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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部七章 パレ・ハラドナ
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2/皇都コルハイン -10 繰り返し




【青】再び始める


【黒】終わる




 ──こぽり。


 口から漏れた歪な泡が、瞬間ごとに形を変えながら、上へ上へと昇っていく。

 対して俺の肉体は、水の冷たさに指先を痺れさせながら、下へ下へと落ちていった。


「──…………」


 気が付けば、目の前に、幾度も見た覚えのある二行の文章が浮かび上がっていた。


「──エル=タナエル」


 呼び掛ける。

 返答はない。

 俺は、俺として生きた。

 できるすべてをやりきった。

 プルとヘレジナを助けることは叶わなかったが、後悔はない。

 このまま息絶えても構わない。

 次の俺はもう、俺ではないのだから。

 だが──


 もし、俺とは違う俺が、プルとは違うプルを助け出す未来が存在するのなら。

 ここで黒枠を選ぶことは、彼らを殺すことに他ならない。


「……わかった」


 俺は、青の選択肢を選び取る。

 幻のように実体のないそれは容易に崩れ落ち、光の粒となって周囲を満たし始める。


 失われた感覚を寄せ集め、

 俺は、

 全身全霊を込めて目蓋を開いた。






「光矢術の師範、がんばってくだし!」


「ああ、もちろん。魔獣除けがなくなった以上、今後普通の海の魔獣がこのワンテール島を襲うこともあるだろう。その際、何もできずにやられることのないよう、しっかり島民を鍛えておくさ」


 ヤーエルヘルとバルマの会話が聞こえる。

 一瞬、ここがどこで、今がいつなのか、わからなかった。


 ──ここは、ワンテール島。

 夏の後節四日、出立の日だった。

 ほぼ、二ヶ月。

 随分と巻き戻されたものだ。

 真実を忘れていく。

 俺が、俺でなくなっていく。

 そして、目の前に選択肢が現れた。




【青】マナナを旅に誘う


【白】四人でワンテール島を出立する




 ──待て。

 選択肢が、二つ?

 俺は、既に理解している。

 この選択肢が、俺の選んだ分かれ道に置かれた道標であることを。

 俺の記憶によれば、ラライエ戦後、〈ネルと共に生きる〉と書かれたものを最後に、[羅針盤]の選択肢は一度も現れていない。

 一度も、繰り返してはいない。

 俺は、ラライエ戦後一周目の俺──の、はずだ。

 だが、目の前の選択肢は、俺が既に最低でも三周以上繰り返していることを示している。

 忘却しているのだ。


 果たして、

 俺は、

 この物語を何周しているのだろう。


 そして、俺はまた忘れ去る。

 すべてを。




「……──?」


 唐突に現れた選択肢に面食らう。

[羅針盤]。

 ラライエ戦後は一度も現れることのなかったものだ。

[星見台]とは異なり、[羅針盤]は、時の流れを緩やかにする効果も併せ持つ。

 そのため、仲間たちと相談できないのがネックだった。

[羅針盤]という能力自体を、俺はあまり好んでいない。

 だが、青枠が出たのなら青枠を選ぶしかない。

 俺は、マナナを旅に誘うことにした。

 そう決めた瞬間、青枠の選択肢が光の粒子に変換されていき、世界に時間と彩りが戻った。


「……あー、こほん」


 わざとらしく咳払いをする。


「そのだな」


 マナナが小首をかしげる。


「うん? どうかしたかい、カタナ」


「実は今、[羅針盤]の選択肢が出てきてさ……」


 皆が目をまるくする。


「なんだと!」


「な、……なんで、だろ。なんかヘンなタイミング……」


「ああ。いろいろ片付いたタイミングでの[羅針盤]って、今までにないよな。んで、選んじまったからには腹くくって言うけど……」


 俺は、マナナへと向き直った。


「──マナナ。俺たちと行かないか? 一緒に、旅を、しないか?」


「へ?」


 一瞬、時間が止まったようにも感じられた。

 ヘレジナが尋ねる。


「ど、どういう選択肢だったのだ……」


「マナナを旅に誘うか、どちらも誘わないか。前者が青枠、後者が白枠だったんだよ」


「あー、なるほどなるほど。バルマを誘う選択肢はなかったのかい?」


「なかった。まあ、選択肢にない行動も取れるんだけどさ」


「でも、なかった理由はわかる気がするね。バルマには、島で光矢術の師範をするって役目があるし」


「本当は二人とも誘いたいけど、そうすると島の安全がなあ……」


 マナナが、からからと笑う。


「誘われちまったんなら仕方ない。悔しいけど、カタナのハーレムに参加するとしようかな」


「おい」


「冗談だよ。あんたの誠実さは、この数日でよーくわかったさ。そして、こうしてからかわれるのを承知で、うちを誘ってくれた。今、けっこう嬉しいんだよ?」


 ヤーエルヘルが、マナナの手を取る。


「やったー! マナナさんと一緒に旅でしー!」


 ナナイロを失ったばかりのヤーエルヘルに、心からの笑顔が浮かぶ。

 そうだよな。

 本当は、別れたくなんてないものな。


「……カタナ。本当に下心はないのであろうな」


「ないわ!」


 バルマが光矢術の師範をしていなければ、バルマを選んだかもしれない。

 だが、ワンテール島を守っていた魔獣除けは、もう回収してしまった。

 ごく普通のものとは言え、海の魔獣が現れる危険があるのだ。

 光矢術も治癒術も扱えるバルマの存在は、このワンテール島にとってあまりに大きすぎた。


「──よし! ちょっと待ってな。荷物まとめてくる!」


「そ、……そんな急がなくて、いいからね!」


「なーに、言うほど荷物なんてないさ。大事なのは、胸に抱いた想い出一つ。だろ?」


「うむ。それはそれとして着替えは必要であるからな。特に下着は多めに持ってくるのだぞ」


「はいよ!」


 マナナが、今来た道を軽やかに駆け戻っていく。

 その背中を見送りながら、バルマが微笑んだ。


「ふふ、やはり我慢していたか。行きたかろう、とは思っていたのだ」


「そうなのか?」


「島で暮らしていれば、マナナの話を耳にすることもある。マナナは、早くして両親を亡くしている。本島に渡り治癒術を学んだのは、その悲しみゆえだった。両親の死因は、不幸な事故だったと聞いている。治癒術士であったマナナの父親に意識があれば、少なくとも命は助かった可能性が高い、と」


「──…………」


「マナナは恐れていた。自分が島を離れることで、助けられた命が助からないことを。だから、冗談めいた言い訳で諦めようとしていたのだ」


 ヘレジナが目を伏せる。


「それは、……うん。悲しいな。私たちはマナナが好きだ。我慢など、してほしくはない」


「そうだな。だが、この島にはもう、私がいる。私の治癒術の級位は、師範級第三位だ。徒弟級第一位のマナナより、高い。彼女がこの島に囚われる必要は、もう、ないのだ」


 バルマが、俺たちに頭を下げる。


「──マナナを、よろしく頼む」


 思わず苦笑する。


「頭なんて下げるなよ、バルマ。次に来たときは、土産話をたっぷり持ってくる。それまでワンテール島を守るのは、お前なんだからさ」


「ああ。お前たちのことだ。また、本当に、世界の一度や二度救って戻ってくるかもしれんな」


「そ、……それは、世界、危機に陥りすぎ……」


「違いない」


 こうして、俺たちは、マナナと共にワンテール島を後にした。

 数え切れないほどの人々が、俺たちを見送るために港へ集まってきてくれていた。

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