2/皇都コルハイン -2 どこまでだって
「──…………」
騎竜車二階のベッドに腰掛け、頭上に掲げた右手を離す。
手に持っていた木の葉が、ひらりと舞った。
まばたきよりも迅速に発動した神眼が、舞い落ちる木の葉の速度を緩めた。
神眼を、さらに深化していく。
六倍。
七倍。
八倍──
思考が加速するにつれ、木の葉の落下速度が遅くなっていく。
そして、十二倍。
神眼の最大深度を維持しながら、落ちていく木の葉をただ無心に眺める。
神眼深化の鍛錬は、この繰り返しだ。
木の葉が床に落ちるのを待ち、神眼を解除する。
「ふー……」
十二倍の思考加速は、さすがにまだ慣れない。
実戦では、常に最大の深度が必要な場面は少ない。
神眼の深度を随時切り替えながら戦うのが、神眼を用いた戦闘での継戦のコツだ。
「……さて、と」
脳を軽く休めたあと、俺は、また頭上で木の葉を離した。
神眼を発動する。
木の葉が速度を緩めていく。
六倍、七倍、八倍、九倍、十倍、十一倍──そして、最大深度。
さらに深く、
深く、
深く、
深海へと下りていく探査船のように、
──俺は天眼を発動した。
眼前で木の葉がピタリと止まる。
葉脈の一本一本をすら観察することができる。
ルブロイ戦以降、俺は、天眼を確実に発動することができるようになっていた。
「……──ぷあッ!」
限界だ。
天眼どころか神眼まで解除され、あっと言う間に木の葉が落ちる。
「つ……」
天眼と神眼とでは、脳への負担が桁違いだ。
天眼一閃を放ったときほどではないが、やはり頭痛とワンセットであるらしい。
だが、慣れておかねばなるまい。
アーラーヤは、使わないほうがいいと言っていた。
その通りだと思う。
だが、必要なときに必要な手札を切ることができなければ、そもそも持っている意味などない。
天眼一閃は、俺たちの持つ手札の中で唯一、魔竜ルインラインに届く可能性を秘めた技だ。
鍵となる天眼の鍛錬はしておくべきだろう。
「──オーイ」
梯子からクロケーの顔が覗く。
「作戦会議スルって」
「あいよ」
木の葉を枕元に置き、騎竜車の一階へ下りる。
「なんだ、アーラーヤ。作戦会議って」
状況は、皇都に着いてみなければわからない。
予断を防ぐため、俺たちは、敢えて皇都での具体的な行動を相談してこなかった。
「──ずっと考えてたことがあってな」
クロケーと共に、客車の床に腰を下ろす。
「考えてたこと?」
「ああ。お前らがペルフェンで石竜を退治したときの話だ」
「また懐かしいな……」
ヤーエルヘルと初めて出会った頃だ。
「アイヴィルの野郎が銀琴を使い、城壁を石の竜に変えた。これは間違いないな?」
「ああ、間違いない」
「……石竜は、アイヴィルの命令を聞いた。これも間違いないな?」
「ああ……」
記憶を掘り起こす。
アイヴィルは、確か、石竜に〈すべてを壊せ〉と命令して去った。
「銀琴によって命を与えられた存在は、誰の言うことを聞くモンだと思う?」
「あ──」
アーラーヤの意図が、ようやくわかった。
「魔竜ルインラインは、明らかにハルユラの命令に従っていた。ハルユラが命令権を持ってるのは間違いねえ」
「タシカに……!」
思案しながら、アーラーヤが言葉を続ける。
「いちおう、二通りの考え方があると思うんだよ」
「教えてくれ」
「一つは刷り込みだ。自分に命を与えた人間の命令を永続的に聞く。あり得そうな話だろ?」
「ソウ、だな。ウン。おかしくない」
「んで、もう一つは、銀琴を手にした人間の言うことを聞く。こっちもありそうだ」
「……なるほど」
おおよそ理解する。
「もし後者だった場合、銀琴を奪取すれば魔竜ルインラインを無効化できる。それどころか味方につけられる可能性すらあるってことか」
「その通り。頭の回転はさすがだな」
「おいおい、天才は言い過ぎだって」
「そこまでは褒めてねえよ」
アーラーヤが苦笑し、続ける。
「と、言うのもな。今となっては体感一ヶ月以上前の記憶で自信もクソもないんだが、あのときハルユラが鞄を持ってた気がしてな。たぶん、肩提げの」
「──…………」
思い出す。
だが、あのときはヘレジナの致命傷とプルの略取、そしてルインラインによる城斬りのインパクトが強すぎて、ハルユラの荷物など眼中になかった。
「……持ってタラ、銀琴を常に持チ歩く必要があるってコト、か?」
「まあ、そうなんな」
腕を組み、パズルのように思考を組み上げていく。
「銀琴は、小国の国家予算以上の価値を持つ魔術具だ。しかも、有機物無機物問わずどんなものからでも忠実な兵士を作り出すことができる。魔竜ルインラインの件がなかったとしても、無限に兵士の補充ができるんだ。そんな大事なものを理由なく持ち歩くとは思えない」
「ナラ、銀琴を奪えばルインラインを無力化デキる、……かも!」
「あくまで可能性よ、可能性。これ前提に動くのはよくねえな。よくはないが、もし狙える状況になったとしたら、狙ってみてもいい。現状、俺たちの敵は魔竜ルインライン一人だ。〈不夜の盾〉最強の男はカタナが斃しちまったからな」
「やったぜ」
「プルサンの処刑まで一晩二晩アルなら、宮殿に忍び込むのもアリかもしれない。処刑のギリギリまで待つ必要、ナイし」
「ふーむ……」
脳内で軽くシミュレーションしてみる。
「この際、真正面から乗り込むってのはどうだ」
「おいおい。大胆は若さの特権らしいが、いくらなんでも大胆過ぎるぞ」
「言ってる意味はわからんけど、そのほうが向こうの行動が読める」
クロケーが身を乗り出した。
「ドンナ感じだ?」
「俺たちの目的は、プルだ。それは向こうもわかってる。だから、プルの防衛に最大戦力を投入するだろう。魔竜ルインラインってコマは、俺ならここに置く」
「フンフン」
「皇帝の宮殿ともなれば、守りは堅固なはずだ。雑兵は少なく、師範級が当然で、奇跡級がゾロゾロどころか〈不夜の盾〉のメンバーだっているだろう」
「──…………」
不安げな表情を浮かべるクロケーに、俺は言った。
「でも、それだけだ」
「ソレだけ……」
「自惚れでなく、言うぞ。宮殿の警護にルブロイと同等かそれ以上の武術士、あるいは魔術士がいなければ、素通りとあんま変わらない」
クロケーが目を丸くする。
「……マジで言っテル、よな」
「カタナの目は正確だぜ。それどころか、これでもまだ自分を低く見積もってる。個人的にはオススメしねえが、天眼一閃を完璧に扱うことさえできれば、ルブロイやそれよりちょっと強い程度の相手でも素通りだ」
燕双閃・自在の型が不可避だとすれば、天眼一閃は不可知だ。
人間の知覚を遥かに凌駕する神速の一閃は、斬られたあとにようやく斬られたと知ることが許される。
避ける避けないの選択肢すら与えられず、ただ斬られたという結果だけが後から押し付けられるのだ。
自分が使う側でよかったと心の底から思う。
「ハぁー……」
溜め息と共に、クロケーが呟く。
「……アーラーヤサンに師事してヨカッタ。コンなすげえ人の戦い方見る機会なんて、バレボロじゃナイもんな」
「クロケーは見る目あると思うぞ、マジで。俺の戦い方は教えられないからな。神眼前提過ぎる」
アーラーヤがニヒルな笑みを浮かべてみせる。
「なんだかんだ、師弟ってのも悪くないもんだ。すぐに俺を追い越していくって考えると、今から既に感慨深いけどな」
「気が早いって」
三人で笑い合う。
男同士でしか作れない空気が心地よかった。
だが、どうしても考えてしまう。
ここにプルがいたら。
ここにヘレジナがいたら。
ここにヤーエルヘルとヤガタニがいたら。
それは、どれほど楽しかったことだろう。
取り戻さなければならない。
あの賑やかな車内を。
旅の始まりの高揚感を。
俺の大好きな人たちを。
みんなで、どこまでだって行こう。
世界の果てまで。
そして、世界を跨ぎ越えて、俺の故郷までも。




