断章/ネル=エル=ラライエ -1 奴隷
春の後節二日、あたしに来客があった。
奴隷商人による奴隷の訪問販売だ。
リィンヤンなんて小さな村の領主に過ぎないけど、これでもいちおうは貴族だから、そういうのがたまに来る。
旅人狩りに、奴隷商人。
あたしのいちばん嫌いな人種だ。
だから、ジグに応対させて、あたしは教会の中で待つことにした。
ジグは、木訥で偉そうな戦闘狂だけど、あたしの味方で、兄のような存在だ。
あたしがいちばん信頼している相手でもある。
すぐに追い返して戻ってくるかと思いきや、なかなか帰ってこない。
しつこい相手なのかな。
すこし心配になり、玄関の扉を薄く開いて様子を覗いた。
「……行くぞ」
「ああ」
ジグが、抗魔の首輪を嵌めた男の人と、一触即発の状況だった。
あたしは慌てて外に出た。
「──やめなさーい!」
主にジグの顔を見ながら、言う。
「ジグ、やめなさい! まったく、強そうな相手を見つけたら、すぐに吹っ掛けるんだから……」
「──…………」
ジグが、構えを解く。
「残念だ」
「残念だ、じゃなーい!」
まったく。
相変わらず、信頼はできるけど信用はできないやつだ。
本当にわかってるのかな。
そんなことを考えていると、奴隷商人が話し掛けてきた。
「なんだ、やはり在宅だったのですね。ほら、奴隷ども。頭を垂れなさい」
ジグと対峙していた男性と、三人の美少女が、あたしに向かって最敬礼をする。
しっかりと仕込まれていることが、なんだか悲しかった。
「あ、そういうのいーから」
白髪の女の子が、戸惑いながら顔を上げた。
「え、……えー、と。その。いいん、……ですか?」
「奴隷とかね、イヤなの。奴隷商人なんかと顔も合わせたくもないからジグに応対させたんだけど、失敗だったかも。最初からあたしが出ればよかった」
「──…………」
ジグがそっぽを向く。
自覚は、まあ、あるらしい。
「さて、ここからは商売の話です。体操術を封じてなお奇跡級の実力を保つ男と、見目麗しい少女たち。四人で千八百、いかがです?」
「買わない」
「では、千七百!」
「買わないって言ってるでしょ」
奴隷商人が肩を落とす。
「言ったでしょ、奴隷とかイヤなの。だから、あなたたちに直接尋ねるわね」
あたしは、四人へと向き直った。
「あなたたち、あたしのところに来たい?」
この人たちは運がいい。
御前試合まで、あと一ヶ月。
そして、あたしの元には、体操術以外の魔術を封じられてなお奇跡級中位の実力を誇る優勝候補のジグがいる。
唐突に首輪を嵌められ一生を棒に振る──そんな奴隷たちで溢れかえるラーイウラで、首輪を外せる可能性があるだけでも、不幸中の幸いというものだろう。
これも何かの縁だ。
奴隷の四人くらい増えても変わらないし、彼らのしたいようにすればいい。
「え、と……」
白髪の子が、帽子をかぶった子を見る。
「や、ヤーエルヘルは、……どう思う?」
帽子の子が、はにかむように言った。
「……奴隷を人間扱いしてくれる貴族のひと、初めてでし。だから、もし許されるなら……」
「私も同意見です。子供が老人を杖で打つ国で、周囲に流されず、自らの価値観を確立している。こういった方は、極めてまれだ」
金髪の子の言葉に、すこし照れる。
あたしなんて、ただ、両親が貴族と奴隷のカップルだっただけだ。
「……う、うん。わたしも。短いあいだでも、仕えるなら、や、優しいひとがいい、……な」
最後に、あたしより年上に見える男の人が、深々と頷いてみせた。
決まりだ。
「え、いや、そのー……。お金が入らないと困るのですが」
今のやり取りを見て、まだお金がもらえると思っている。
本当に、心の底から、唾棄すべき人種だ。
「それはあなたの事情でしょ。人間同士のやり取りで、無関係な第三者にお金が入るのはおかしいのよ」
「はあ……」
男の人が騎竜車へ駆け出し、革袋を手に戻ってくる。
「ゼルセン。お前は、金が入ればいいんだろ」
言いながら取り出したのは、見事な細工の入った十枚の金貨だった。
思わず目を見張る。
見たことのない金貨だけど、あれ、一枚で百アルダンくらいはするんじゃないだろうか。
そんな価値のある金貨をほいほい出せてしまう彼らは、いったい何者なんだろう。
興味が湧いてきた。
「おおお……!」
男の人が、聞こえよがしに金貨を擦り合わせる。
「頼みを聞いてくれたら、もう一枚やる。どうする?」
「な、な、なんですか! 大抵のことならば喜んでさせていただきますとも!」
「抗魔の首輪を一つくれ。本当に外せないのか、現物を調べたい」
「ええ、ええ。あるだけ持って行っていただいて構いませんよ。エルロンド金貨と比べれば高価な代物でもありませんから」
「一つでいい」
奴隷商人が、自分の馬車から、一本の首輪を持ってくる。
今から何が起こるのか、なんとなくわかった。
でも、止めない。
こういう輩は痛い目を見たほうがいいのだ。
「では、こちらになります」
男の人が、恭しく差し出された首輪と金貨とを交換する。
奴隷商人が、にんまりと、満足そうに笑った。
「ご利用ありがとうございました。二度と会わないことを願って!」
「ああ、元気でな」
「では!」
奴隷商人が背を向けた瞬間、男の人がその膝裏を踏み抜いた。
「あがッ!」
そして、膝から崩れ落ちた奴隷商人に、素早く首輪を嵌める。
「──……あ」
奴隷商人の顔が、ぐにゃりと歪む。
奴隷に身を落とすことの意味は、奴隷商人であるこの男がいちばんよく知っているだろう。
「家畜になった気分はどうだ?」
「あ、……ああ……ッ、あああああああ──……ッ!」
奴隷商人が、絶望に金切り声を上げた。
「せめてもの情けだ、金貨はやるよ。あとは好きにしろ。お前の人生だ」
「……殺してやる。殺して……ッ」
殺す。
その単語が出た瞬間、男の人の目が鋭く引き絞られた。
殺気というものが存在するのなら、とんでもない量のそれが放たれていただろう。
「ヒッ!」
鷹のような鋭い目に睨まれて、奴隷商人が小さく悲鳴を上げる。
「行け。二度と顔を見せるな」
「う、……ぐ……」
奴隷商人が、ふらふらと馬車に乗り込み、そのまま走り出す。
ラーイウラ王国民に抗魔の首輪を装着させた同国民には、死罪を含む厳しい罰則が科せられる。
そうでなければ、気に食わない相手の隙を見て首輪を着けまくる輩が必ず出るからだ。
しかし、貴族が庶民に首輪を着けた場合は、少額の罰金刑で済む。
奴隷商人に首輪を嵌めた男の人は、既にあたしの奴隷という扱いだ。
だから、もし訴え出たとしても、あたしがちょみっとお金を払えば事は済んでしまう。
いい気味だ。
奴隷に落ちた奴隷商人に優しくできるほど、あたしも人間ができてはいない。
「……あーらら。でも、自業自得だもの。あんまり可哀想とも思えないな」
「ただ放逐しても、同じことを繰り返すだけだ。これ以上被害者を増やしたく、──ありませんでしたから」
あたしは、四人を招くために、教会の大扉を押し開けながら言った。
「敬語とかいらないよ。外では使ってもらうけど、今はあたしたち以外に誰もいないし」
「……わかった」
男の人が、噛み締めるように頷いた。
「じゃあ、入って。自己紹介とか必要でしょ」
「ああ!」
金髪の子が、嬉しそうに教会へと足を踏み入れる。
「ほら、さっさとしないと置いて行くぞ!」
四人の瞳が生気を取り戻すのを見て、あたしは心中でほっと胸を撫で下ろした。
最敬礼のときは目が死んでいたけど、本来は、こんなに元気な人たちなのだ。
奴隷制が、嫌いだ。
あたしは、四人とジグが教会に入るのを待って、大扉を閉めた。
思えば、これが分岐点だったのかもしれない。
四人との──カタナとの出会いが、あたしの人生を大きく変えた。
あたしがそのことに気付いたのは、それから、ずっと後のことだった。




