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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部七章 パレ・ハラドナ
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断章/ヘレジナ=エーデルマン -2 影の魔獣

 高台の頂上、師匠に私たちの位置を知らせるための灯術の真下で、私はカタナに尋ねた。


「お前、私のことを何歳だと思っている」


 カタナが即答する。


「十四歳」


 その返答にくらりと来つつ、言い返す。


「二十八だ、馬鹿者!」


「は?」


 迫真の「は?」に、カタナが本気で私のことを十四歳だと思っていたことを察する。

 年若く見られることはあれど、十四歳はないだろう、十四歳は。

 実年齢の半分ではないか。

 カタナが、私の頭のてっぺんから足の先までじろじろと見つめる。


「な、何を見ている」


「頑張って十六歳」


「二十八だと言っておるだろうに……」


 思わず肩を落とす。


「ま、まあ、慣れている。慣れてはいる。だが、二十八歳なのだ。ほんとなのだ……」


 どんどん気持ちが落ちていく。

 どうせ見た目子供ですよ。

 どうせ色気の欠片もないですよ。

 くそう。


「いや、そのだな。こんなことで嘘はつかないと思うんだが、あまりに信じがたくて」


「へ、ヘレジナ! だいじょうぶ! どこからどう見ても、に、二十八歳の熟れた女の体だよ!」


 プルさま、そのフォローはどうなのでしょう。

 カタナが慌てて話を逸らす。


「じゃあ、プルは?」


「わ、わたしは、十五歳でっす……」


 カタナが、納得したように頷く。

 プルさまの年齢に否やはないようだ。


「プルさまより下に見られておったのだな……」


 ショックだった。

 私は、プルさまの従者ではあるが、同時に姉を気取ってもいる。

 守るべき妹よりも幼く見えた、ということだろう。

 落ち込む私を気遣ってか、カタナが慌てて言葉を紡ぐ。


「その、なんだ。三十路を迎えれば、自分の若い外見がむしろ誇れるように──」


 言葉の途中で、カタナが唐突に視線を逸らした。


「──ヘレジナ! プルの影!」


 カタナの言葉に従い、プルさまの影を見る。

 プルさまの影が一ツ目の怪物となり、徐々に厚みを帯びていくところだった。


「疾ッ!」


 腰の鞘から双剣の片方を抜き放ち、そのままの勢いで投擲する。

 短剣が一ツ目に刺さった瞬間、プルさまの影から厚みが失われた。


「影の魔獣! 夜を渡ってきたのか!」


 ぎい、ぎい。

 ぎい、ぎい。

 壊れた蝶番のような音が周囲にこだまする。


「わ、わ、ふぎゃ!」


 プルさまが、その場に尻餅をついた。


「今のが魔獣か?」


「プルさま、お怪我は!」


「だ、だいじょうぶ、……でっす! それより、ま、魔獣は、まだわたしの影のなかに──」


 プルさまが、影に刺さった短剣を抜き、その刃先を自らの喉に向ける。


「ッ!」


 慌てて止めに入るが、カタナのほうが早かった。


「プル!」


 カタナがプルさまの手首を掴むが、その腕は頑として動かない。


「く、……ッ!」


 カタナがプルさまに突き飛ばされる。

 プルさまが、ゆらりと立ち上がった。


「プルさま、お気を確かに!」


 ふらふらと頭を前後に振りながら、プルさまが苦しげにうめく。


「──か、から、……だの、自由が……」


 ぎい、ぎい。

 ぎい、ぎい。

 無機質なその鳴き声に、愉悦が混じっているように感じられた。

 私は、プルさまとの距離を詰めるべきか迷っていた。

 影の魔獣は影を渡り、取り憑いた影の持ち主を操る。

 もし、私が取り憑かれてしまえば、非戦闘員であるプルさまとカタナに為す術はない。


 冷静になれ、ヘレジナ=エーデルマン。

 お前は、世界一の剣術士ルインライン=サディクルの、唯一の弟子なのだから。


 様子を見ていると、プルさまに動きがあった。

 自傷行為であれば、必ずお止めする。

 だが、違った。

 投げナイフのように、短剣をこちらへ投擲しようとしたのだ。


「避け、……てッ!」


 だが、その程度であればなんら問題はない。

 私は、プルさまが投げ放った短剣を、指二本で容易に受け止めてみせた。


「心配めさるな! このヘレジナ=エーデルマン、短剣の百本や二百本など、へいちゃらのへーですとも!」


「ち、違うの!」


 プルさまが悲痛な叫び声を上げた。


「い、い、いま、短剣の影に潜んで──」


 ぎい、と。

 足元でした鳴き声に、ぞわりと悪寒が走る。


 ぎい、ぎい。

 ぎい、ぎい。

 笑っている。

 私の不用意を、この魔獣は笑っていた。

 肉体の操作権が侵蝕され始めているのを感じる。


「──…………」


 覚悟する。


「──カタナ」


 私は、たった数時間前に出会ったばかりの冴えない男の名前を呼んだ。


「できるなら、私を殺せ。できないのなら、プルさまを連れて逃げろ。私に背を向けて二度と振り返るな。ヘレジナ=エーデルマンの旅路はここで終わる」


 ああ、嫌だな。

 私は、まだ、何も成していない。

 私は、まだ、何者でもない。

 でも──

 プルさまを巻き込むよりは、ずっといい。

 無理矢理に笑顔を浮かべ、告げる。


「師匠と合流するまで、プルさまを慰めてあげてほしい。プルさまは、とてもお優しい方だから……」


「ヘレ、……ジナ……?」


 プルさまが、呆然と立ち尽くす。

 ごめんね、プル。

 ずっと一緒にいたかった。

 一人にして、ごめん。

 ごめんね。


「──さあ、行け! いつまでも耐えられはしない!」


 すこしのあいだ考え込んでいたカタナが、プルさまの手を掴んだ。


「かたな……?」


「舌噛むぞ」


「あっ──」


 二人が高台から駆け下りようとしたとき、影の魔獣によって私の肉体の操作権が完全に奪われた。


「やめ──」


 私の体が、短剣を投げ放つ。

 短剣は、カタナの右肩に命中したようだった。


「あ、……ああ……」


 ごめん、カタナ。

 痛かったよね。

 ごめん。


「──……?」


 影の魔獣は、私の肉体を操り、自殺させるものかと思っていた。

 だが、違った。

 すぐに気付く。

 そうか、プルさまの灯術か。

 影の魔獣と呼ばれるからには、影が濃ければ濃いほどに本領を発揮できるのかもしれない。

 であれば、灯術によって明るく照らし出されたこの高台から出ようとしないのも、納得はできる。

 となれば、師匠が間に合ってくれるかもしれない。

 そう思ったのも束の間だった。

 足が。

 足が、じわりと痛み始めた。


「つ──」


 痛む右足を見る。

 爪先からふくらはぎまでが黒く染まっていた。

 影から数本の平面的な触手が這い出る。

 そして、私の体に絡みつき、触れた場所から色を奪い始めた。

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