ずるいこと、言っていいかな」


「言ってくれ。ちゃんと聞くから」


「うん」


 涙で濡れた瞳で、カタナの顔を見上げる。

 治してもらったばかりの心臓が、苦しいくらいに早鐘を打っていた。


「……あたしのこと、可哀想だって。すこしでも、好きだって。プルやヘレジナ、ヤーエルヘルほどでなくたっていい。それでも、好きだって思ってくれているんなら」


 続きを言い掛けて、何度も止める。

 緊張で手が震える。

 でも、最後には、ちゃんと言えた。


「……あたしと、一緒にいて。ラーイウラで、ここで、一緒に暮らそうよ。あたし、頑張るから。ここが住みよい国になるよう、頑張るから」


 涙が溢れる。

 自分の心を正直に告げるのには、なんて勇気がいるのだろう。

 きっと、あたしは拒絶される。

 でも、言わずにはいられなかった。

 あたしは、カタナのことが、一人の男性として好きだから。


 カタナがみんなのために頑張る姿を、ずっと傍で見ていた。

 ジグに裏切られて傷ついているあたしを、カタナは支えてくれた。

 あたしをママに会わせるために、御前試合で優勝してくれた。

 そして、あたしの命を、泣きながら必死に救ってくれた。

 好きにならないわけ、ないよ。


 わかってる。

 カタナは、あの三人を選ぶ。


 わかってる。

 カタナは、あたしを置いていく。


 わかってる。

 それでも。

 それでも、伝えたかった。

 伝えなければ、一生後悔すると思ったから。


「──…………」


 カタナが、苦しげに目を伏せる。

 すこしでも、揺れてくれているのかな。

 すこしでも、あたしとの未来を想像してくれたかな。

 すこしでも、あたしのことを、好きだと思ってくれているのかな。

 長い、長い沈黙のあと、カタナが振り絞るように言った。


「……ごめん」


「──…………」


 うん。

 そう、だよね。

 当たり前だよね。


「……そっか」


 わかってたもん。

 こうなるって、わかってた。

 だから悲しくない。

 わかってたんだから。

 あたしは、なんとか笑顔を作った。


「あ、あははー。なーんて、冗談、冗談。カタナは元の世界へ帰るんだもんね。あたしなんかでも、カタナを誘惑できるか試しただけだよ」


 自分が何を言っているのかも、よくわからなかった。

 ただ、誤魔化したくて。

 自分の告白をなかったことにしたくて。

 口が勝手に動いただけ。

 あたしは、カタナから、そっと体を離した。


「ありがとう、もう悔いは──」



 ──カタナが、あたしを抱き締めた。



「え──」


 頭が真っ白になる。


「好きだよ。好きだ。でも、これがどんな好きか、わからない」


 強く、強く、抱き締められる。

 痛いくらいに。

 熱いくらいに。

 でも、それが嬉しかった。


「一緒にいたかった。ラーイウラで幸せに暮らしたかった。でも、選べなかった」


 カタナが、喉を鳴らす。

 何かを逡巡するかのように。

 苦しげに。

 申し訳なさそうに。

 その言葉を、あたしに告げた。


「──家族が、いるから」


 ああ──

 だから、言うかどうか迷っていたんだ。

 ママとパパが死んでいたことを知ったばかりのあたしには、酷な理由だから。

 元の世界に帰れば、カタナには御両親がいる。

 妹さんがいる。


 同時に気が付いた。

 カタナって、あたしが思っていたよりずっと、あたしのことを好きでいてくれたんだな。

 あの三人と、迷わせるくらいに。


「……う、あ、……ああ、……ああああ」


 あたしは、カタナの体を掻き抱いた。

 嬉しかった。

 悲しかった。

 悔しかった。

 すべての感情が、ぐちゃぐちゃだった。


「ばかあ……! なんで、最初に、ラーイウラに出てこなかったのさあ! ……なんで、なんで最初に、あたしと出会わなかったのさ! そしたら、きっと、もっと惚れさせてみせたのにい! ばか、ばか、ばか! ばかかたなあ……!」


「……うん」


「こっち、王だぞ! 王さまだぞ! 王さまの言うことは絶対なんだぞお……!」


「うん」


「ばかあ……ッ!」


 カタナを抱き締めながら、思うさま罵倒する。

 ああ、もう。

 大好きだ。

 大好きなのに、一緒には行けないのだ。

 カタナも、あたしも、きっと同じだ。

 カタナは、あの三人とあたしを天秤にかけた。

 あたしは、カタナたちとラーイウラ王国を天秤にかけた。

 そして、互いにすれ違った。

 ただ、それだけ。


 エル=タナエル。

 もしもの世界は、あるのでしょうか。

 あるとすれば、あたしとカタナが結ばれた世界も、どこかには存在しているのでしょうか。

 もし、存在しているのなら、ほんのすこしでいいのです。

 その二人に、女神の祝福をお与えください。

 このあたしと、このカタナは、すれ違ってしまったけれど。

 幸福な二人がどこかの世界にいるのなら、きっと、この悲しみにも耐えられると思うから。


 ──カタナ。

 あたしの、大好きな人。

 立派な王さまになって後悔させてやるから、覚悟しておくんだぞ。

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