断章/ヘレジナ=エーデルマン -1 出会い
「──ろぼー! どろぼーです! どろぼーかつ覗きです! に、二重の意味で重犯罪です! ヘレジナ! ヘレジナあ!」
「──ッ!」
泉周辺の警備を行っていた私の耳に、絹を裂くようなプルさまの悲鳴が届いた。
「ま、待った! 俺は泥棒でも覗きでもない! つーか、なんでそうなるんだよ!」
「だ、だ、だって、わたしの服!」
「これは俺のスーツ!」
プルさまと言い争う男の声も聞こえてくる。
「──プルさまッ!」
私は、銀琴を手に、慌てて声の元へと向かった。
そこにいたのは、くたびれ、うらぶれた、目のクマのひどい怪しげな男だった。
パラキストリの刺客としてはいささか冴えないが、人は見た目によらないものだ。
「もともと俺ンだよ! 待て、今広げてみせるか──」
私は、瞬時につがえた光の矢を、男の頭部へと容赦なく放った。
威力は最小限。
なあに、死にはすまい。たぶん。
完璧な狙い、完璧な軌道で放たれた光の矢は、しかし、
「──おわッ!」
男が唐突に泉へと倒れ込んだことで、結果的に避けられることとなった。
男の頭部をかすめた光の矢は岩壁に命中し、こぶし二つ分ほどの窪みを生じさせた。
避けた、だと?
男に、私に気付いている素振りはなかった。
たまたまだろうか。
私は、男に向かって再び銀琴を構え直した。
「貴様、パラキストリの刺客か! よくもプルさまを手込めに!」
「してないしてないしてない! なんで伝言ゲーム一手目から間違うんだよ!」
「この銀琴で顔面に風穴開けてくれるわ!」
男が、手に持っていた上着を広げる。
見たこともない装束に、思わず目を奪われた。
「ほら、俺のだ。この子が着たら、だぼだぼだろ」
「……ふむん?」
やはり、パラキストリの刺客ではない気がしてきた。
と言うのも、身のこなしがあまりに素人くさすぎるのだ。
一射目の件についても、師範級、奇跡級の術士であれば、もっと華麗に避けたはずだ。
たまたま尻が滑ったのかもしれない。
私は、プルさまへと視線を向けた。
「ぱ、ぱ、ぱんつとか隠してるかも……」
「なんだと!」
それが事実であれば、見過ごせるはずがない。
どうして流転の森くんだりまで着て下着泥棒に興じているのかはわからないが、変態を世に蔓延らせてはならないのだ。
「……あー」
男は、疲れた顔を余計に疲れさせ、溜め息を一つ吐いた。
「やはり盗んだのだな、プルさまの下着を! よりにもよってお気に入りのフリルマシマシを!」
「な、な、なんでヘレジナがわたしのぱんつ……」
「プルさまはよく転ぶので」
「ふぎゃ……」
本当によく転びなさる。
脊髄反射の治癒術で怪我こそなさらないが、顔面から行くたびに私はハラハラしてしまう。
「ほら、持ち物検査でもなんでもしろ。何も出なかったら潔白ってことでいいな?」
男が、軽く両手を上げながら、そう言った。
「──…………」
思案する。
何かの理由で流転の森に入った一般人である可能性は、決して低くはないだろう。
パラキストリの刺客であれば、私が気付く前にプルさまの命を狙うべきだ。
「いいだろう。まあ、プルさまの早とちりのような気もしてきたところだしな」
清水を掻き分けながら川岸まで歩いてきた男の持ち物を詳しく調べる。
ペンにハンカチ、用途不明の綺麗な板があったくらいで、危険物らしきものは一切持ち歩いていなかった。
「──これって、異世界転移ってやつか?」
「何か言ったか?」
「いや、なんでもない」
これが、私──ヘレジナ=エーデルマンと、カタナとの出会いだった。




