断章/ヤーエルヘル=ヤガタニ -1 帽子の少女
あたしのせいで依頼の魔獣を取り逃してから、ハイゼルさんは、ずっと機嫌が悪かった。
当然だと思う。
よりにもよって、ハイゼルさんの足元の地面を爆砕してしまったのだから。
ハイゼルさんは顔から転んで、パーティの仲間たちに笑われてしまった。
「……あの」
「──…………」
ハイゼルさんは肩を怒らせ、こちらを見てもくれない。
あたしは、すがるように、ヴィルデさんの顔を見上げた。
ヴィルデさんは、誉れ高き銀の刃で唯一、あたしに優しくしてくれたひとだった。
あたしの視線に、困ったように肩をすくめる。
頭に血がのぼったハイゼルさんは、ヴィルデさんでも宥められない。
それは、ここ二週間ほどの経験で、とてもよくわかっていた。
依頼の報告のため、ウガルデさんのギルドへ向かう。
あたしの仮住まいも、ここだ。
ウガルデさんは、とても優しく、けれど厳しいひとだ。
すぐにパーティを追い出されてしまうあたしを決して見限ることなく、無償で部屋まで貸してくれる。
でも、その優しさが、期待が、すこしだけ重かった。
──がらごろん!
ハイゼルさんが、ギルドの扉を乱暴に開き、あたしの肩を掴んだ。
「あうッ!」
そのままギルドに押し込まれ、足を滑らせて転ぶ。
「おい、大丈夫か?」
背の高い男のひとが、あたしに手を差し伸べようとしてくれる。
「ッたく、クソの役にも立たねえ! コイツのせいで何匹取り逃したか!」
「──……う」
あたしは、悲しくなってしまった。
どうして、あたしは、こんなに無能なんだろう。
半年近く前のことを思い出す。
あたしが、最初に組んだパーティのことを。
あたしを逃がそうとして、死んでしまったひともいた。
あたしは疫病神だ。
命を賭けて守る価値なんて、ないのに。
「おい、オッサン! よくも不良品掴ませてくれたなぁ!」
ウガルデさんが、眉をしかめる。
「そりゃ申し訳ねェが、相性ってもんがある。たまたま合わなかっただけだろう」
「相性以前の問題だ、ボケ!」
「ごめ、なし──」
あたしは、必死に謝ろうとした。
それくらいしか、できることがなかったから。
「チッ」
ハイゼルさんが、鞘こと長剣を振り上げる。
殴られるのだとわかった。
でも、それでハイゼルさんの気が済むのなら、それでよかった。
悪いのは、あたしなんだから。
「やめとけ」
「ぐッ……」
反射的に閉じていた目蓋を開くと、さっきの男のひとが、ハイゼルさんの手首を掴んでいた。
ごとん、と音を立てて、ハイゼルさんの長剣が落ちる。
「無抵抗の子供を殴るな。ムカつくんだよ」
「出しゃばってんじゃ──」
ハイゼルさんがこぶしを握り締め、男のひとに殴りかかる。
「──ねえッ!」
「やめ──」
やめて、と言いそうになって、思わず口をつぐむ。
「ぐボ……ッ!?」
膝から崩れ落ちたのが、ハイゼルさんのほうだったからだ。
「悪い悪い、弱い者いじめになっちまったな。まあ、お前もさっきしようとしてたことだし、因果応報ってことでよろしくな」
「……ぎざ、ま……!」
ハイゼルさんが、血走った目で男のひとを睨みつける。
「……うわ、だっさ」
「普段威張り散らしといてアレとか、引くわー」
銀の刃のふたりがハイゼルさんを嘲り笑う。
ヴィルデさんは、困ったような、複雑な表情を浮かべていた。
「……ごろ、……ずッ!」
顔を真っ赤にしたハイゼルさんが、拾い上げた鞘から長剣を抜こうとする。
ウガルデさんが、すこし慌てたように言った。
「おっと、ハイゼル。剣を抜いたら出禁にするし、警邏官も呼ぶぜ。ブラックリストに載りたくなきゃあ、そこまでにするこったな」
「ぐッ……」
ハイゼルさんが、手を止める。
「……いつか殺す!」
そして、肩を怒らせながら、報告も忘れて外へ出て行ってしまった。
ハイゼルさんたちを追う気には、とてもなれなかった。
きっと、また、迷惑をかけてしまう。
ハイゼルさんを怒らせてしまうし、ヴィルデさんを困らせてしまうだろう。
「チッ。もうすこし痛めつけてもよかったな」
男のひとが、右のこぶしを左の手のひらにぶつける。
隣にいた金髪の女の子が、不敵に笑いながら、言った。
「それにしても、随分と情けない捨て台詞であったな。〈いつか殺す〉などと」
「ああ。最初から最後まで一貫してダサかった。ある意味才能だな」
「うむ」
二人の仲間らしい白髪の女の子が、あたしを優しく助け起こしてくれる。
「だ、だいじょぶ……?」
「大丈夫、でし……」
白髪の子が、戸惑うように目をまるくした。
「で、でし?」
恥ずかしくなって顔を背ける。
「しみません、イナカモノなので。ナマリが強くて」
あたしは、三人に深く頭を下げると、ウガルデさんが貸してくれた部屋へと戻った。
中に入り、閉じた扉に背中を預ける。
「……優しかった、な」
背の高い男のひとも、仲間の女の子も。
あんなひとたちとパーティを組めたら、きっと、楽しいんだろうな。
でも──
ぶかぶかの帽子を脱ぎ、ぐしゃりと抱き締める。
あたしは、本当の仲間にはなれない。
亜人、だから。
あの三人も、あたしの耳を見れば、きっと引いてしまうだろう。
軽蔑すらされるかもしれない。
二十年前、ハルヴァを出奔して、ハウルマンバレーに入ったときのことを思い出す。
あたしを見世物にした、あのひとたちのことを。
裸に剥かれたあたしを見て、笑い、眉をひそめ、何事かを囁き合っていたひとたちのことを。
そして──
「ナナ、さん……」
あたしを助けてくれた、大好きなひとのことを。
「会いたい、よ……」
涙が一筋、ほろりとこぼれた。




