↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部七章 パレ・ハラドナ
296/332

断章/プルクト=エル=ハラドナ -1 神託

 ハノンソル・カジノでの大勝負のあと、わたしとかたな、それからナクルの三人は、十三階の息吹の間へと案内された。

 わたしがお風呂から上がると、ナクルはもう、ベッドで寝息を立てていた。

 灯術の街ハノンソルの夜景を、かたなと二人で眺める。

 不思議と心地よく、なんだかどきどきしてしまう。

 かたな。

 何度もわたしを助けてくれた、最高のお友達。

 わたしの命は地竜窟で尽きてしまうけど、彼に報いたかった。

 きっと、元の世界に帰りたいだろう。

 わたしが贄になったあとのこと、ルインラインにしっかり頼んでおかないとな。


「──…………」


「──……」


 わたしは、かたなに聞きたいことがあった。

 この心地よい無言の時間が終わってしまうのは寂しいけれど、切り出すべきだ。


「……その。かたな?」


「ああ」


「かたなには、……その。な、何が見えてるの……?」


 あの大勝負は、明らかにおかしかった。

 かたなには、カップが透けて見えている。

 そうとでも考えなければ、とても納得の行く展開ではなかった。

 助かったのは事実だけど、それはそれとして、かたなが見えているものが気に掛かった。


「……べつに、隠してたわけでもないんだがな。言う機会がとんとなかった。悪い」


「あ、その。えっと、……うん」


「──俺には、時折、選択肢が見えることがあってな。この世界に来てからのことだ。さっきの勝負であれば、ニーゼロを選ぶか、イチイチを選ぶか、ゼロニーを選ぶか、三つの選択肢が要所で表示されていた」


「せんたくし……」


 不思議な力だ。


「選択肢は色分けされていて、その選択をした場合の未来が大まかにわかるようになってる。青は好転、白は現状維持、黄色は注意で赤は危険──ってな具合にな」


「す、すごい……ね?」


「ああ、すごい」


 わたしは、思わず目を見開いていた。

 限定的とは言え、未来がわかる。

 それは、わたしが失ってしまった神託に、とてもよく似ていた。

 自嘲と共に口を開く。


「……か、かたなは、エル=タナエルの寵愛を受け、て、るんだね……」


「運命の女神、エル=タナエルか」


 かたなが、窓の外の月を見上げた。


「う、うん。銀輪教の主神……。こ、この世界を、お創りになったの。で、でも、わたしはダメみたい。皇巫女なのに、……エル=タナエルに嫌われちゃった」


「……どういうことだ?」


「──…………」


 わたしは、そっと立ち上がった。

 そして、窓ガラスに手を触れる。


「神託は、ある日突然に下る、……の。エル=タナエルが、わ、わたしの体を操って、どうにかして言葉を残す。そのあいだ、わたしに記憶はなくて。だ、だから、ひとがいればそのひとに伝えるし、誰もいなければ書き残す……みたい。あんまり覚えてないけど……」


 こんなふうに、と、わたしは窓ガラスに吐息を吹き掛け、曇った場所に猫の絵を描いた。


「か、かたな、覚えてるかな。わたしに下賜された神託の一つに、ぜ、前皇帝の崩御があった──って」


「ああ。ヘレジナが言ってたな」


「──…………」


 夜景に背を向け、かたなを振り返る。

 思い出す。

 お爺さまの、優しい笑顔を。


「パレ・ハラドナの前皇帝、は……。わたしのお爺さま、だったの」


「……それは」


 かたなが言葉に詰まるのがわかった。

 そして、悲しそうな顔をする。

 本当に優しい人だ。


「……わたし、お爺さまが好きだった。お城の中は、……その。ぎすぎすしてて、居心地が悪くて。で、でも、お爺さまといるときだけは、そんなことちっとも気にならなかった。だから、神託が下ったとき、決めたんだ。未来を覆そう、って」


 思い出す。

 必死にお爺さまを死から遠ざけようとした、あの日々を。


「こ、子供なりに頑張った、の。いろんなこと、した。死因はわからなかったから、お爺さまを危険から遠ざけた。暗殺が怖いから、なるべく部屋で過ごした。ど、毒殺も怖かったから、わたしが毒味をした」


「──…………」


「お爺さまは、自分の死をとうに受け入れてたけど……。でも、わたしのわがままに、ずっと付き合ってくれたんだ」


 そんなわたしのことを、ユラはひどく冷たい目で見ていたっけ。

 きっと、ユラにはわかっていたんだ。

 わたしの行為が徒労に終わることを。

 神託が絶対であることを。


「……神託で決められた日、お爺さまは倒れた。心臓の発作だったって、あとから聞いた。病気知らずだったのに。だから、思った。思ってしまったの……」


 自嘲の笑みを浮かべる。

 わたしは、無力だ。


「わたしが神託なんて授からなければ、お爺さまは死ななくて済んだんじゃないか──って」


 変えられない悲しい未来を識ったところで、それが何になるだろう。


「……きっと、ね。わたし、エル=タナエルに愛想をつかされてしまったんだあ。それから三年間、神託は、一度も下らなかった。そのせいでパレ・ハラドナの権威は失墜し始めてる。神託を授かれない皇巫女に、価値はないもんね……」


「……そうか」


 わかってる。

 本当は、わかってるんだ。

 この神託は偽物だ。

 わたしは、ただ、いたずらに命を捨てようとしている。

 でも──


「三年ぶりの神託を、外れましたの一言で片付けるわけにはいかない。絶対に的中するってわかってても、手をこまねいてはいられない。頼ってばかりで、ごめん。何も返せなくて、ごめんね。わたしにできることなら、なんだってする。だから──」


 わたしは、かたなの顔に自分の顔を近付けた。

 顔から火が出そうなくらい恥ずかしかったけど、そうした。


「かたな。地竜窟まで、わたしたちを導いてほしい」


 ずるいお願いだ。

 かたなは、きっと、わたしの頼み事を引き受けてくれる。

 それをわかっていて、頼むのだ。

 かたなが後悔することもわかっていて、それでも頼むのだ。

 でも。

 それでも。

 かたなの力を借りれば、確実に、期限内に地竜窟へと辿り着くことができるだろう。


「──…………」


 かたなが立ち上がり、わたしの頭に手を乗せる。


「!」


 どきりとした。

 かたなは、大人のお兄さんなんだ。

 それが、わかったから。


「プルは、嫌われてなんかないさ」


「……?」


「神さまの世界のことはわからんが、どんなシステムだって不具合を起こす。だから、多くの場合、不具合が起きた場合の対策が講じられている」


「え、と……」


 かたなの言っていることは、難しくてよくわからなかった。


「その対策が、恐らく俺なんだろうさ。神託を下賜するシステムがエラーを吐いてるから、半端に未来がわかる俺が現れた。それは、プルの力になるためだ。そうでなきゃ、あんな場所にいきなり現れたりはしないだろ」


 でも、わかることが一つだけあった。


「な、慰めてくれてる、……の?」


「……下手で悪かったな」


 かたなが、照れたように目を逸らす。

 かわいい。


「……ふへ、へ」


 わたしは、頭に触れたかたなの手を、そっと取った。

 男の人の手を握るのは、かたなが初めてだ。

 これまでの旅路で何度か握る機会があったけど、そのたびにどきどきしていた。


「そろそろ寝るか。ほら、空が白み始めてる。ルインラインたちがいつ来るかもわからないしな」


「う、うん……」


 本当は、もっと、かたなと話していたかった。

 わたしに残された時間は、とても少ない。

 眠気なんて、来なければいいのに。

 ずっと、ずっと、かたなとお話しできたらいいのに。

 でも、それは、叶わぬ願いだった。

 わたしは、自分の寝室へ向かいながら、一度だけ振り返った。


「おやすみ、かたな」


「ああ、おやすみ。プル」


 かたなに挨拶をして、寝室の扉を閉じる。

 その瞬間、不安が、恐怖が、わたしに襲い掛かってきた。

 思わずその場にしゃがみ込む。

 涙が、次から次へと溢れ出た。

 死にたくない。

 死にたくない。

 死にたくない。

 逃げられたらいいのに。

 かたなの故郷で、おこめを作って暮らせたら、どんなにいいだろう。

 そこでは、わたしは、かたなのお嫁さんなのだ。

 でも、ヘレジナが寂しい想いをしちゃうかな。

 ヘレジナもかたなのことが大好きだから、二人でかたなのお嫁さんになって、三人で暮らせたらいいな。

 ずっと、ずっと。

 そんな、夢のような幸福を考える。

 あり得ない未来を、願う。

 そうすると、すこしだけ心が落ち着いた。


「──…………」


 のそりと立ち上がり、ベッドへと倒れ込む。

 寝よう。

 眠ってしまえば、不安に駆られなくて済む。

 機会も残り少ないのだから、せめて幸せな夢が見たい。

 わたしの考える、最高の未来の夢を──

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。