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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部七章 パレ・ハラドナ
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2/皇都コルハイン -11 繰り返し繰り返し




【青】再び始める


【黒】終わる




 ──こぽり。


 口から漏れた歪な泡が、瞬間ごとに形を変えながら、上へ上へと昇っていく。

 対して俺の肉体は、水の冷たさに指先を痺れさせながら、下へ下へと落ちていった。


「──…………」


 気が付けば、目の前に、幾度も見た覚えのある二行の文章が浮かび上がっていた。


「──エル=タナエル」


 呼び掛ける。

 返答はない。

 俺は、俺として生きた。

 プルとヘレジナを助けることはできなかったが、後悔はない。

 このまま息絶えても構わない。

 次の俺はもう、俺ではないのだから。

 だが──


 もし、俺とは違う俺が、プルとは違うプルを助け出す未来が存在するのなら。

 ここで黒枠を選ぶことは、彼らを殺すことに他ならない。


「……わかった」


 俺は、青の選択肢を選び取る。

 幻のように実体のないそれは容易に崩れ落ち、光の粒となって周囲を満たし始める。


 失われた感覚を寄せ集め、

 俺は、

 全身全霊を込めて目蓋を開いた。






「──……んごっ」


 すぐ傍で、アーラーヤの寝息が聞こえる。

 一瞬、ここがどこで、今がいつか、わからなかった。

 今日は、夏の後節二十日。

 トレロ・マ・レボロに入国し、初めての夜だ。


「……?」


 どうして、俺は、騎竜車の一階で眠っていたのだろう。

 真実を忘れていく。

 俺が、俺でなくなっていく。

 そして、目の前に選択肢が現れた。




【青】アーラーヤを起こす


【白】プルを起こす


【白】ヤーエルヘルを起こす


【青】ヘレジナを起こす


【白】マナナを起こす


【黄】全員を起こす




 ──待て。

 マナナがいるのか?

 俺は、既に理解している。

 この選択肢が、俺の選んだ分かれ道に置かれた道標であることを。

 だが、ここは俺の知らない世界線だ。

 俺は、ラライエ戦後、一度も繰り返していない。

 俺は、一周目の俺──の、はずだ。


 果たして、

 俺は、

 この物語を何周しているのだろう。


 そして、俺はまた忘れ去る。

 すべてを。




「……──?」


[羅針盤]が、また現れた。

 ワンテール島を出てから、[羅針盤]の選択肢が異常に現れる。

 俺がこの世界(サンストプラ)に来たときより、選択肢の数も多くなっている気がした。

 ルインライン戦やラライエ戦の際の無数の黒枠は別として、平均で四から六個の選択肢が出現する。


 誰を起こすか、か。

 同じ青枠なら、素直にアーラーヤを起こすべきだろう。

 そう決めた瞬間、青枠の選択肢が砕け散り、かすかな光と共に時間の流れが元に戻る。


「──アーラーヤ、アーラーヤ」


 すこし顔を近付け、アーラーヤの名を呼ぶ。


「んっ、……んー……?」


 アーラーヤが、薄く目を開き、上体を起こした。


「……どしたあ、カタナ」


「いや、俺にもわからん。また[羅針盤]だ」


「……またか。やたら多いな。最初のときより多いんじゃねえか?」


「間違いなく、多い。そもそも、こんな長期間に渡って[羅針盤]の選択肢が出続けてることすら初めてなんだよ。最初は、せいぜい五日か六日だったのに」


「……そう言や、もう三週間は出続けだって言ってたもんな」


「ああ……」


 サンストプラにおける一週間は、五日間だ。

 そのため、三週間は十五日となる。


「アーラーヤを起こして青枠ってのも、よくわからないんだよな。心当たりあるか?」


「心当たり、ねえ……」


 アーラーヤが、首をポキリと鳴らす。


「ま、嬢ちゃんたちを起こすのも悪い。ちっと外にでも出てみるか?」


「だな」


 青枠ともなれば、少なくとも危険はない。

 だが、全員起こすと黄枠だ。

 俺たちは、気配を殺しながら、そっと騎竜車を降りた。


「……特になんもねえなあ」


「いちおう、神眼で索敵してみる」


 俺は、神眼を発動した。


「──…………」


 呼吸音。

 騎竜車の中ではない。


「……屋根の上?」


「屋根がどうした?」


「誰か、いる。恐らく寝息だ。寝てる」


「寝て──」


 そこまで言って、アーラーヤが大きく肩を落とした。


「なーんか、わかっちまったぞ」


 アーラーヤのリアクションで、俺も、心当たりを一人思い出した。


「……まさか、クロケー?」


「可能性はあんなあ。ちっと見てくる」


「ああ」


 アーラーヤが御者台へと駆け上がる。

「ワああああ──ッ!?」

 悲鳴が上がる。

 その悲鳴には、やはり聞き覚えがあった。




【青】再び始める


【黒】終わる




 気が付けば、目の前に、幾度も見た覚えのある二行の文章が浮かび上がっていた。


「──エル=タナエル」


 呼び掛ける。

 返答はない。


「……わかった」


 俺は、青の選択肢を選び取る。

 幻のように実体のないそれは容易に崩れ落ち、光の粒となって周囲を満たし始める。


 失われた感覚を寄せ集め、

 俺は、

 全身全霊を込めて目蓋を開いた。






「……クロケー。マナナ。頼む。プルさまとヤーエルヘルを守ってくれ」


「ア、アア!」


「わかったよ!」


「カタナ。アーラーヤ。アイヴィルは私が斃す。それを確認した瞬間、師匠へ攻撃を仕掛けろ。三人同時に畳み掛ける」


 ヘレジナの言葉で、俺は我に返った。

 一瞬、ここがどこで、今がいつか、わからなかった。

 ここは、トレロ・マ・レボロの首都マウダンテトの国立図書館前広場。

 日付は──秋の前節であることは間違いない。

 だが、情報が何重にも脳にぶち込まれ、判然としなかった。

 マナナが、いるのか。

 俺の知っている過去と異なっている。

 真実を忘れていく。

 俺が、俺でなくなっていく。

 そして、目の前に選択肢が現れた。




【赤】ヘレジナの意見に従う


【赤】アイヴィルに燕双閃・自在の型を仕掛ける


【赤】アイヴィルをアーラーヤに任せる


【赤】逃走を図る


【青】プルを引き渡す




 ──ああ、その通りだ。

 実力差を理解し、素直にプルを引き渡していれば、ヘレジナが致命傷を負うことはなかった。

 だが、本当にそれでいいのか?

 ヘレジナが傷つかなければ、ヤガタニが表に出ることもなかった。

 アルクハルヴァ神殿で一ヶ月の鍛錬を積むことも、天眼を開眼することも、ルブロイを撃破することも、なかった。


 その先に、道はあるのか?


 そして、俺はまた忘れ去る。

 すべてを。




「──…………」


[羅針盤]だ。

 青枠は言う。

 プルを引き渡せ、と。

 そうすべきなのだろうか。

 本当に、それが正しいのだろうか。

 ラーイウラ王城、最上拝謁の間でのことを思い出す。

 俺が、安易に青枠にすがったから、ネルは一度死んだのではなかったか。


「……──ッ」


 だが、ネルは今、生きている。

 青枠は嘘をつかなかった。

 事態は、確かに好転したのだ。

 悔しい。

 青枠を拒絶できない情けない自分が。

 赤枠を撥ね除けられない弱い自分が。

 悔しくて仕方がなかった。

 ──選ぶ。

 青枠の選択肢が光の粒子となり、世界が彩色される。


「……待ってくれ」


「どうした、カタナ。共に──」


「プルを、引き渡す」


「……えっ」


 ヘレジナのみならず、皆が呆気に取られる。


「なッ! なに言ってんだい、カタナ! そんなこと、できるはずないだろッ!」


 プルが、小声で尋ねた。


「……[羅針盤]?」


 プルの問いに、小さく頷く。


「プルを引き渡す以外の選択肢は、全部赤枠だ」


「──…………」


 ハルユラが、軽蔑したような目を俺に向けた。


「[羅針盤]、ね。つまらない。誰かの言うことばかり聞いて、自分の意志で選べない。鵜堂 形無。結局、あなたも誰かの言いなり。つまらない人間ね」


「……ッ」


 拳を握り締める。

 だが、それを振り下ろす場所はなかった。


「プルクト。あなたは、自分の意志で死を選べるよね?」


 そう言って、ハルユラがプルに右手を差し出す。


「──…………」


 プルが、歩き出す。

 マナナの手を振り払って、ハルユラのところまで。


 ああ。


 行かないでくれ。


 行かないで、くれ。

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