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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部七章 パレ・ハラドナ
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断章/ヤーエルヘル=ヤガタニ -終 石竜

 石竜。

 アイヴィルが銀琴で造り出した城壁の竜が、ペルフェンの市街地へ向けて歩き出す。

 幾人もの冒険者たちが、その尾によって薙ぎ払われていた。


「プル! ヤーエルヘル! 怪我人を運ぶぞ! このまま行けば潰される!」


「はい!」


「わ、わ、わかった!」


 三人で冒険者たちに肩を貸し、石竜の進行方向とは外れた位置で休ませる。

 ヘレジナさんが双剣で石竜の頭部に剣閃を見舞う音が、周囲に鳴り響いていた。

 でも、それでは駄目なのだ。

 カタナさんの炎の神剣ですら、石竜には通用しない。

 最後に残った冒険者をカタナさんが迎えに行ったとき、眼球のない石竜の双眸が、プルさんを捉えたように見えた。

 石竜の前脚が、プルさん目掛けて振り下ろされる。

 あたしが何をすべきか、もう知っていた。

 石竜とプルさんのあいだに割り込み、人差し指と中指とを揃える。

 そして、二本の指を石竜の前脚へと向けた。


 ──パチッ。


 炎術が複雑な軌道を描き、石竜の前脚に触れる。

 その瞬間、前脚が消え失せた。

 空間に開いた〈孔〉を埋めるため、周囲に暴風が吹き荒れる。


 できた。

 あたしにも、できた。

 あとは、今と同じ一撃を、石竜の本体に命中させるだけだ。

 自分の開孔術に巻き込まれて、死ぬかもしれない。

 でも、それでよかった。

 あたしが、みんなの役に立てるのであれば──


「えっ」


 気が付けば、カタナさんが、あたしとプルさんを両肩に担いでいた。

 三十歩ほど距離を取り、降ろされる。

 カタナさんが、あたしたちを抱き締めた。


「わわ、わ!」


 プルさんが顔を真っ赤にする。


「……ありがとう、ヤーエルヘル」


 カタナさんの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 まだだ。

 まだ、終わっていない。

 あたしは石竜を睨みつけた。

 もしかすると、これが、あたしの最期になるかもしれない。

 でも、あたしにしかできないことなのだ。


「あちし、行きまし」


 カタナさんの優しい腕から逃れ、前に出る。


「あの竜には、あちしの開孔術しか効かない。だったら、することは一つでし。至近距離で放つ。それだけ」


 覚悟はできている。

 あとは、それを成すだけだ。


「で、でも! そ、そ、それだと、ヤーエルヘルが……!」


「危ないのはわかってまし。でも、このままだと──」


 石竜の足元は、もう傾斜が始まっていた。

 あと、ほんの十歩を進んだだけで、石竜は体勢を崩し、ペルフェンの市街を押し潰しながら転がり落ちるだろう。


「大丈夫。きっと、笑って終われまし」


 微笑む。

 ふたりを安心させるように。

 危険があると悟られないように。

 あたしは、ワンダラスト・テイルが大好きだ。

 優しかった。

 楽しかった。

 どきどきで、わくわくの日々だった。

 だから──

 旅路の終わりがここでも、構わない。


「くそ……ッ!」


 カタナさんが、頭を掻きむしる。


「行くな、ヤーエルヘル」


「……カタナさん」


「何か、方法があるはずだ。わかったんだ。[星見台]はたぶん、そういう能力だ。俺が全力を尽くせば、望んだ結果が得られるかもしれない。目の前の困難は、決して突破不可能なものじゃない。諦めるな──って、俺の背中を押してくれる、ただそれだけの能力」


「背中を押す、能力……」


 カタナさんは、ふしぎなひとだ。

[星見台]に[羅針盤]、いろんな力を持っている。

 もし、本当に、石竜を止める方法があるのなら。

 あたしは、カタナさんに賭けてみたい。信じてみたい。

 そう思った。

 プルさんが呟く。


「せ、せめて、開孔術を、まっすぐ飛ばせれば……」


 その瞬間、カタナさんが驚愕の表情を浮かべ、数秒ほど動かなくなった。

 そして、くすくすと笑い始める。


「──プル。ここから石竜の土手っ腹まで、光を繋いでくれ。できるか?」


「と、灯術?」


「ああ、灯術だ。すぐには消えないよう、魔力《マナ》をたっぷり込めて」


「うん!」


 プルさんが笑顔で頷く。

 でも、あたしには、カタナさんが何を考えているのか、まったくわからなかった。


「全員逃げろ! 今からでかいのが行く!」


「ああ、わかった!」


 ヘレジナさんと冒険者たちが、石竜から大きく距離を取る。


「か、かたな。もういい?」


「頼んだ」


 プルさんが、手のひらに浮かべた光球に息を吹き掛ける。

 すると、プルさんの手元から石竜の腹部まで、光り輝くゆるい放物線が描かれた。


「ヤーエルヘル。光の端に触れて、開孔術を放て」


「で、でも!」


 意図がわからない。

 あたしは戸惑っていた。


「いいか。開孔術は、炎術を最初に走らせて、その終端で発動する」


 カタナさんが、あたしの目を、まっすぐに見つめる。


「魔力《マナ》は、燃える」


「!」


 そうか。

 そんな簡単なことだったのか。


「もう、わかるな」


「はい!」


 目を閉じ、集中する。

 そして、揃えた人差し指と中指を、プルさんが引いた光の線の末端に触れさせた。


 ──パチッ。


 火花が弾け、灯術の明かりに沿って燃え上がる。

 カタナさんが、小さく呟いた。


「導火線、だ」


 炎術は、一瞬で、石竜の腹部へと到達し、


 最大級の〈孔〉が、開いた。


 世界から音が消え、


 世界から色が抜け、


 世界から、


 周囲の地盤ごと、




 ──石竜が消失した。




 風が暴れ狂う。

 失われた空間を補填しようと、周囲のすべてが〈孔〉の中心に引きずられた。


「やッ──……」


 あたしは、思わず飛び跳ねていた。


「やった! やりました! できました!」


「や、ヤーエルヘル! よかった……!」


 プルさんが、あたしを、真正面から抱き締めてくれる。


「はい……!」


 甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 あたしは、プルさんの匂いが好きだった。

 ヘレジナさんが、あたしたちのほうへと駆け寄ってくる。


「ヤーエルヘル、大丈夫か!」


「!」


 あたしは、ヘレジナさんにVサインで応えた。


「そう、か」


 ヘレジナさんが安堵の息を漏らし、あたしの頭をわしわしと撫でてくれる。


「よくやった!」


「えへへ……」


 あたしでも、あんなに大きくて硬い竜を倒すことができた。

 でも、それは、あたしだけの力じゃない。

 ヘレジナさんの、

 プルさんの、

 カタナさんの、

 ──ワンダラスト・テイル全員の力が合わさったからできたことだ。


 あたしは、この三人のことが大好きだ。

 一緒に行こう。

 世界の果てから、果ての先まで。

 あたしたちなら、きっと、どこまででも行けるはずだから。

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