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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部七章 パレ・ハラドナ
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断章/プルクト=エル=ハラドナ -3 カッコいいって言ってくれるよな

 しばらく治癒術に集中していると、ルインラインがわたしの名を口にした。


「……すまんな、プルクト殿。儂は、あなたの遺言を守れそうにない」


「え──」


 動揺し、治癒術が一瞬止まる。


「エル=タナエルの遣わした案内人と言えど、今の言葉は看過できない。我が神を愚弄する者を、儂は赦さない」


「その調子で、何人の異端者を殺してきたんだ?」


「いちいち数えておらんよ」


「だろうな」


 集中していたせいで、状況がわからなかった。

 でも、ルインラインが怒っていることだけは、わかった。


「カタナ殿、これを」


 ルインラインが、かたなの足元に短剣を放る。


「せめてもの情けだ。自害しろ」


「するわけないだろ」


「では、死ね」


「あ──」


 ルインラインが、折れた神剣を抜き放つ。

 わたしには、何が起こったのかわからなかった。

 まばたきをした直後、大広間の岩壁に、横一文字の裂け目ができていた。

 遠当てだ。

 ルインラインは、かたなを、本気で殺そうとしていた。


「避けるか。[羅針盤]とは難儀なものよの。恐怖が長く続くだけだと言うのに」


 かたなが、がたがたと震えながら、それでも足元の短剣を拾い上げる。

 そして、切っ先をルインラインへと向けた。

 震えている。

 当たり前だよ。

 怖いよ。

 ルインラインは、今や〈死〉そのものだ。

 勝てるはずない。

 怯えるかたなの姿を見て、ルインラインが溜め息を吐く。


「……儂とカタナ殿の仲だ。先程の言葉を撤回すれば、腕一本で勘弁してやろう」


 そうだよ。

 本気で命乞いをしたら、ルインラインなら、腕も落とさずに赦してくれる。

 だから、謝って。

 だから、諦めて。

 わたしのことはいいから。

 自分のことだけ、考えて。


「プルは」


 かたなの声は、恐怖に震えていた。


「プルは、どうなる」


 それなのに。


「変わらん。贄とする」


 かたなは、ルインラインから目を逸らさなかった。


「なら」


 かたなの震えが、止まった。


「そんな言葉、なんの意味もない」


 ルインラインが、苦しそうな表情を浮かべる。

 きっと、かたなを赦したかった。

 エル=タナエルの遣いだからじゃない。

 ルインラインも、かたなを、一角の人物として認めていたから。

 でも、かたなが儀式の邪魔をするのなら、殺さなければいけないから。


「……命を捨てるか、愚か者が」


 ルインラインの右手が炎を纏う。

 本気だった。

 神剣を這い回る炎が、刀身を成す。

 わたしは、思わず叫んでいた。


「かたなッ! 逃げて! わ、わたしのことはいいから……ッ!」


 かたなが、わたしを見た。

 笑顔で。


「諦めない」


 こんなことは、なんでもないと。

 わたしに勇気を与えるように。


「──そのほうが、カッコいいだろ?」


「ばか……!」


 やめて。

 殺さないで。

 死なないで。

 わたしは祈った。

 エル=タナエルでも、他の陪神でも、エル=サンストプラでも構わない。

 かたなを、助けて。


「[羅針盤]。選択肢を作り出し、未来へ導く能力か」


 ルインラインが炎の神剣を構える。


「であれば、すべての未来を殺せばいいのだろう」


「何を──」




 ──そこから先は、何が起こっているのか、わからなかった。




 見えなかった。

 目を離さないようにしていたのに、わからなかった。

 脳が理解を拒むような、神速の応酬。

 わたしは祈った。

 ただ、祈った。

 そして、


「──馬鹿、な……」


 気が付けば、かたなが、ルインラインを組み敷いていた。


「……う、そ……」


 祈りが届いたのだろうか。

 でも、かたなも無傷ではなかった。

 体のあちこちに裂傷と火傷を負い、指が三本も炭化して失われている。

 その状態で、ルインラインに短剣を振りかぶっていた。

 ルインラインが、呆然と呟く。


「……そうか。儂は、間違っていたのだな」


「気──づくのが、遅いんだよ……」


「すまない」


 たとえ[羅針盤]があったとしても、かたながルインラインに勝てたのは、きっと奇跡だ。

 エル=タナエルの起こした奇跡なのだ。

 ルインラインも、そう思っているだろう。


「……殺さんのか」


「俺、……は、あんたとは違う。間違いを、認めたん、……なら──」


「甘い」


 ルインラインの裏拳が、かたなの構えていた短剣を弾き飛ばす。

 そして、無理矢理立ち上がった。

 僅かな力しか残されていなかったかたなが、一瞬だけ倒れ伏し、慌てて上体を起こす。

 そのときには、既に、ルインラインは炎の神剣を構えていた。

 なんとなく、わかった。

 ルインラインが、何をするつもりなのか。


「──我が神を愚弄する者を、儂は赦さない」


 そして、

 ルインラインは、

 炎の神剣で自分の腹部を貫いた。


「うッ……、ぐ、づあああッ!」


「ルイン、ライン……?」


 内臓の焼ける音が大広間に響く。


「我が……、神よ。あな、たの、御心を見誤った、儂──を、愚かな下僕を、それ、で、も、どうか──、どうか、あなたの御、許──……」


 ルインラインが膝をつき、倒れる。

 そして、神剣から炎が掻き消えた。

 わたしには、それが、ルインラインの命の灯火であるように思えた。


「──…………」


 さようなら、ルインライン。

 ありがとう。

 ごめんね。

 さまざまな感情が去来する。

 わたしの死は、遠ざけられた。

 でも、それを喜ぶ気にはなれなかった。

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