断章/ヤーエルヘル=ヤガタニ -2 爆砕術
上着を脱いでハンガーに掛けようとしたときのことだ。
「──ヤーエルヘル! ヤーエルヘル! 下りてこい!」
「ひゃい!」
ウガルデさんに呼ばれ、慌てて酒場へと駆け下りていく。
「ウガルデさん。酒場のお仕事、早番でしたか……?」
自信満々の笑顔を浮かべ、ウガルデさんが言った。
「次の仲間が決まった。この人たちだ」
「──…………」
嬉しかった。
でも、こんなあたしでは、きっとまた迷惑をかけてしまう。
「この俺が保証する。剣術に治癒術、偽りなしの本物の奇跡級だ。この人たちについて行きゃあ、路銀くらいはすぐに稼げるはずだぜ」
「……いいでし。きっとまた、迷惑をかけてしまいまし……」
あたしの言葉に、ウガルデさんが厳しい表情を作った。
「ここは酒場以前にギルドだ。やる気がねェなら、おん出すぞ」
「ひ」
思わず息を呑む。
ウガルデさんにまで見捨てられたら、あたしは、どうしたらいいかわからない。
「行きまし、行きましよう……」
「よろしい」
あたしは、三人に向かって、深々と頭を下げた。
「ヤーエルヘル=ヤガタニでし。短いあいだと思いましが、よろしくお願いしまし……」
「鵜堂 形無だ」
「ぷ、ぷぷ、プル……でっす」
「──…………」
「ヘ、ヘレジナ……?」
あ、と思った。
わかってしまった。
ヘレジナさんは、あたしのことを、快く思ってはいない。
当たり前だ。
ウガルデさんは、すこし強引なところがある。
無理矢理あたしを押しつけられたのだろう。
そう思った。
数秒ほどして、ヘレジナさんが小さく頭を下げる。
「……ヘレジナ=エーデルマンだ。よろしくお願いする」
今回は、何日、怒らせずに済むだろう。
そんな後ろ向きなことばかり考えてしまう自分が嫌だった。
「仕事の前に実力を見たい。郊外に家を借りているから、人に迷惑が掛からないよう、そのあたりで確認させてもらおう。少々手狭だが、路銀を稼ぐまでの仮の宿はそこで構わないか」
「はい」
きびすを返す。
「では、荷物を取ってきまし」
「急がなくていいからな」
カタナさんが、優しく、そう言ってくれる。
嬉しかった。
「はい!」
あたしは部屋へと急いだ。
今度こそ、失望させてはいけない。
もう嫌われたくない。
あたしは、荷造りをしながら、必死にそんなことを考えていた。
カタナさんたちが郊外に借りている家の前で、ヘレジナさんがあたしに尋ねた。
「ヤーエルヘル、お前の実力を見せてもらいたい。お前はいったい、何ができる。師に何を教わった?」
「──…………」
本当のことは、言えない。
開孔術のことは秘密にしろと、ナナさんに何度も言われていたからだ。
だから、あらかじめ用意してあった嘘を口にした。
「あちしは、徒弟級の魔術士でし。専門は爆砕術でし」
「……?」
カタナさんが、不思議そうな表情を浮かべる。
「爆砕術とは、火法系統、炎術の応用魔術だ。火薬との相似魔術と言えば、カタナにも伝わるだろう」
「──ああ、いや。そっちはわかる。言葉の響きでな」
「では、何を疑問に思ったのだ?」
「この世界の人らって、ほとんど全員魔術が使えるんだろ。なのに、わざわざ魔術士って分類を作ってる。それが不思議だったんだよ」
「そういうことか」
ヘレジナさんが、小さく頷く。
今度はあたしが疑問に思う番だった。
この世界。
どういう意味なのだろう。
「一般人が日常生活を送るためには、炎術、灯術、操術があれば事足りる。魔術士とは、それ以外の専門性の高い魔術を扱う人間のことを指す。プルさまは治癒術士だが、広義の魔術士でもある」
「あー、なるほどな」
ふたりの会話を邪魔するのは気が引けたけど、どうしても気になった。
「この世界──でしか?」
カタナさんが、さらりと言う。
「俺、このサンストプラの人間じゃないんだよ」
あたしは思わず目をまるくした。
「サンストプラ以外にも世界があるんでしか……」
「あるみたいだな。実際、詳しいことは俺にもわかってないけども」
カタナさんは──
カタナさんは、この世界の純人間では、ないのだ。
亜人のことも、きっと知らない。
まっさらなひとなんだ。
あの日、あたしを閉じ込めたやつらとも、見世物にしたやつらとも、汚物を見るような目で見下してきたやつらとも、違う。
このひとになら──そう思いかけて、慌ててかぶりを振る。
だめだ、だめだ。
あたしが亜人であることは、絶対に秘密なんだ。
ウガルデさんみたいに、あたしが亜人であることを知りながら優しく接してくれるひとなんて、滅多にいないんだから。
パン、パン。
ヘレジナさんが両手を打ち鳴らす音で、我に返った。
「お喋りは後だ。ヤーエルヘル、お前の魔術を見せてみろ」
「はい……」
あたしは、右手の人差し指と中指とを揃え、意識を集中させた。




