2/皇都コルハイン -6 聖地ハラドナ
皇都コルハインは、その広さに反し、また他国の首都と比較しても人口が少ない。
俺たちが訪れた街を例に出すならば、ネウロパニエは元より三十万都市と呼ばれていたし、ハノンの靴底を擁するハノンには、それに準ずるほどに多くの人々が住んでいた。
ただし、これらの都市には、低所得者の住むアパートメントや、生活困窮者の住むスラム街などが存在している。
だが、皇都コルハインには富裕層しか存在しない。
預かり所の従業員の女性も、屋台に客が来ないと嘆いていた男性も、道行く人々の誰も彼もが、他の街へ行けば資産家として扱われるだろう。
彼ら皇都の労働者は、生計を立てるために働いているわけではない。
労働が尊いものであると聖典に記されているから働いているに過ぎないのだ。
皇都コルハインは、恐らく、北方大陸で最も富の集中した都市だろう。
百聞は一見に如かず。
乗り合い騎竜車が住宅街を通ったとき、俺はこの事実を肌で理解した。
一つ一つの家が、ルルダン二等騎士邸と同じかそれ以上の質と大きさを誇る豪邸なのだ。
皆が皆こんな豪邸に住んでいては、土地が足りず、人口が少ないのも当然と言えた。
再び乗り合い騎竜車を降り、皇都コルハインの中心にそびえる宮殿へと近付いていく。
恐ろしく広い宮殿の前庭は一般に公開されており、巡礼者でも入ることが許されていた。
「──ほんで、前庭の中央にあるこの花畑が聖地ハラドナなんだと」
パレ・ハラドナが入国者を絞っているにも関わらず、少なくない数の巡礼者が前庭にいた。
皆が皆、石畳に片膝をつきながら花畑に右手の甲を向け、静かに頭を下げている。
「エル=タナエルが、ココから中天の空に旅立ッタんだっけ」
「そうだ。だから、この聖地ハラドナから見る月は真南にあるし、世界で最も日食の多い場所だとも言われてる。エル=タナエルがいつの日か帰還する場所ともされてるから、聖地として崇められるのもわかるだろ」
「──…………」
アーラーヤの講釈を右から左に聞き流しながら、俺は宮殿から視線を動かすことができなかった。
この宮殿に、プルがいる。
きっと、寂しくて、つらい思いをしている。
そう考えるだけで胸が軋んだ。
「カタナ」
ぽん、と。
アーラーヤが、俺の肩を軽く抱いた。
「焦んな。確実に助けるために、今は我慢だ」
「……ああ。ありがとう」
アーラーヤとクロケーがいてくれて、本当によかったと思う。
俺だけでここに来ていたら、何をしていたかわからない。
「ここは人が多いな。向こうのベンチで作戦会議すっか」
「わかった」
俺たちは、季節の花が咲き乱れる聖地ハラドナからすこし離れ、前庭の隅にあるどこか芸術的なベンチに腰掛けた。
「カタナが言ってた、宮殿に真正面から乗り込む案があるだろ。アリはアリだと思うんだが、二つほど問題があるな」
「問題?」
「クロケー、答えてみろ」
「エッ!」
唐突に振られてクロケーが動揺する。
「武術士に必要なのは腕前だけじゃねえ。目的を達するための立ち回りってのも、同じくらい重要なんだ。外れてもいいから、よーく考えてみな」
「エー、……っと」
しばしの思案ののち、クロケーが答える。
「闘技場と同ジで、ココから皇都の外へ出る方法がナイ……?」
クロケーの意見に反論する。
「いや、宮殿と闘技場には大きな違いがある。闘技場には一般人が多くいて、宮殿にはほとんどいない。馬車か騎竜車さえ用意できれば、プルを連れて皇都の外まで行くのは不可能ではないな」
「ナラ、なんだろ。単純に強敵が多い?」
「現状、明確な障害は魔竜ルインラインとハルユラだ。〈不夜の盾〉の強者は多くいるだろうけど、三人でどうにかなる範疇だと見込んでる」
「ンー……」
しばらく唸ったあと、クロケーが白旗を上げる。
「……答え、教エテくれ」
アーラーヤが、ネタばらしをするように話し始める。
「まず、一つ目だ。プルの嬢ちゃんの居場所がわからねえ。この広さ、この大きさだ。足だけで探せば丸一日かかるぜ」
「ア!」
クロケーが、納得したように幾度も頷く。
「そこは、適当に脅して口を割らせてもいいっちゃいいけど……」
「んで、次に二つ目だ。俺たちが宮殿に乗り込んで、あーだこーだしながらプルの嬢ちゃんを探すとする。ハルユラとルインラインが来るんなら、まだいいほうだぜ。宮殿で遠当てなんて使えっこねえから逃げの一手が打てるし、なんなら銀琴を奪取できる可能性もあるからな。だが、事情を知った誰かが、プルの嬢ちゃんを隠したり、裏口から別の場所へ移動させる可能性がある。そうなれば、もう、絶望だろ」
「……確かにその通りだ」
実力的に警戒すべきは、魔竜ルインラインだ。
だが、隠したり連れ出したりするだけならば、無力な侍女にだってできる。
「やっぱ脳筋は駄目だな」
筋肉がすべてを解決するというのは、さすがに誇張表現だった。
「闘技場でも、宮殿でも、ドッチも難しいってコトか……」
後頭部で手を組み、うっすらと夕焼けの予感がしてきた西の空を眺める。
「……どうすっか」
条件が、思いのほか厳しい。
だが、絶対に諦めない。
考えろ。
考えろ。
「闘技場の場合、アリーナから直接外に出る経路はないか? あれば、そこに騎竜車をあらかじめ待機させておけば」
「ただ、闘技場はどの大門からも遠いのがネックだな。救出後、皇都にいればいるほど捕まる危険が高くなる。城郭を出ればイコール安全ってわけでもねえしな」
「宮殿の場合だと、騎竜車をあらかじめ宮殿の近くに停めておきさえすれば、スムーズに乗れることは乗れるんだよな。馬車やら騎竜車やらですぐさま追われるのが目に見えてるけど」
「一長一短だな……」
誰かが作った謎ではなく、たまたま起こってしまった問題に対し、カチリと嵌まるような答えなどそうそう存在しない。
どこかで妥協するしかないのだ。
だが、
「──ア、コウいうのは?」
クロケーがあっさり出したアイディアは、まさに〈カチリと嵌まる答え〉そのものだった。




