断章/ヤーエルヘル=ヤガタニ -終 石竜
石竜。
アイヴィルが銀琴で造り出した城壁の竜が、ペルフェンの市街地へ向けて歩き出す。
幾人もの冒険者たちが、その尾によって薙ぎ払われていた。
「プル! ヤーエルヘル! 怪我人を運ぶぞ! このまま行けば潰される!」
「はい!」
「わ、わ、わかった!」
三人で冒険者たちに肩を貸し、石竜の進行方向とは外れた位置で休ませる。
ヘレジナさんが双剣で石竜の頭部に剣閃を見舞う音が、周囲に鳴り響いていた。
でも、それでは駄目なのだ。
カタナさんの炎の神剣ですら、石竜には通用しない。
最後に残った冒険者をカタナさんが迎えに行ったとき、眼球のない石竜の双眸が、プルさんを捉えたように見えた。
石竜の前脚が、プルさん目掛けて振り下ろされる。
あたしが何をすべきか、もう知っていた。
石竜とプルさんのあいだに割り込み、人差し指と中指とを揃える。
そして、二本の指を石竜の前脚へと向けた。
──パチッ。
炎術が複雑な軌道を描き、石竜の前脚に触れる。
その瞬間、前脚が消え失せた。
空間に開いた〈孔〉を埋めるため、周囲に暴風が吹き荒れる。
できた。
あたしにも、できた。
あとは、今と同じ一撃を、石竜の本体に命中させるだけだ。
自分の開孔術に巻き込まれて、死ぬかもしれない。
でも、それでよかった。
あたしが、みんなの役に立てるのであれば──
「えっ」
気が付けば、カタナさんが、あたしとプルさんを両肩に担いでいた。
三十歩ほど距離を取り、降ろされる。
カタナさんが、あたしたちを抱き締めた。
「わわ、わ!」
プルさんが顔を真っ赤にする。
「……ありがとう、ヤーエルヘル」
カタナさんの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
まだだ。
まだ、終わっていない。
あたしは石竜を睨みつけた。
もしかすると、これが、あたしの最期になるかもしれない。
でも、あたしにしかできないことなのだ。
「あちし、行きまし」
カタナさんの優しい腕から逃れ、前に出る。
「あの竜には、あちしの開孔術しか効かない。だったら、することは一つでし。至近距離で放つ。それだけ」
覚悟はできている。
あとは、それを成すだけだ。
「で、でも! そ、そ、それだと、ヤーエルヘルが……!」
「危ないのはわかってまし。でも、このままだと──」
石竜の足元は、もう傾斜が始まっていた。
あと、ほんの十歩を進んだだけで、石竜は体勢を崩し、ペルフェンの市街を押し潰しながら転がり落ちるだろう。
「大丈夫。きっと、笑って終われまし」
微笑む。
ふたりを安心させるように。
危険があると悟られないように。
あたしは、ワンダラスト・テイルが大好きだ。
優しかった。
楽しかった。
どきどきで、わくわくの日々だった。
だから──
旅路の終わりがここでも、構わない。
「くそ……ッ!」
カタナさんが、頭を掻きむしる。
「行くな、ヤーエルヘル」
「……カタナさん」
「何か、方法があるはずだ。わかったんだ。[星見台]はたぶん、そういう能力だ。俺が全力を尽くせば、望んだ結果が得られるかもしれない。目の前の困難は、決して突破不可能なものじゃない。諦めるな──って、俺の背中を押してくれる、ただそれだけの能力」
「背中を押す、能力……」
カタナさんは、ふしぎなひとだ。
[星見台]に[羅針盤]、いろんな力を持っている。
もし、本当に、石竜を止める方法があるのなら。
あたしは、カタナさんに賭けてみたい。信じてみたい。
そう思った。
プルさんが呟く。
「せ、せめて、開孔術を、まっすぐ飛ばせれば……」
その瞬間、カタナさんが驚愕の表情を浮かべ、数秒ほど動かなくなった。
そして、くすくすと笑い始める。
「──プル。ここから石竜の土手っ腹まで、光を繋いでくれ。できるか?」
「と、灯術?」
「ああ、灯術だ。すぐには消えないよう、魔力をたっぷり込めて」
「うん!」
プルさんが笑顔で頷く。
でも、あたしには、カタナさんが何を考えているのか、まったくわからなかった。
「全員逃げろ! 今からでかいのが行く!」
「ああ、わかった!」
ヘレジナさんと冒険者たちが、石竜から大きく距離を取る。
「か、かたな。もういい?」
「頼んだ」
プルさんが、手のひらに浮かべた光球に息を吹き掛ける。
すると、プルさんの手元から石竜の腹部まで、光り輝くゆるい放物線が描かれた。
「ヤーエルヘル。光の端に触れて、開孔術を放て」
「で、でも!」
意図がわからない。
あたしは戸惑っていた。
「いいか。開孔術は、炎術を最初に走らせて、その終端で発動する」
カタナさんが、あたしの目を、まっすぐに見つめる。
「魔力は、燃える」
「!」
そうか。
そんな簡単なことだったのか。
「もう、わかるな」
「はい!」
目を閉じ、集中する。
そして、揃えた人差し指と中指を、プルさんが引いた光の線の末端に触れさせた。
──パチッ。
火花が弾け、灯術の明かりに沿って燃え上がる。
カタナさんが、小さく呟いた。
「導火線、だ」
炎術は、一瞬で、石竜の腹部へと到達し、
最大級の〈孔〉が、開いた。
世界から音が消え、
世界から色が抜け、
世界から、
周囲の地盤ごと、
──石竜が消失した。
風が暴れ狂う。
失われた空間を補填しようと、周囲のすべてが〈孔〉の中心に引きずられた。
「やッ──……」
あたしは、思わず飛び跳ねていた。
「やった! やりました! できました!」
「や、ヤーエルヘル! よかった……!」
プルさんが、あたしを、真正面から抱き締めてくれる。
「はい……!」
甘い香りが鼻腔をくすぐる。
あたしは、プルさんの匂いが好きだった。
ヘレジナさんが、あたしたちのほうへと駆け寄ってくる。
「ヤーエルヘル、大丈夫か!」
「!」
あたしは、ヘレジナさんにVサインで応えた。
「そう、か」
ヘレジナさんが安堵の息を漏らし、あたしの頭をわしわしと撫でてくれる。
「よくやった!」
「えへへ……」
あたしでも、あんなに大きくて硬い竜を倒すことができた。
でも、それは、あたしだけの力じゃない。
ヘレジナさんの、
プルさんの、
カタナさんの、
──ワンダラスト・テイル全員の力が合わさったからできたことだ。
あたしは、この三人のことが大好きだ。
一緒に行こう。
世界の果てから、果ての先まで。
あたしたちなら、きっと、どこまででも行けるはずだから。




