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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部七章 パレ・ハラドナ
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断章/ヘレジナ=エーデルマン -終 光の花園

「な、──や、やめて……っ!」


 理性ではなく、感覚で理解してしまう。

 影の魔獣は、私に成り代わろうとしている。

 私自身になってしまえば、もう、光も影も必要なくなるだろう。

 私は必死に抵抗した。

 やめてくれ。

 私に、プルさまたちを殺させないでくれ。

 私の命でいいなら、いくらだってくれてやる。

 だから、それだけは──

 情けない叫び声を上げそうになったとき、見覚えのある人影が近付いてくるのが見えた。

 カタナ、だった。


「──カタ、ナ……! 何故、戻ってきた……!」


「な、……──に。そんな気分だったんだよ」


 カタナが、不自然な体勢で痛みに耐えている。

 治癒、していないのか?


「怪我──してるの、に、どうして来る……! プルさまを置いてまで、どうして……!」


「──…………」


 カタナが、空を見上げた。


「……憧れたから、かな」


 そして、肩に突き刺さった短剣の柄を握り、


「ぐッ、う、あああああああああああああああああああッ!」


 獰猛な獣のような咆哮と共にそれを抜き放った。

 やめてくれ。

 痛いだろう。

 無理しないでくれ。

 お前は、ただの一般人なんだ。

 私たちの事情に巻き込まれただけの、ただの。


「──はッ、はあッ、はあッ、はァ……」


 カタナが、血に濡れた短剣を左手で構える。


「お前のご主人さま、強い子だったからさ! 俺もそうなりたいって思っただけだッ!」


 言いながら、カタナは、私へ向けて駆け出した。

 視線でわかる。

 狙っているのは、影の本体だ。

 私の体が反射的に動いた。

 体操術まで用い、カタナのあごを真上に蹴り抜く。

 蹴り上げられたカタナの肉体が空中で一回転し、地面に倒れ伏す。


「カタナ……ッ!」


 逃げてくれ。

 憶病風に吹かれてくれ。

 軽蔑なんかしない。

 だって、それが当たり前なんだから。

 たった数時間前に出会った私たちのために、そんなに傷つくことはないんだ。


「──はッ」


 カタナが、笑う。


「逃げて、たまるか……!」


 そして、立ち上がった。

 立ち上がって、しまった。


「やめろ……。やめ、て、くれ……」


 視界が歪み、涙が頬をくすぐる。


「私に、お前を、殺させないでくれ……!」


 体が勝手に動き、立ち上がったばかりのカタナの鳩尾に掌底を入れる。


「──がッ、ほ!」


 カタナが、そのまま崩れ落ちる。

 私は、すこしだけ安心した。

 そのまま横になっていてくれ。

 だが、カタナの意志は固かった。

 何が彼をそうさせるのだろう。

 崩れ落ちる体を支えるために、地面に短剣を突き立てる。


「はッ、げホッ、はっ、はあ……ッ!」


 ぎい、ぎい。

 ぎい、ぎい。

 影の魔獣が、嗤う。


 やめろ。

 嗤うな。

 この人を、嗤うな。


 カタナは何度でも立ち上がった。

 そして、私の手によって、何度も地に伏せた。

 私は、もう、涙が溢れて止まらなかった。

 どうしてだろう。

 どうして、この人は、こんなに頑張れるのだろう。

 私たちのために、体を張ってくれるのだろう。

 やがて、カタナが大の字に寝転がり、動かなくなった。


「あ、……ああ……!」


 エル=タナエル。

 お願いです。

 この人を、この人だけは、助けてあげてください。

 死んでほしくないんです。

 私の旅路が終わったとしても、その先で生きていてほしいんです。

 誰でもいい。

 誰か。


「誰か──……!」



 それは、

 まるで、

 光の花園だった。



 蛍のような無数の光が高台をひらひらと埋め尽くし、やがて一斉に花開く。

 無数の光球が世界から影を奪い去り──


 黒板を鉄の棒で思いきり引っ掻くような音が、周囲に轟いた。


 ──ああ、そうか。

 カタナとプルさまは、最初からこれを狙っていたんだ。

 安堵する。

 そのとき、私の足元から、小さく黒い塊がカタナのほうへと飛び去るのが見えた。

 慌てて危険を知らせようとしたとき、私の前を誰かが通り過ぎた。


「──口を閉じるといい。体内とて影は影だ」


 師匠だった。

 師匠が、カタナへ向かって飛んで行く影を、難なく掴み取る。


「生憎と、火葬の用意しかなくてな」


 師匠の右手が燃え上がる。

 そして、閃光と炎に包まれた影の魔獣は、今度こそ絶命した。


「詰めこそ甘いが、素晴らしい機転だ。なにより恩もある。プルクト殿とヘレジナを導いていただいたこと、誠に感謝する。儂の名は、ルインライン=サディクル。貴殿の──」


 師匠がそこまで言ったとき、カタナがその場に倒れ込んだ。


「──カタナッ!」


 私は、自由になった体でカタナの元へと駆け寄り、その体を抱き締めた。


「ばか! ばか……ッ!」


 涙が溢れる。

 止まらない。

 触れ合わせた胸元から、カタナの鼓動を感じる。

 生きている。

 私は、心の底からエル=タナエルに感謝した。


「か、……かた、な……っ!」


 プルさまが駆けてくる。


「プルさま! カタナに治癒術をお願いします!」


「わっ、わわ、わかった! すぐ!」


 プルさまがカタナに治癒術を施すあいだも、私はカタナの体を抱き締め続けた。

 離すと、魂がどこかへ行ってしまいそうで怖かったからだ。


「……そうか。素晴らしい人物だのう」


 はぐれてからの数時間を話すと、師匠は嬉しそうに頷いた。


「ええ、本当に……」


「惚れたか」


「──…………」


 私は、師匠を半眼で見つめた。


「師匠。そのからかい方は、さすがにおっさんくさいかと」


「ひどいのう」


「で、でも、……ふへ。かたなは、恩人。恩人には、報いたい、……ね!」


「ええ、本当に。私に、何を返せるかはわかりませんが……」


 この、疲れた目をしていて、皮肉屋で、そして誰より熱い心根の持ち主に、いつか恩を返したい。

 私は、彼を抱き締めながら、心の底からそう願っていた。

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