2/皇都コルハイン -8 狂戦士
「──さ、次はどっちが行く?」
無邪気な笑みを浮かべるハルユラに、二人の騎士が佇まいを正す。
互いに顔を見合わせたあと、片方の騎士が前に出た。
「ぼッ、……僕が相手だ」
ザザムより二回りも三回りも小さな、少年騎士だ。
「奇跡級中位、ウルラム=マアヤ……! い、いざ尋常に、……勝負ッ!」
クロケーより年上で、プルより年下といった年齢だろう。
この年で奇跡級中位は、素直に感嘆する。
アーラーヤが、耳の穴に小指を突っ込みながら呟いた。
「……ガキはやりにきーなあ。クロケー育ててるだけに」
「なら、俺が行こうか」
「えっ」
ウルラムが頬を引き攣らせる。
ルブロイを斃した俺ではなく、アーラーヤであれば、あるいはと思っていたのだろう。
抜き放った長剣が、可哀想なくらいに震え始める。
「あー……」
さすがに、俺もやりにくい。
「……そうだな。俺は、今から、奇跡級上位か特位でなければ絶対に避けられない一撃を放つ。放てば絶対に当たる。死ぬ覚悟ができたら受けろ。嫌なら逃げろ。俺は追わない」
「ぜ、……絶対に、さ、避けられない……?」
「これ以上の問答は、無用だ」
俺は、薄刃の長剣を抜き放ち、正眼の構えを取った。
ウルラムもまた、両手で長剣を構える。
切っ先がガタガタと震え、安定しない。
俺を油断させる演技かもしれないと一瞬疑ったが、どうやら違うようだった。
彼は、本当に、俺に怯えているのだ。
複雑な気分ではあった。
「──行くぞ」
殺すつもりで燕双閃・自在の型を放つ。
初撃を振り下ろした瞬間、
「わッ、……わあああああああ──ッ!」
ウルラムがきびすを返し、一目散に宮殿へと逃げ帰っていく。
「──…………」
俺は、ハルユラの様子をじっと観察していた。
ハルユラが、逃走するウルラムを一瞥し、すぐに興味を失って視線を戻す。
「……? どうしたの、鵜堂 形無」
「ウルラムを殺せと指示するのかと思ってた」
ハルユラが、呆れながら答える。
「わたしをなんだと思っているの。勝てないとわかっている相手から撤退するのは兵法の基本中の基本でしょう。アーラーヤ=ハルクマータから逃げ出していれば、あとですこしは痛い目見せたけれどね」
アーラーヤが肩をすくめる。
「おいおい、甘く見られたモンだな。俺も」
「鵜堂 形無にはルブロイを斃したって実績があるけど、あなたにはないもの」
「痛いトコ突くぜ……」
三人目の騎士が、ハルユラの前に出る。
「ハルユラ様、私にお命じください。あの不届き者三名の首を刎ねよ、と」
「ええ。やるだけやってみなさい、ラスタ」
「ハッ!」
ラスタと呼ばれた騎士が、左右の腰に佩いた二本の長剣を抜く。
「パレ・ハラドナ騎士団〈不夜の盾〉現団長、ラスタ=ラッタビニア。ハルユラ様の命にて、お前たちを斬る」
「へえ」
アーラーヤが感心したように言う。
「お前、団長なの」
「おかしいか」
「いんや、おかしくはないぜ。相手が強ければ強いほど、腕が鳴るってモンだ」
ハルユラが口を挟む。
「ヘレジナが、ルインラインから団長を継いだアイヴィルを殺してしまったからね」
「……まあ、話に聞く限りでは、ルブロイってやつは団長の器じゃなさそうだったしな」
「不愉快な男だったわ。斃してくれてせいせいしたくらい」
「しかし──」
アーラーヤがラスタへと向き直る。
「〈不夜の盾〉には同情するぜ。一月に二度も団長が入れ替わるんだからな」
「──…………」
ラスタが片眉を上げる。
「大言壮語は、実力が伴わなければ滑稽だぞ」
「なら問題はないやな」
アーラーヤが二本の短剣を取り出し、放る。
くるくると回転しながら落ちた短剣が、ピタリと肩の上で止まる。
それと同時に、腰の左に差していた二本の長剣を抜き放つ。
最初から四刀流、出し惜しみはない。
本気だ。
「手数が多いとか文句言うなよ」
「手数がすべてではないと教えてやる」
十メートルほどの距離を保ち、アーラーヤとラスタの二人が睨み合う。
俺が神眼を発動すると同時に、アーラーヤが動いた。
何十回も、何百回も見た動きだから、わかる。
アーラーヤが放とうとしているのは、六連撃だ。
一撃目──瞬時にラスタの懐に入ったアーラーヤが、右手の長剣を袈裟懸けに振り下ろす。
ラスタが後方へ一歩下がる。
二撃目及び三撃目──一撃目の勢いを殺さぬままに、横回転を生かした連撃を放つ。
ラスタが、もう一歩だけ大きめに下がる。
距離を開き、自分の間合いで戦おうとしているのだろう。
四撃目──燕返しに似た動きで、三撃目から直接斬り上げに転じる。
そこで、ラスタが動いた。
避けると同時、アーラーヤの体が開くような形で、四撃目を長剣で弾いたのだ。
アーラーヤの体勢が崩れる。
五撃目は来ない。
ラスタは、剣戟の合間の一瞬に、そう判断しただろう。
だが、
「──……づァッ!?」
ラスタの背後、右肩と左腰に、五撃目と六撃目──四刀流の短剣二本が突き刺さっていた。
以前、アーラーヤの短剣は、肩から射出し肩に戻すことしかできなかった。
だが、アルクハルヴァ神殿での鍛錬を通し、操術の範囲を大きく広げることで、前後左右上下のいずれからでも攻撃が可能となっている。
本気を出した四刀流のアーラーヤを相手取ることは、二刀流のアーラーヤ二人を同時に相手するよりも遥かに厳しい。
六連撃を放ち終え、アーラーヤがラスタから距離を取る。
アーラーヤの周囲を、まるで衛星のように、ヒュンヒュンと二本の短剣が公転していた。
「このまま畳み掛けてもいいんだが……」
アーラーヤが、その双眸を鋭く引き絞る。
「──お前、何かしたな?」
「何かとは、なんだ……」
ラスタは、肩と腰とを確かに貫かれた。
だが、一瞬だけ膝をついた彼は、今、当たり前のように立ち上がっている。
「置き治癒術って知ってるか。戦闘中、常に治癒術を発動し続けることで、負傷と同時に回復を行う戦術のことだ」
「──…………」
「お前の、その腕輪。治癒術の魔術具じゃねえのか?」
アーラーヤの言葉に、ラスタの手首を確認する。
昼間であれば気付かなかっただろう。
ラスタの左腕を飾る腕輪が、ほんの僅かに光を放っていた。
「侮れんな。一瞬でそこまで見切るとは」
「治癒術には一家言あってね」
「であれば、私の戦い方もわかるだ、──ろうッ!」
ラスタが、真正面からアーラーヤへと斬り掛かる。
それは、回避も防御も一切捨てた、ただただ攻め続けるだけの狂戦士の戦い方だった。
二人の殺し合いを見ながら、ハルユラが口を開く。
「ラスタが、何故、あの魔術具を与えられたのか。よくわかるでしょう?」
「……まあな」
痛みに対し、一切の躊躇がない。
斬られては癒し、突かれては癒し、ただただ攻撃を繰り返す。
アーラーヤの真髄は、攻めにこそある。
ラスタのようなガン攻めタイプに当たると、受けの弱さが如実に表れる。
「──はッ! は、……はあッ!」
アーラーヤが、ラスタから大きく距離を取った。
一見するだけでも、首、腹、太股と、致命傷を三つは負っている。
だが、不死の戦士はラスタだけではない。
アーラーヤが傷を撫でると、一瞬で血が止まり、それどころか無傷の肌が衣服の裂け目から覗いていた。
「治癒術。それも、奇跡級……!」
「──さあ、何度も手品を見せる気はねえ。次で終わらせるぜ」
アーラーヤが構える。
「四刀流」
ラスタが、アーラーヤへ向かって駆け出した。
「絶技に散れ」
愚直な攻撃同士がぶつかり合う。
痛みも傷も無視するラスタの狂連撃と、アーラーヤの不可避の十六連撃。
勝負は、最初の一撃目で決まった。
狙い澄ましていたのだろう。
逆手に握られた左手の長剣が、打ち込んできたラスタの左手を切断する。
左腕が、吹き飛ぶ。
治癒術の魔術具ごと。
「あ──」
ラスタが、治癒術の保護のない激痛に身を硬くする。
動きが止まる。
止まってしまった。
止まれば、あとは、残された十五連撃をその肉体にすべて叩き込まれるしかない。
ラスタが、大量の血液をぶちまけながら、前庭に仰向けに倒れる。
アーラーヤが、確信と共に言った。
「──ま、即死だな」
「でしょうね」
ハルユラが他人事のように言う。
「〈不夜の盾〉も、これでおしまいかな。このままだと、ウルラムが団長になってしまうもの」
「……人材不足が過ぎるんじゃないか?」
「ルインライン、アイヴィル、ルブロイ、ザザム、ラスタ──有能な団員はみんなあなたたちが斃したんじゃない」
ザザムはこちらの責任ではない気がする。
「てっきり、奇跡級が百人くらいひしめいてるのかと思ってたよ」
「パレ・ハラドナが強国と言えど、そんなにいるわけないでしょう。〈不夜の盾〉にはあと十人くらいいるけど、全員中位以下。あなた、たまには自分の強さを省みたほうがいいわね」
それだけ言って、ハルユラが微笑む。
「では──」
その笑顔は、皮肉にも美しく、あまりに穏やかなものだった。
「主神級の強さを、もう一度だけ見せてあげる」




