2/皇都コルハイン -4 皇都コルハイン
皇都コルハインの大門をくぐることができたのは、それから二時間後のことだった。
覚悟のわりには早く、嬉しいが、いささか肩透かしでもあった。
大門をくぐると、そこは、華美にならない程度に華やかな市街地で、季節の花があちこちに飾ってあるのがよく見えた。
何日も何日もかけて皇都コルハインを訪れた巡礼者にとっては、涙が溢れるほど感動的な光景なのだろう。
「──よッ、と」
どこからか姿を現したクロケーが、御者台へと跳び乗った。
右手には食べかけの中華まんのようなものを、左手には一部が濡れて変色した紙袋を持っている。
「よかった。無事に越えられたんだな」
「楽勝楽勝。コレ、二人のぶんも買ってきた。腹減っテルだろ」
「気が利くじゃねえか。なんだ、これ」
クロケーから紙袋を受け取り、中身を取り出す。
正確に言えば普通の中華まんではなく、生地をパタンと畳んで挟んだ角煮まんに近い。
「マオって料理らしい。蒸したフカフカの生地で具を挟んでる。屋台で売っテタ。メチャクチャ高かった」
「どのくらいだ?」
「一個、四十シーグル」
思わず背筋がピンと伸びる。
「たッ、……か!」
一シーグルを二百円から三百円程度と見積もれば、マオ一つで一万円もする計算になる。
アーラーヤが、呆れたように呟いた。
「……さすが皇都だな。物価が突き抜けてる」
クロケーが魔術で温めておいてくれたのか、アツアツのマオを口へ運ぶ。
見た目や調理法は明らかに中華料理に近いにも関わらず、挟まれた肉はワインなどでホロホロになるまで煮込まれたような味で、多国籍料理といった印象だった。
コンビニの変わり種の中華まんを、味の基本はそのままにクオリティだけを爆上げさせたような感じだ。
「高いだけあって美味いな。まあ、高すぎるけど。高すぎるけど!」
「金持ってんだから気にすんなよ……」
「前の職場の給料が給料だったから、庶民感覚が抜けないんだよ……」
一個一万円の中華まんなんて、この世界に来る前の俺が食べたら卒倒しそうだ。
「ひとまず騎竜車を適当に預けて、情報収集と行くか。ハルユラは、プルを民衆の前で処刑することに固執してた。処刑の日程と、場所。それは明示されてるはずだ」
「了解。とっくに処刑されてなきゃいいんだがな」
「……考えたくない」
クロケーが、わたわたとフォローを入れてくれる。
「マ、マダ大丈夫だって。ナンダかんだ寄り道は最小限だし、向こうにだって準備がアルだろ」
「──…………」
クロケーの言う通りではある。
アルクハルヴァ神殿へ立ち寄ったあと、俺たちはまっすぐに皇都を目指した。
ハシュラムでの亜人解放は半日で済んだし、時間的なロスはほとんどないと言っていい。
「マウダンテトからコルハインまでは、ハウルマンバレーを通る最短経路を使っても十日以上はかかる。俺たちで十四日だから、ハルユラたちが帰還してから、まだ二、三日ってトコだろ。これで処刑が済んでたら、さすがにせっかち過ぎるわ」
「ああ……」
不安を解消するためには、事実を知るより他にない。
検問を抜けた馬車や騎竜車の流れに沿いながら進み続けると、やがて、預かり所が密集している区画へと辿り着いた。
法外な価格で騎竜車を預けたあと、従業員の女性に尋ねる。
「すみません。近く、皇都で何か催し──のようなものはありませんか?」
「催し、ですか?」
「ええ」
「催しと言って許されるのかはわかりませんが……」
そう前置きし、従業員が告げる。
「今朝、皇帝から布告があったんです。ここ三年ほど、皇巫女に神託が下賜されていなかったのは御存知ですよね」
「……ええ、知っています」
「半年ほど前、皇巫女がパレ・ハラドナを出奔しておりまして。曰く、彼女を捕縛したとか」
「捕縛、ですか。穏やかじゃない」
「ええ。私たちが信じ、崇めていたプルクト=エル=ハラドナは、人々を謀り続けた偽の皇巫女であった。よって、来たる秋の前節三十日に、皇都の円形闘技場にて処刑する、と」
「──…………」
胸中で、ほっと胸を撫で下ろす。
プルは、まだ、生きている。
「随分と血生臭いのですね」
「はい……」
従業員の女性は、憂鬱そうな表情を浮かべている。
「その。あなたは、処刑についてどう思われますか?」
「……正直に言えば、殺すことはないのかな、と。裏切られた怒りがないとは言いません。ですが、プルクト様は現皇帝の御息女です。それを、皆の前で処刑すると言うのは」
「そうですか……」
皇帝が、自らの娘を国民の前で処刑すると布告した。
しかも、その娘は若干十五歳の少女なのだ。
皇都の人々が困惑するのも無理はない。
「こういったことは、多いのですか? 公開処刑と言うのか」
「ごくごく、たまに。数年に一度、パレ・ハラドナを恐怖に陥れるような凶悪な犯罪者が、あの円形闘技場で処刑されることはあります。ですが、無辜の人々を何十人も殺めたような殺人者ばかりです。今回のようなことは、私の知る限り初めてで」
ふと、自分が手に掛けた人々のことを思い出す。
俺も、きっと、処刑されるに足る凶悪な犯罪者なのだろうな。
「……処刑、あなたは見に行きますか?」
「いえ……」
従業員の女性が、そっと首を横に振る。
「私は、きっと、見ていられません。相手はまだ少女だと言うのに」
「それがいいでしょう。悪趣味な催しです」
「ですね……」
女性に礼を言い、預かり所を離れる。
「──六日後、か。余裕はあるな」
「宮殿と円形闘技場、下見しておこうぜ。いつ助けるかは舞台次第だ」
「ダナ」
「──…………」
身なりの良い人々ばかりが行き来する往来を闊歩しながら、静かに考える。
「……現皇帝って、プルの父親だったんだな。前皇帝がお爺さんだって言ってたから、当然っちゃ当然なんだろうけど」
「自分の娘を処刑、か。ハルユラに唆されたからって、カンタンに決めちまうモンかねえ」
「確か、ヘレジナが言ってたよ。ハルユラは実の両親にすら見向きもされなかったって。プルよりすべてが優れているにも関わらず、皇巫女ではないと言うだけで」
「──…………」
クロケーが不快そうに眉根を寄せる。
アーラーヤが吐き捨てるように言った。
「皇巫女だからってチヤホヤしてた娘がニセモンで、今まで無視してきた出来のいい娘がホンモノだった。だから、出来のよくないニセモンはお役御免ってか」
「……最低の親、ダな」
言葉が溢れ出す。
「せめて、公開処刑でさえなければ。処刑したことにして幽閉するとかであれば、歪んではいても、まだ親の愛情を信じられた。でも、そうじゃなかった。国民に、娘の死の目撃者になってもらおうって言うんだ。これが最低の親でなくて、なんだ」
いつの間にか、拳に力が篭もっていた。
手のひらに刺さる爪の痛みが、辛うじて俺の平静を保ってくれる。
「……結局、プルを愛してくれた家族は、三年前に亡くなったお爺さんだけだったんだな」
それは、どれほどの孤独だったのだろう。
そして、どれほどヘレジナに救われていたのだろう。
プルは言っていた。
ヘレジナは家族だ、と。
プルクト=エル=ハラドナという少女には、ヘレジナしかいなかった。
半年前、偽の神託を信じて旅立ち、流転の森で俺と出会うまでは。
「プルを取り戻す。絶対に」
「ああ。そんで、たっぷり愛してやれ。プルの嬢ちゃんには、お前が必要だ」
深々と頷く。
「……ヤッパリ、カタナサンが好きなのはプルサンだったんだな」
「まあ、……な」
小っ恥ずかしいが、あの子は俺の特別だから。
「デモ、ヘレジナサンとヤーエルヘルとヤガタニはドウするんだ?」
「どうもこうも……」
好きだ。
当然だ。
しかし、俺がプルを選ぶ以上は、恋愛対象として意識すべきではない。
悩んでいると、アーラーヤが言った。
「おう、クロケー。ヤーエルヘルとヤガタニに振り向いてもらえるよう、気合い入れてけよ!」
「ナアッ!?」
俺も、思わずニヤリと笑う。
「ライバルいるぞ、ライバルが。イオタってやつがな」
「ソ、ソンナンじゃねーから!」
「本当かあー……?」
「素直になっとかねえと、のちのち後悔すんぜ」
俺とアーラーヤが、真ん中を歩くクロケーの両肩に手を乗せる。
「チ、違うし! ホラ、サッサと行くぞ!」
クロケーが、俺たちの手を振り切って走り出す。
微笑ましい。
俺は、アーラーヤと顔を見合わせて苦笑すると、クロケーを追って駆け出した。




