3/或る時、或る部屋で -4 常時神眼の苦悩
「エル=サンストプラとしては、神託を与えるのは双子のどちらでも構わなかった。故に、神託がハルユラではなくプルクトに下っていても、決しておかしくはありません。かつてはプルクトに神託が下賜されていた。立場がまるきり正反対だったのです」
「マジ、かよ……」
プルが、かつては、あのハルユラのように振る舞っていた?
事実なのだろう。
だが、とても想像がつかなかった。
「でも、とある事件が起きてね。第五章で、形無たち、六十年前にタイムスリップしたでしょ」
「ああ」
「神たちは軽率に時間を早送りしたり早戻ししたりするけど、あの神隠しの遺跡は違う。途中の時間をすっ飛ばす時間遡行って、かなーり危険なのよ」
「タイムパラドックスが起きる、ってことか?」
「それ。神にも、恐らくエル=サンストプラにも把握できない事態が、あのとき起こった。そして、世界はひとときバラバラになった。そして、なんとかそれを修復したのちに、神とエル=サンストプラは無言のうちに協定を結んだ。神は主人公を、エル=サンストプラはヒロインを交代させたんだ。二度と世界が終わらないように」
「……そんな綱渡りだったのか」
「第五章に関しては、神もそうだし、エル=サンストプラもかなり気を払って進めてるはずだよ。僅かな矛盾も起こらないように。だから、神には、これ以上主人公を交代させることはできんのよ。六十年前に、形無が、エン・ミウラ島を救った。この事実を変えるためには、また六十年前からやり直さないといけない。神力的にもかなーりきついし、エル=サンストプラと言葉でやり取りできるわけでもないのがさらにきつい。邪魔し邪魔されまたドカン!ってことがあり得る以上、主人公とヒロインはもういじれんの」
「なるほどな……」
「だから、もう一度最初からやり直すにしても、形無の記憶を一時的に封印しようと思ってるんだ。そうすれば、第一章から第五章まで、形無が[羅針盤]に対して出した答えの通りに進んでくれるはず」
「ああ。すこしでも未来を知ってると、逆に、まったく同じようには振る舞えないからか」
「そゆこと」
正直、面白くはない。
だが、俺の記憶があることですべてが歪んでしまうと言うのなら、従うしかないだろう。
「……俺の記憶、ちゃんと戻してくれるんだよな?」
「とーぜん」
エル=タナエルが、平たい胸を張る。
「口約束が信じられなかったら、こう考えなさいな。自分は、すべての世界線で唯一、魔竜ルインラインと相討ちになった男だ。こんな有能な自分を女神さまが重用しないわけがない──ってさ」
苦笑する。
「ま、そう思っとくとするよ」
デムリカが、大きく頷く。
「これで、第五章終了時点で既に、形無は天眼を使うことができる。強くてニューゲームならぬ、強くてコンティニューと言うわけです」
「あ、なるほど。確かにそうなる」
腕を組みながら、エル=タナエルが神妙な顔をした。
「主神級同士とは言え、さすがに魔竜ルインラインのがまだ強い。なにせ、魔竜ルインラインは常に神眼状態。普通に神眼を使う感覚で気軽に天眼状態に入ってるからね」
「──……常に、神眼?」
俺には、わかる。
俺にだけ、わかる。
常に神眼状態であることの孤独さが。
相手が何を言っているのかすら判然としない。
こちらの言うことは相手に届かない。
傍にいるのに、心を通わせることができないのだ。
別の時間を生きるとは、そういうことだ。
「そうか。だからか……」
だから、ルインラインは何も言葉を発さなかった。
なんの感情も見せなかった。
他者との交流を諦めていたのだ。
「……ええ。彼は、銀琴を持っているハルユラの意志だけを知ることができた。だからハルユラは常に銀琴を携帯していたし、ルインラインはあなたの言うことを聞かなかったのです」
ふと、あることを思い出す。
「いや、待て。ルインラインはエル=タナエルの敬虔な信徒だ。ハルユラがエル=サンストプラの命で動いてるってわかれば、戦闘は避けられるんじゃないか? 神眼を使えば俺は会話できると思うし、駄目でも筆談とかさ」
エル=タナエルが、再びコタツの天板に突っ伏した。
「だったらネー。よかったんだけどネー」
「よくないわけね……」
「考えろ、考えるのだ形無よ。銀琴って、なんのために存在したか覚えてる?」
「……〈白銀の琴〉って魔術兵器を作るためのプロトタイプ、だよな」
「んで、〈白銀の琴〉は何をどうしたっけ?」
「なんか、大陸に使って、エル=サンストプラを造り上げたって……」
「〈白銀の琴〉を使って生み出されたエル=サンストプラ。銀琴を使って生み出された魔竜ルインライン。魔竜ルインラインは、この世で最もエル=サンストプラに近い存在なんよ。しかも、舞台は月。介入できないほうがおかしい」
「……ルインラインが、エル=サンストプラの信徒になってる可能性もあるのか」
「可能性どころか、そうなってるでしょ。行動からして」
「──…………」
あれほどエル=タナエルを崇め、焦がれ、御許へ行こうと自刃すらしたルインラインが、今はエル=サンストプラの信徒にさせられている。
心苦しかった。
まるで、彼が道具扱いされているように思えてならなかったからだ。
もっとも、俺自身も、エル=タナエルから見れば愛着のある道具くらいの認識なのかもしれないけれど。
「デムリカ、何か良案はある? 神、もう無理かも。エイムもぜんぜん上達しないし」
「頑張れや、女神」
デムリカが苦笑する。
「こうは言っておられますけど、やると決めたら絶対にやり遂げる御方ですので……」
「やると決めたことの一つが俺とプルの子供に転生することだから、どうにか中間を取ってはいただけませんかね」
「ええやん。神の父と神の母ぞ」
「いや、絶対また戦争仕掛けるだろ。エル=サンストプラに」
「アッたりまえだらあ!」
「──…………」
やはり、価値観が違う。
同じ人間の姿を取り、人間に近い人格を有していても、人と神とはどこかで相容れない。
見えているものが、違うから。




