3/或る時、或る部屋で -3 最初の主人公、最初のヒロイン
「ほんで、第一章からもう大変だったんすわ」
「……第一章?」
「せっかくノベルゲーっぽくしたんだし、章立てもしようと思って。第一章、パラキストリ連邦編。第二章、遺物三都編。第三章、ラーイウラ王国編。第四章、ウージスパイン魔術大学校編。第五章、海洋国アーウェン編──ってね」
「まあ、区切るとしたらそうなるか……」
「第一章から、ハードどころじゃないヘルモード。選択を間違えれば地竜窟に辿り着けずにプルクトちゃんは処刑されるし、辿り着いたら辿り着いたで世界一の剣術士とタイマンだよ。何回繰り返したと思う?」
想像もつかない。
「……いちまんかい、くらい?」
「三十二億二千十万九百九十八回」
「は?」
「三十二億二千十万九百九十八回」
「……まァじで」
「当然と言えば当然だけんどねー。なにせ、ぱんぴーが世界一の剣術士に[羅針盤]のみで挑もうってんだから。試行回数の暴力で押し通るしかないわけですよ」
「そう、だな。それはそうだ……」
時が経てば経つほど、世界を知れば知るほど、あのとき俺がルインラインに勝てたのが奇跡にしか思えなかった。
むしろ、三十二億回程度で済んだのが不思議なくらいだ。
「そして、第一章の終了時点で、とある誤算が生じました」
「誤算?」
「ええ。神眼、です」
神眼。
俺は、居住まいを正した。
神眼については、ずっと気になっていたのだ。
「形無。神眼のこと、[羅針盤]の残滓って最初は考えてたよね。実はそれ、半分正解」
「半分は合ってたのか」
ラライエ戦の時点で、[羅針盤]が失われていないことがわかった。
だから、神眼は、本当に出自の不明な能力だったのだ。
「実は、[羅針盤]にはバグがあってね。繰り返しのとき、ほん……ッとーに、ちょみっとだけ、経験が蓄積されてたんだよ」
「──あ、繰り返しまくってたから!」
「ぴんぽん。三十二億回の積み重ねが、形無に神眼を与えた。これは形無をパワーアップできる嬉しい誤算でもあったんだけど、同時に、とある未来も暗示していた。わかる?」
「──…………」
わかる気がした。
「もし、また同じように強敵が現れて、同じように苦戦してしまったら」
思わず目を伏せる。
「……俺は、きっと、おかしくなってしまう」
「そそ。リセットする前の形無は、まさしくその状態だった。なにせ、意識が天眼状態から戻らなくなってたからね」
デムリカが、湯飲みを両手で持ちながら、言った。
「魔竜ルインラインを斃し、プルクトを助け出す。この未来を手に入れることが、どうしてもできなかった。繰り返し過ぎたんです」
「……具体的に、何回繰り返したんだ?」
「答えられません」
「答えられない、って……」
「ええ。この数字を言い表す言葉が、ないのです。無理に表現しようとすると、一般に巨大数論と呼ばれる学問の概念を引っ張り出す必要があります。それでも知りたければ──」
「あ、いい。いい。目が回りそうだ……」
エル=タナエルが、苦労話とも自慢話ともつかないトーンで言った。
「そんだけの回数ぶん回すんだから、ほんと大変だったんよ。宇宙を百三十八億年加速させるより疲れたって言ったら、伝わる?」
「スケールでか過ぎてさっぱりわからん」
「もう、ずーっと神パソに張り付いててさ。あるときついに常時天眼状態にまで辿り着いちゃって。神がそれに気付いて止めるまで、ほんとに一瞬。たったそれだけで、形無にとっては七十三万年が経過してた」
「──…………」
「苦しめるつもり、なかったんだけど。それはほんとめんご」
軽い。
俺は、生姜湯をひとくち啜り、尋ねた。
「……それで、これからどうすんだ。魔竜ルインラインは突破できないんだろ」
エル=タナエルが、コタツに突っ伏した。
「どーすっかにゃー……」
「第六章のトレロ・マ・レボロ編、第七章のパレ・ハラドナ編において、[羅針盤]での繰り返しは悪手でしたね。結果的には、ですが」
「そうなのか?」
「ええ。今の君は、第三章終了後における最初の形無です。魔竜ルインラインと相討ちにまで持ち込めたのは、君だけなのです。君は、あの瞬間、主神級の剣術士だった。それだけは間違いありません」
「いや、それは──」
つい謙遜しようとして、額に軽い衝撃が走った。
「たッ!」
「──…………」
エル=タナエルが、追撃のデコピンの構えを取っていた。
「神は、ずっと、あなたを見てた。あなたに愛着持ってるよ。でも、そこだけは嫌い。自分を、頑なに認めようとしないとこ」
「……俺、は」
「形無は、魔竜ルインラインと相討ちになった。世界一の剣術士が銀琴によって完全なる竜種へと変貌を遂げた、二つの世界でいちばんの怪物。正直言って、神ですら、エル=サンストプラの影響下でアレをどうにかするのは難しい。あなたは、そんな彼と相討ちになったんだ。形無が自分を認めないってことは──」
一拍置いて、言葉を継ぐ。
「あのルインラインを、貶めるってことだよ」
「……──あ」
そうだ。
俺は、何度同じことを繰り返すんだ。
「イオタに告げ口すんぞ、おらあ!」
げしげし。
エル=タナエルが、コタツの中で蹴ってくる。
「ごめんなさい!」
「もうしないか!」
「しません!」
ようやく蹴りが止まる。
俺は、小さく溜め息をついた。
「んで、結局マジでどうするんだよ。俺とプルの子供に転生とかは勘弁してほしいけど、あのルインラインを斃さないとそもそも未来がない」
「んー……」
エル=タナエルが思案する。
「実を言えば、主人公を変える──って手は、ある。あった」
「え、やめてくれよ」
「しないしない。するつもりもないよ。それに、今はもうできないし」
「……?」
エル=タナエルが、ノートパソコンの画面を指差す。
「ここに、[Re:]って入ってますやん?」
「入ってますね」
「最初の主人公は、形無じゃなかったんよ。とある大学生」
「マジで」
「しかも、ヒロインもプルクトちゃんじゃなかった。誰だったと思う?」
「……ヘレジナ、とか?」
「ハルユラ」
「は? ……えッ?」
意外過ぎる事実だった。




