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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部七章 パレ・ハラドナ
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断章/プルクト=エル=ハラドナ -2 君が眩しく見えたから

 地竜窟。

 カタナが、はだかのわたしを抱いて走り続けた。

 わたしを、ルインラインから、助けるために。

 そして辿り着いたのは、ボロボロの赤絨毯が敷かれた大広間だった。


「──はッ、は、はあッ……!」


 かたながわたしを下ろし、スーツの上着を羽織らせてくれる。


「ど、どうして……」


 どうして。


「どうして、わ、わたしを、助けた……ですか」


 本当に、わからなかった。

 だって、ルインラインに敵うわけがない。

[羅針盤]があったとしても、こんなの自殺と変わらない。


「本気で聞いてるんなら、げんこつだぞ」


 かたなが、冗談めかしてこぶしを振り上げる。


「ふぎゃ……」


 そして、切れた息を整えながら、言った。


「……楽しかった。俺は、この旅路が楽しかったんだ。いつまでも、どこまでだって行きたかった。プルと、ヘレジナと、──まあ、ルインラインも」


「──…………」


 そう、だったんだ。


「プルは、楽しくなかったか?」


 そんなの、決まってる。

 たいへんなことばかりで、血生臭くて、足にまめだってできたけど。

 わたしは、これまでの人生で、いちばん生きていた。

 いちばん、満たされていた。

 いちばん──


「……たの、し、……かった」


 あなたが。

 かたなが、いたから。


「そうか」


 かたなが、優しく微笑んだ。


「──俺、な」


 かたなの手が、わたしの頭に乗せられる。

 かたなの体温が伝わってくる。

 その感覚が、わたしは大好きだった。

 でも、続く言葉は、あまりに衝撃的で。


「死のうと思ってたんだ」


「え……」


「具体的に自殺の手段を考えてたわけじゃない。ただ、漠然と死にたかった。ある日いきなり空から隕石が降ってきて、地球ごと滅べばいいってずっと思ってた」


 わたしは、呆然とした。

 どうして。

 こんなにかっこよくて、優しくて、がんばり屋な人が、どうして死ななければならないのだろう。


「そんなとき、川で溺れてる女の子を見つけたんだ。川は、前日までの豪雨で増水してて、土色の濁流になってた。女の子は、何かの取っ掛かりに捕まって、必死に助けを求めていた。そんな可哀想な子供を見て、俺は思った」


「なん、……て?」


「──ああ、死ぬ言い訳を見つけた、ってな」


 思わず目を伏せる。

 優しく微笑みながら悲しい告白をするかたなの顔を、見ていられなかった。


「知ってるか。服を着て川に飛び込んだら、まず間違いなく溺れるんだぞ。どんなに泳ぎが上手な人だって、服を着たまま泳ぐことは難しい。そんなことは知っていた。知っていて、俺は、スーツのまま川へ飛び込んだ」


「──…………」


「女の子を、なんとか助けて。川岸へ運んで。これが最期の善行だと思った。野次馬たちが差し伸べてくれた手を振り払って、俺は、そのまま力を抜いた。それからは、プルの知ってる通りだよ。な、カッコ悪いだろ?」


「そんなこと……!」


 そんなこと、ない。

 絶対にない。

 でも、わたしの心は、気持ちは、かたなには伝わらなかった。


「カッコ悪いんだよ、俺は。あの子を助けることはできたかもしれない。でも、それは、死ぬための言い訳だ。自分の葬式で、いい人だったね──なんて一言が欲しかっただけなんだ。助けるのなら、死ぬべきじゃなかった。死ぬのなら、一人孤独に死ぬべきだった。俺は、あの女の子に、一生の負い目を作ったんだから」


「……あ、……うう……」


 わたしの口から、言葉にならない言葉が漏れる。

 否定できなかった。

 否定したいのに。

 かっこよかったって、言いたいのに。

 でも、かたなの言うこともわかってしまうから。


「──でも、お前は違う。お前は立ち向かった。ヘレジナを助けるために。最期は、この地竜窟で贄になるつもりだったのかもしれない。でも、あのときは、そんなこと頭から抜けてたはずだ。あそこで死ねば、贄になることすらできなかったんだから」


 かたなが目を閉じる。


「腰の引けた俺を責めるでもなく、ただ、自分の力でヘレジナを助けようと前を向いた。それが、俺には、たまらなく眩しく見えたんだ」


「──…………」


 かたなは、あのとき、そんなことを思っていたんだ。

 わたしは、そんな立派な人間じゃない。

 でも──

 ヘレジナを助けるために立ち上がったとき、わたしは、地竜窟で贄になることも、パレ・ハラドナのことも、頭から抜け落ちていた。

 ヘレジナに生きていてほしい。

 ただ、それだけを、考えていたように思う。

 かたなが、わたしの両肩に手を置いた。


「頼む、生きてくれ。一言でいい。生きたいんだって言ってくれ。そうしたら、俺は」


 わたしには、かたなが泣きそうに見えた。

 ああ、

 この人は、

 なんてあたたかいんだろう。

 どうして、そのあたたかさを、わたしなんかに向けてくれるのだろう。


「──お前を、きっと、助けてみせるから」


 その言葉を聞いた瞬間、我慢できなくなった。

 わたしの両目から涙が溢れるのがわかった。


「あ、……ああ、……ああああああ……」


 わたしは、かたなの胸に飛び込んだ。

 必死にすがりついた。

 離れたくなかった。

 本音が口から溢れ出す。

 誰にも、ヘレジナにすら打ち明けられなかった、わたしの本当の気持ちが。


「こ、……こわ、がった……! いやだった……! 死にたくなかった……! い、……生き、……生きて、いたいよう……!」


「……そっか」


 かたなが、わたしを抱き締める。

 そして、背中をそっと撫でてくれた。

 あたたかくて、心地よくて、ずっとこうしていたいと思った。

 でも、それは許されない。


「あのわからず屋を、説得するだけだ」


 かたなが、そう呟いた瞬間、


 ──どさっ。


 重い小麦の袋を落とすような音がして、わたしとかたなはそちらを振り向いた。


「わからず屋とは、儂のことかね」


 ルインラインがいた。

 わたしの死が、そこにいた。


「プル、明かりを頼む」


「は、はい……!」


 灯術の明かりを、大広間の天井に浮かべる。

 すると、見えた。

 ルインラインが投げ落としたものが、いったいなんだったのか。


「ヘレジナ……ッ!?」


 ルインラインの足元に倒れていたのは、血まみれのヘレジナだった。

 そんな。

 やめて。

 わたしの大切な人たちを、傷つけないで。

 わたしなら我慢するから。

 我慢して、死ぬから。


「なあ、プルクト殿。贄となる前に、ヘレジナの傷を塞いでやってくれんか。血を流し過ぎた。このままだと、死んでしまうかもしれんのでな」


「……ッ!」


 わたしは、ヘレジナの元へと駆け出した。

 そして、無数の傷の一つ一つに治癒術をかけていく。


「ありがとう」


 ルインラインの言葉を無視し、集中する。

 血が足りないのは、わたしの腕でもなんとかなる。

 問題は、傷の多さ。

 臓器さえ大きく損傷していなければ、問題はない。

 でも、すべての傷が臓器に達していれば、後遺症が残る可能性があった。

 治癒術を施していくにつれ、気付く。

 十や二十では利かない傷のすべてが、浅いのだ。

 ルインラインの言うことは正しかった。

 ヘレジナは、ただ、血を流し過ぎたから死の危険があっただけだ。

 傷は、一つたりとも致命には届かない。

 神業だった。

 同時に、ルインラインにヘレジナを殺す気がなかったことを理解する。

 やはり、ルインラインは優しい人だ。

 ただ、敬虔過ぎるだけ。

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