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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部七章 パレ・ハラドナ
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断章/ネル=エル=ラライエ -2 誰が本命?

「──ん……」


 何かが動く気配に、あたしは上体を起こした。

 寝起きのふわふわした意識で思い出す。

 そうだ。

 カタナがジグに殺されかけて、その治療を治癒術で行っていたのだ。

 目を擦ると、カタナがあたしを見つめていた。


「あ、カタナ……」


 顔色は悪くない。


「よかった、起きたのね。お腹の具合はどう?」


 カタナが、あたしに心配をかけないよう、努めて元気に振る舞ってみせる。


「ああ、今は大丈夫だ。痛みもない。腹が減ってるくらいだから、ダメージも残ってないだろ」


「あはは、それなら平気だね。パンとスープを用意してあるから、食べる? 冷めてるけど」


「サンキュ、いただくわ」


 あたしは、灯術の明かりを部屋の中央に浮かべると、パンと塩スープの載ったトレイをカタナに差し出した。


「はい、どーぞ」


「いただきます」


 いただきます。

 最近、よく聞く言葉だ。


「それ、みんな食事のときに言ってるね。おまじないか何か?」


「ああ、俺の世界の挨拶なんだよ。食事の前に、感謝をする。作ってくれた人に。命を与えてくれる食べ物に──ってな。俺がしつこく言ってたら、プルたちも言うようになってさ」


「へえー、素敵だね。あたしも言おうかしら、いただきます」


 次の食事で、カタナに合わせて言ってみよう。

 気分がすこし変わるかも。

 カタナが、固くなったパンを塩スープにひたしながら、黙々と食事を進めていく。


「──…………」


 その様子を見て、罪悪感に駆られる。

 加害者であるジグは、あたしの家族のようなものだ。


「……ごめんね、ジグが」


 カタナが、きょとんとした表情を浮かべた。


「ジグが半端に人を殺しかけたの、初めて見た。殺すと決めたら殺すし、殺さないと決めたら怪我すらさせない。本当は、手加減が上手いのよ」


 ジグは、強いだけでなく、驚くほど器用だ。

 その彼が、力加減を間違えた。

 慌てた子供たちに腕を引っ張られたとき、まさかと思ったものだ。


「知ってる」


 カタナが、震える手でこぶしを握る。


「──ここまで来た。俺の刃は、もう、ジグに届きうるんだ」


「はー……」


 すこし、呆れてしまう。

 男の子って、どうしてこう、すぐに強さを追い求めてしまうのだろう。

 カタナは、もちろん、理由あってのことだ。

 それでも、すこし理解しがたい世界であることに違いはなかった。


「カタナ。あなたもよくよく戦闘狂ね」


「ええ……?」


 心外だと言いたげに、カタナが不満の声を漏らす。


「俺は平和主義者だよ。暴力なんざ嫌いだね」


「嘘だー」


「本当だって。俺の国じゃ、暴力なんて必要なかった。殴り合いのケンカ一つしたことなかったさ」


 カタナが、自嘲するように目を伏せる。


「だから、今だって怯えながら戦ってる。殺されることに。……殺すことに」


「──…………」


 カタナが、自分の手のひらに視線を落とす。

 震えていた。

 あたしの目は節穴だった。

 この人は、本当は、戦いたくなんてないのだ。


「……でも、必要なんだ。プルを。ヘレジナを。ヤーエルヘルを。この首輪から解放してやるためには、さ」


 すこし、ちくりとした。


「大切なんだね、あの子たちが」


「まあ、な……」


 カタナが、照れたように視線を外す。

 それが可愛らしかった。

 あたしよりそこそこ年上なのに、そう感じられるのが不思議だ。


「照れるな照れるな。カタナも愛されてるよ。三人とも、朝まで付き添うって聞かなかったんだから。治癒術を継続的にかける必要があったから、あたしはお寝坊になっちゃう。朝のぶんの家事はお願いねってことで、なんとか部屋に戻ってもらったの」


「あー……」


 嬉しさと申し訳なさが同居する複雑な表情を浮かべ、カタナがみんなの部屋がある方向へと視線を向けた。

 なんだか、からかいたくなってしまった。


「──で、で、どの子が本命なの?」


 自分が、にまにまと嫌らしく微笑んでいるのがわかる。


「まさか全員とか言わないわよね。きゃー!」


 カタナが、呆れたような半眼で言った。


「あのなあ……」


「冗談で言ってるわけでもないんだけどなー」


 からかっているのは間違いないが、冗談のつもりもない。

 だって、プルも、ヘレジナも、ヤーエルヘルも、大好きオーラが目に見えるくらいカタナにベタ惚れだ。

 当人が気付いてないのがおかしい。

 もしかしたら、気が付かないようにしているだけかもしれないけど。


「それにしたって、ヤーエルヘルは外そうぜ。あの子はまだ子供なんだから」


 その言葉は聞き捨てならなかった。


「……どうして?」


 カタナが、すこし動揺したように答える。


「俺は二十九で、もうすぐ三十路。対してヤーエルヘルは十二歳。この年齢差で恋愛感情が生まれるわけないだろ」


 カタナの言っていることは、正しい。

 正しいけど、間違ってる。


「今は、ね」


 あたしは、カタナのベッドの足元に腰を下ろした。


「……実はね、見ちゃったんだ。あの子、亜人でしょ?」


「──…………」


 カタナが、一瞬だけ驚く。

 でも、すぐに平静を取り戻した。


「見ちまったもんは仕方ないよな。そうだよ」


「トレロ・マ・レボロを出る亜人なんて、ほとんどいない。あの子はずっと怯えていたはずだよ。純人間に、ずっと。それは、プルやヘレジナに対しても、同じ」


 自分に人を見る目があるかどうか、それはわからない。

 でも、ヤーエルヘルが明確な優先順位を持っていることには気が付いていた。

 いちばん上がカタナで、他の二人はその次なのだ。

 これは、きっと、プルやヘレジナよりもカタナのほうが好き──なんて単純な答えでは言い表すことができない。

 恐らく、三人とも同じくらい好きだけど、カタナに対しては一切抵抗がないのだ。


「……ヤーエルヘルが、二人のことを?」


「頭ではわかってる。好きなのも本当。でも、心に刻まれた恐怖は、一生かかっても拭い去ることはできない。子供の時から奴隷だった人は、老人になっても杖の音に怯える。誰かが手を上げたら、思わず身構えてしまう。そういうものなの」


「──…………」


 カタナが、あたしの言葉に耳を傾ける。


「……でも、カタナだけは違う。あなたは客人《まろうど》。別の世界からの来訪者。何も知らない、まっさらな人。あの子は、カタナだけには怯える必要がない。見てればわかるよ。ヤーエルヘルは、ヘレジナやプルにも気は許してる。でも、本当の意味で気を抜けるのは、あなたの前でだけなの」


 きっと、ひどい目に遭ってきたのだと思う。

 杖の音に怯える老人のように、ヤーエルヘルも、純人間そのものに思うところがあるのだ。


「──で、その人は異性で、強くて、自分を守ってくれて、さらには自分たちのために努力を重ねるさまをずっと隣で見続けているわけ。年齢こそ離れてはいるけど、だからこそ憧れは強くなる。あの子はまだ子供。でも、いずれどうなるか、わかるよね」


 カタナが目を伏せる。

 理解、してくれたのだろう。

 カタナは、そういう人だ。


「だからね。ヤーエルヘルのことも、ちゃんと考えてあげて。あの子は、ずーっと子供のままじゃないんだから。娘や妹じゃなくて、一人の女の子として見てあげてほしい」


 時間は残酷だ。

 子供を大人に、大人を老人にしてしまう。

 いつまでも同じ関係ではいられないのだ。


「……ごめん。意地悪言うつもりじゃなかったんだ。でも、このままだと、ヤーエルヘルが可哀想だと思ったから」


「いや」


 カタナが、微笑む。


「ありがとうな、ネル。俺、あの三人のことが大切だからさ。無神経に傷つけたくは、ないから」


「……そっか」


 あの三人が羨ましかった。

 もし、あたしが、リィンヤンの領主じゃなかったら。

 もし、カタナが、ラーイウラに現れていたのなら。

 運命は、まるきり違ったのかもしれない。

 でも、あたしはリィンヤンの領主で、カタナが現れたのは流転の森だった。

 もしもに意味なんてない。

 カタナが塩スープでパンを流し込む様子を見て、あたしは安堵した。

 内臓には、ひとまず問題ないようだ。


「朝まで、もうすこし寝るといいわ。起きたらもう一度治癒術をかけるね。それで全快」


「助かる。俺はまだ、ジグに勝てたわけじゃないから」


「あたしも、正直、ここまで来るとは思わなかった。神眼ってのがあるとは言え、たったの一ヶ月で級位を上げるなんて、そうあることじゃないんだよ。あたしだって、何年も何年も努力して、ようやく師範級第二位の治癒術士になれたんだから。それも、体操術なしで、なんて──」


 ふと、遠い日のことを思い出した。

 残酷な時間が、あたしを大人にしてしまう前の記憶だ。


「パパのこと、思い出すな」


「本物の奴隷の首輪を嵌めて、それでも奇跡級上位だったんだろ。ネルの父親にこう言うのもなんだけど、それってバケモノの範疇だからな」


「でしょー。なにしろ、あのルインライン=サディクルと肩を並べて戦ったんだから。魔獣戦線って聞いたことない?」


「名前だけはあるような……」


 カタナの言葉は、なんだか歯切れが悪かった。

 何か知っているのかもしれないが、言いたくないことを根掘り葉掘り聞きたくはない。


「親父さんの名前、聞いていいか?」


「ルニード=ラライエ。旧姓はイスタルディンだよ」


「ルニード=イスタルディン、か。ヘレジナなら知ってるかもな」


「詳しいの?」


「わりと」


 意外なような、そうでもないような。

 ヘレジナは、わかりやすいようでいて、隠し事が多い気がしている。


「──さ、あたしはこれで退散するわね。灯術、消しておく?」


「ああ、頼む。朝まで寝るよ」


 その言葉に頷き、灯術の明かりに息を吹き掛ける。

 明かりがふっと消え、月の光だけが部屋の中を照らし出した。


「おやすみ、カタナ。応援してる」


 ウインクをして、扉へ向かう。


「おやすみ、ネル。また明日な」


 その言葉を聞いてから、あたしは、そっとカタナの部屋を後にした。


「はあ……」


 頑張ってほしい。

 これは本当だ。

 でも、ずっと四人と暮らすのも悪くないと思い始めている自分がいる。


「……だめ、だめ。そんなこと考えたら」


 それは、カタナとヘレジナの努力を否定する考えだ。

 カタナは、ジグを超えられるだろうか。

 わからない。

 ジグは、本当に強いから。

 でも──


「勝っちゃう気がするな……」


 不思議と、その確信があった。

 ただの勘だ。

 強いて根拠を挙げるとすれば、ジグの機嫌がどんどん良くなっていることだろうか。

 それだけで、カタナが強くなっていることが間接的にわかってしまう。

 頑張ってほしい。

 あたしは、改めてそう思い直した。

 悪いあたしが、もう出てこないように。

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