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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部七章 パレ・ハラドナ
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3/或る時、或る部屋で -終 未来を紡ぐ

「……それが嫌なんだよ。神の尺度で人が死ぬ。俺の心の中まで見てたんなら、わかるだろ」


「まね。でも、プルクトちゃんと子供作りたいっしょ?」


 エル=タナエルが卑猥なハンドサインを作って見せてくる。


「こら、やめなさい。やめなさい」


「──ま、神《わたし》たちと形無は、一時的には手を組めると思ってるのよ。魔竜ルインラインを斃して、その先を生きる。その点では利害一致してるはず」


「……そうだな。その点では」


「いくら避けても、いくら逃げても、ハルユラは神託で追ってくる。だったら、真正面から乗り越えるしかないのだ。ちゅーわけで、アイディアきぼんぬ」


「古っ」


「神《わたし》的には最近よ」


 ふと、デムリカがノートパソコンを覗く。


「──エル=タナエル。ノートに触れても?」


「ええよ」


 俺たちに画面を見せるためか、すこし無理のある角度で、デムリカがノートパソコンを軽く操作する。


「私としては、彼女が鍵になるかと」


 ディスプレイに表示されていたのは、白衣を着た亜人の少女だった。


「ハレ=フラスネイオン? トレロ・マ・レボロの発明家の女の子だっけ。けっこう高確率で形無のパーティに押し掛けてたよね」


「俺たちに?」


「形無たちが、その子にとって、すンごい面白い存在だったみたい。よくわからんけど」


「そういう世界線もあったんだな……」


「あと、治癒術を使える友人知人は集めておいたほうがいいかと。ワンテール島からも、マナナかバルマのどちらかは欲しいところです」


 エル=タナエルが、興味深げに頷く。


「フンフン。なんで?」


「彼女の発明品に、面白いものがあったことを思い出しまして」


「発明品、か」


 さすが発明家である。


「魔術の効果を離れた位置に発現させる道具です。Aパーツに治癒術をかけると、Bパーツを所持している人に効果が発揮されるというイメージですね。これ、使えると思いませんか?」


「──あ、プルの脊髄反射の治癒術!」


「ええ。アーラーヤは置き治癒術とも呼んでいましたね。治癒術は、あらかじめ発動しておけば、傷が大きくなる前に次々と塞がり重傷を負うことがありません。この状態であれば、天眼一閃が一度きりの必殺技ではなくなります」


「おー! さすが智慧の陪神!」


「恐縮です」


 これまでの会話を振り返る。


「俺の記憶を封印し、第五章まで再演。第五章の終了時に記憶を取り戻し、ワンテール島でマナナかバルマ、バレボロでアーラーヤとクロケー、そしてトレロ・マ・レボロでハレって亜人の子を仲間にする。ハレの発明品で治癒術を俺に集めながら、魔竜ルインラインと再戦する──と」


「うーし、燃えてきた。次こそ未来を掴み取るぞう!」


「──エル=タナエル。一つ頼みがある」


「なんぞ?」


 ガッツポーズのまま停止しているエル=タナエルに、俺は言った。

 恐らくは、残酷な言葉を。


「[羅針盤]は、もう、いらない」


「──…………」


「繰り返したって、それが良い結果に繋がるとは限らない。よくわかっただろ。俺は、繰り返したくない。繰り返せるからと、真剣に生きられなくなる弱い自分が怖い。人生は一度きりでいい」


 エル=タナエルの表情は、怒りでも、悲しみでも、落胆でもなかった。

 何を言われているのか、わからない。

 そんな顔だった。


「……加護を、いらないって言われたの、初めて。ショックかも」


 さすがに罪悪感を覚え、フォローする。


「ま、まあ、ほら。それ以外の支援とか情報はもらってるしな。十分十分」


「ほんとお? ほんとは加護、欲しいんじゃない? 女神の寵愛だよ? 誰しも欲しがるやつだよ? 我慢しなくていいんだぜい」


 肘でつついてくるエル=タナエルに、俺は、そっと微笑んだ。


「もう、十分だよ」


「──…………」


 エル=タナエルが、すこしだけ、悲しそうに目を伏せた。


「形無」


 デムリカに名前を呼ばれ、振り返る。


「[羅針盤]でなければよいのでしょう? うちの女神は、拒絶されることに慣れておりませんで。何か一つでもいい。もらってやってください」


「そう言われても──」


 固辞しかけたが、エル=タナエルが、まるで捨てられた仔猫のように見えてしまって。


「……誰か死んでも一度だけ生き返せる方法、とか。頼んだらくれたりするか?」


「ほう」


 エル=タナエルが、にまりと笑う。


「だったら、サザスラーヤの丸薬をあげよう。あの子の血から精製したものだから、口に入れるだけで一発! 治癒術の必要もなし!」


「なんか出自がアレだけど、ありがとう。もらっとくよ」


「形無、上着脱いで」


「うん?」


「スーツの上着、結局ずーっと荷物に入れっぱなしだったじゃん。なら、上着のどっかに仕込んどけば、記憶封印してもパラドックスが起きるほどの違いにはならない、……はず」


「あ、なるほどな。頭いいじゃん」


「神ぞ」


「ははー」


 俺が上着を脱いでいるあいだに、エル=タナエルが、デスクの引き出しから真紅の丸薬を取り出した。

 透明なビニール素材の袋に丸薬を入れて、スーツの胸元にそっと押し込む。

 まるで手品のように、袋が消えてなくなった。


「よしよし。内ポケットの中を切ると出てくるようにしたぞい」


「……今、さりげに物質透過とかした?」


「しないと入らないし……」


 さすが創世の女神だと、妙なところで納得してしまった。


「ありがとうな、エル=タナエル」


「頑張ってね、パパン」


「娘にしたくはないんだよな……」


「認知してね」


 したくない。


「──それで、また、川であの子を助ければいいのか?」


「いちいち手間だし、心の準備が整い次第スパンと飛ばすよ」


「いや、それだとあの女の子が……」


「気になるなら助けとく。そのほうが、あの子も変な負い目とかなくていいでしょ」


「……そうかもな」


 俺は、ちびちび飲んでいた生姜湯を一気に飲み干した。


「さ、いつでもいいぜ」


「おうけい」


「形無。あなたの旅路を、地球《タナエル》から応援しております」


「サンキュー、デムリカ」


「なんとか神《わたし》のパパンにしてやるから覚悟しとけよなあ……」


「怖いんですけど」


 俺は、コタツから立ち上がった。


「──ま、父親になる気はさらさらないが」


 エル=タナエルの頭を撫でる。

 艶のある、細く柔らかい髪の毛だった。


「またな、エル=タナエル。ちっと頑張ってくるわ」


「うん!」


 エル=タナエルが、まるで子供のように満面の笑みを浮かべる。


「行ってらっしゃい、形無」






 ──こぽり。


 口から漏れた歪な泡が、瞬間ごとに形を変えながら、上へ上へと昇っていく。

 対して俺の肉体は、水の冷たさに指先を痺れさせながら、下へ下へと落ちていった。

 次に目を覚ましたときは、記憶が封印されているのだろう。

 記憶を失った俺には選択肢が見えるかもしれないが、それはあくまで再演に過ぎない。

 繰り返しは、これで最後だ。

 行こう、月《サンストプラ》へ。

 そして、未来を紡ぐのだ。

 ルインライン。

 俺は、あなたを超えてみせる。

 だから、待っていてくれ。


 気が付けば、俺の目の前に、二行の文章が浮かび上がっていた。




【青】再び始める


【黒】終わる




 俺は、迷うことなく、青い枠へと右手を伸ばした。


 これが、最後の[羅針盤]だ。

 ここから先の人生は、俺自身が決めるのだ。

 幻のように実体のないそれは容易に崩れ落ち、光の粒となって周囲を満たし始める。


 やがて、意識までもが白に染まり──

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