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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部七章 パレ・ハラドナ
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断章/ヤーエルヘル=ヤガタニ -1 帽子の少女

 あたしのせいで依頼の魔獣を取り逃してから、ハイゼルさんは、ずっと機嫌が悪かった。

 当然だと思う。

 よりにもよって、ハイゼルさんの足元の地面を爆砕してしまったのだから。

 ハイゼルさんは顔から転んで、パーティの仲間たちに笑われてしまった。


「……あの」


「──…………」


 ハイゼルさんは肩を怒らせ、こちらを見てもくれない。

 あたしは、すがるように、ヴィルデさんの顔を見上げた。

 ヴィルデさんは、誉れ高き銀の刃で唯一、あたしに優しくしてくれたひとだった。

 あたしの視線に、困ったように肩をすくめる。

 頭に血がのぼったハイゼルさんは、ヴィルデさんでも宥められない。

 それは、ここ二週間ほどの経験で、とてもよくわかっていた。


 依頼の報告のため、ウガルデさんのギルドへ向かう。

 あたしの仮住まいも、ここだ。

 ウガルデさんは、とても優しく、けれど厳しいひとだ。

 すぐにパーティを追い出されてしまうあたしを決して見限ることなく、無償で部屋まで貸してくれる。

 でも、その優しさが、期待が、すこしだけ重かった。


 ──がらごろん!


 ハイゼルさんが、ギルドの扉を乱暴に開き、あたしの肩を掴んだ。


「あうッ!」


 そのままギルドに押し込まれ、足を滑らせて転ぶ。


「おい、大丈夫か?」


 背の高い男のひとが、あたしに手を差し伸べようとしてくれる。


「ッたく、クソの役にも立たねえ! コイツのせいで何匹取り逃したか!」


「──……う」


 あたしは、悲しくなってしまった。

 どうして、あたしは、こんなに無能なんだろう。

 半年近く前のことを思い出す。

 あたしが、最初に組んだパーティのことを。

 あたしを逃がそうとして、死んでしまったひともいた。

 あたしは疫病神だ。

 命を賭けて守る価値なんて、ないのに。


「おい、オッサン! よくも不良品掴ませてくれたなぁ!」


 ウガルデさんが、眉をしかめる。


「そりゃ申し訳ねェが、相性ってもんがある。たまたま合わなかっただけだろう」


「相性以前の問題だ、ボケ!」


「ごめ、なし──」


 あたしは、必死に謝ろうとした。

 それくらいしか、できることがなかったから。


「チッ」


 ハイゼルさんが、鞘こと長剣を振り上げる。

 殴られるのだとわかった。

 でも、それでハイゼルさんの気が済むのなら、それでよかった。

 悪いのは、あたしなんだから。


「やめとけ」


「ぐッ……」


 反射的に閉じていた目蓋を開くと、さっきの男のひとが、ハイゼルさんの手首を掴んでいた。

 ごとん、と音を立てて、ハイゼルさんの長剣が落ちる。


「無抵抗の子供を殴るな。ムカつくんだよ」


「出しゃばってんじゃ──」


 ハイゼルさんがこぶしを握り締め、男のひとに殴りかかる。


「──ねえッ!」


「やめ──」


 やめて、と言いそうになって、思わず口をつぐむ。


「ぐボ……ッ!?」


 膝から崩れ落ちたのが、ハイゼルさんのほうだったからだ。


「悪い悪い、弱い者いじめになっちまったな。まあ、お前もさっきしようとしてたことだし、因果応報ってことでよろしくな」


「……ぎざ、ま……!」


 ハイゼルさんが、血走った目で男のひとを睨みつける。


「……うわ、だっさ」


「普段威張り散らしといてアレとか、引くわー」


 銀の刃のふたりがハイゼルさんを嘲り笑う。

 ヴィルデさんは、困ったような、複雑な表情を浮かべていた。


「……ごろ、……ずッ!」


 顔を真っ赤にしたハイゼルさんが、拾い上げた鞘から長剣を抜こうとする。

 ウガルデさんが、すこし慌てたように言った。


「おっと、ハイゼル。剣を抜いたら出禁にするし、警邏官も呼ぶぜ。ブラックリストに載りたくなきゃあ、そこまでにするこったな」


「ぐッ……」


 ハイゼルさんが、手を止める。


「……いつか殺す!」


 そして、肩を怒らせながら、報告も忘れて外へ出て行ってしまった。

 ハイゼルさんたちを追う気には、とてもなれなかった。

 きっと、また、迷惑をかけてしまう。

 ハイゼルさんを怒らせてしまうし、ヴィルデさんを困らせてしまうだろう。


「チッ。もうすこし痛めつけてもよかったな」


 男のひとが、右のこぶしを左の手のひらにぶつける。

 隣にいた金髪の女の子が、不敵に笑いながら、言った。


「それにしても、随分と情けない捨て台詞であったな。〈いつか殺す〉などと」


「ああ。最初から最後まで一貫してダサかった。ある意味才能だな」


「うむ」


 二人の仲間らしい白髪の女の子が、あたしを優しく助け起こしてくれる。


「だ、だいじょぶ……?」


「大丈夫、でし……」


 白髪の子が、戸惑うように目をまるくした。


「で、でし?」


 恥ずかしくなって顔を背ける。


「しみません、イナカモノなので。ナマリが強くて」


 あたしは、三人に深く頭を下げると、ウガルデさんが貸してくれた部屋へと戻った。

 中に入り、閉じた扉に背中を預ける。


「……優しかった、な」


 背の高い男のひとも、仲間の女の子も。

 あんなひとたちとパーティを組めたら、きっと、楽しいんだろうな。

 でも──


 ぶかぶかの帽子を脱ぎ、ぐしゃりと抱き締める。

 あたしは、本当の仲間にはなれない。

 亜人、だから。

 あの三人も、あたしの耳を見れば、きっと引いてしまうだろう。

 軽蔑すらされるかもしれない。

 二十年前、ハルヴァを出奔して、ハウルマンバレーに入ったときのことを思い出す。

 あたしを見世物にした、あのひとたちのことを。

 裸に剥かれたあたしを見て、笑い、眉をひそめ、何事かを囁き合っていたひとたちのことを。

 そして──


「ナナ、さん……」


 あたしを助けてくれた、大好きなひとのことを。


「会いたい、よ……」


 涙が一筋、ほろりとこぼれた。

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