断章/プルクト=エル=ハラドナ -3 カッコいいって言ってくれるよな
しばらく治癒術に集中していると、ルインラインがわたしの名を口にした。
「……すまんな、プルクト殿。儂は、あなたの遺言を守れそうにない」
「え──」
動揺し、治癒術が一瞬止まる。
「エル=タナエルの遣わした案内人と言えど、今の言葉は看過できない。我が神を愚弄する者を、儂は赦さない」
「その調子で、何人の異端者を殺してきたんだ?」
「いちいち数えておらんよ」
「だろうな」
集中していたせいで、状況がわからなかった。
でも、ルインラインが怒っていることだけは、わかった。
「カタナ殿、これを」
ルインラインが、かたなの足元に短剣を放る。
「せめてもの情けだ。自害しろ」
「するわけないだろ」
「では、死ね」
「あ──」
ルインラインが、折れた神剣を抜き放つ。
わたしには、何が起こったのかわからなかった。
まばたきをした直後、大広間の岩壁に、横一文字の裂け目ができていた。
遠当てだ。
ルインラインは、かたなを、本気で殺そうとしていた。
「避けるか。[羅針盤]とは難儀なものよの。恐怖が長く続くだけだと言うのに」
かたなが、がたがたと震えながら、それでも足元の短剣を拾い上げる。
そして、切っ先をルインラインへと向けた。
震えている。
当たり前だよ。
怖いよ。
ルインラインは、今や〈死〉そのものだ。
勝てるはずない。
怯えるかたなの姿を見て、ルインラインが溜め息を吐く。
「……儂とカタナ殿の仲だ。先程の言葉を撤回すれば、腕一本で勘弁してやろう」
そうだよ。
本気で命乞いをしたら、ルインラインなら、腕も落とさずに赦してくれる。
だから、謝って。
だから、諦めて。
わたしのことはいいから。
自分のことだけ、考えて。
「プルは」
かたなの声は、恐怖に震えていた。
「プルは、どうなる」
それなのに。
「変わらん。贄とする」
かたなは、ルインラインから目を逸らさなかった。
「なら」
かたなの震えが、止まった。
「そんな言葉、なんの意味もない」
ルインラインが、苦しそうな表情を浮かべる。
きっと、かたなを赦したかった。
エル=タナエルの遣いだからじゃない。
ルインラインも、かたなを、一角の人物として認めていたから。
でも、かたなが儀式の邪魔をするのなら、殺さなければいけないから。
「……命を捨てるか、愚か者が」
ルインラインの右手が炎を纏う。
本気だった。
神剣を這い回る炎が、刀身を成す。
わたしは、思わず叫んでいた。
「かたなッ! 逃げて! わ、わたしのことはいいから……ッ!」
かたなが、わたしを見た。
笑顔で。
「諦めない」
こんなことは、なんでもないと。
わたしに勇気を与えるように。
「──そのほうが、カッコいいだろ?」
「ばか……!」
やめて。
殺さないで。
死なないで。
わたしは祈った。
エル=タナエルでも、他の陪神でも、エル=サンストプラでも構わない。
かたなを、助けて。
「[羅針盤]。選択肢を作り出し、未来へ導く能力か」
ルインラインが炎の神剣を構える。
「であれば、すべての未来を殺せばいいのだろう」
「何を──」
──そこから先は、何が起こっているのか、わからなかった。
見えなかった。
目を離さないようにしていたのに、わからなかった。
脳が理解を拒むような、神速の応酬。
わたしは祈った。
ただ、祈った。
そして、
「──馬鹿、な……」
気が付けば、かたなが、ルインラインを組み敷いていた。
「……う、そ……」
祈りが届いたのだろうか。
でも、かたなも無傷ではなかった。
体のあちこちに裂傷と火傷を負い、指が三本も炭化して失われている。
その状態で、ルインラインに短剣を振りかぶっていた。
ルインラインが、呆然と呟く。
「……そうか。儂は、間違っていたのだな」
「気──づくのが、遅いんだよ……」
「すまない」
たとえ[羅針盤]があったとしても、かたながルインラインに勝てたのは、きっと奇跡だ。
エル=タナエルの起こした奇跡なのだ。
ルインラインも、そう思っているだろう。
「……殺さんのか」
「俺、……は、あんたとは違う。間違いを、認めたん、……なら──」
「甘い」
ルインラインの裏拳が、かたなの構えていた短剣を弾き飛ばす。
そして、無理矢理立ち上がった。
僅かな力しか残されていなかったかたなが、一瞬だけ倒れ伏し、慌てて上体を起こす。
そのときには、既に、ルインラインは炎の神剣を構えていた。
なんとなく、わかった。
ルインラインが、何をするつもりなのか。
「──我が神を愚弄する者を、儂は赦さない」
そして、
ルインラインは、
炎の神剣で自分の腹部を貫いた。
「うッ……、ぐ、づあああッ!」
「ルイン、ライン……?」
内臓の焼ける音が大広間に響く。
「我が……、神よ。あな、たの、御心を見誤った、儂──を、愚かな下僕を、それ、で、も、どうか──、どうか、あなたの御、許──……」
ルインラインが膝をつき、倒れる。
そして、神剣から炎が掻き消えた。
わたしには、それが、ルインラインの命の灯火であるように思えた。
「──…………」
さようなら、ルインライン。
ありがとう。
ごめんね。
さまざまな感情が去来する。
わたしの死は、遠ざけられた。
でも、それを喜ぶ気にはなれなかった。




